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第五話 理不尽な世の中だ


「………エレナ………どうしたの?」


 美女に見詰められ気圧されていると、そのさらに後方から、新たな少女の声が聞こえた。


「あ、クレリア………終わったの?」


 反応したサイフォリオ先輩が身体を返してそちらを見れば、俺もその姿を視界に捉えることが出来た。

 エレナ・サイフォリオが天使なら、その人は女神のようだった。


 銀色の長い髪と碧眼。エレナ・サイフォリオに負けず劣らずの端整な美しい容姿。


 それだけ見てたら(ほう)けてられるが、腰に吊るされた剣に背筋が凍りそうになる。見た感じ、本物っぽいです。


 学内に危険物持ち込んでんじゃねぇよ………。


 学園の講師ですら学内では剣を所持していないのに、いったい何をやってるのでしょうか?

 訊ねるのも怖いです。

 俺が身を震わせていると、横にいたタチバナが口を開いた。


「あ、クレリア先生」


「……レーナ? あー、もうそんな時間だったかしら、ごめんなさいね。わざわざ来させちゃって………」


 悪びれるオルゴート先輩に、タチバナは「いえいえ」と手を振っている。馴れたような会話。タチバナがこの人の弟子というのは、本当のようだ。


 と、オルゴート先輩の目が俺の方に向いた。


「あなたは、カイトウ先輩の弟くんよね?」


「は、はひ!」


 その場の美女の視線が一同に向けられて、俺はただ答えるだけを噛んでしまった。


「一年振りだけど、大きくなったね」


 よく聞くセリフ。特に親戚のおばちゃんとか親の友達とかがよく言う。この人は姉の友達だけど。いや、姉の後輩か。


 姉が絡む人間。まだ学園にも通っていなかった当時の俺の、クレリア・オルゴートに対する第一の印象としては、「ろくな人じゃねえだろうな」だった。


 顔は誰もが思うだろうほどの美人。出るところ引っ込むところがメリハリついた綺麗なスタイル。


 学業優秀で、魔法使いとしての実力は教会の騎士たちですら舌を巻くほど。


 隣に並び立つ彼女の友人らしいエレナ・サイフォリオ先輩も、おそらくは同じ人種。まさに、完璧超人。


 ……………そんな人間、いねぇよ。あんまり世の中ナメんなよ。


 人間集まれば何故か似たような連中が固まるもので、この二方が仲良いのもそういった質の合う部分からなのだろうが………………もう一人、俺の姉貴も同類である。

 メリゼル魔法学園の才女と呼ばれた、魔法と剣―――実戦戦闘の天才と。


 要するに、俺の中の危険シグナルが、迷わずレッド判定を出すレベル。対面に向かい合っただけで、いや、家の中でチラリと見かけただけで、俺はやばさを感じていた。


 そんな人の下で魔法の教えを受けるなんて、論外どころか、思考から除外したいくらいの悪夢だ。


「………先輩から話は聞いてるから。こんな所じゃなんだし、取り敢えず場所を変えましょうか……」


 言ってオルゴート先輩は歩き出してしまった。

 付いて来い、と背中が言ってる。普通、背中で語るのは逆パターンではないか?


 サイフォリオ先輩に至っては、頑張ってねぇ、と言いながらそそくさ何処かへ行ってしまった。

 もういっそ、付いて行かずに黙って帰る選択肢を頭の中に浮かべていたのだが、


「……行こ、コウジ……」


 隣にいた彼女に手を取られた。この素敵な優等生タチバナさんは、俺を帰す気は微塵もないらしい。


 同級生の美少女に手を引かれながら、地獄への道を踏み出していく、というペテン染みた何かに嵌まって、俺の逃げ場は途絶えたようだ。

 少なくとも、先輩の足が止まるまでは、お断りの話を切り出せそうにない。

 何だかすでにズルズルと穴に落ちていってる気分。


 物事に断りを入れるときは、なるべく早めに切り出すべきだ。じゃないとだんだん言い辛くなる。


 何度か似たような経験があるのだが、何故かいつも深みに嵌まっていた。学習能力がないというより、人間性の問題かもしれない。


 それはさておき、オルゴート先輩に連れられてきた先は、このメリゼル魔法学園の裏にある如何にも不気味な演習場だった。


 ……………嫌な予感しかしない。


「二人とも、ここに来るのは始めてよね。一応説明しておくわ」


 クレリア先輩の話によると、この演習場は第五学年以上の生徒の授業にしか用いられない実戦戦闘用の施設らしい。学園の裏に広がった広大な土地は、この南大陸地方に生息する魔法生物が多数生息していて、もやはサファリパーク同然の危険区域とのことだ。

 この施設を使用するためには、学園の許可と、安全を考慮した学園講師の立ち合いが義務付けられているそうなのだが、ここにいるのは俺たち三人だけだ。


「………さて、じゃあ始めましょうか」


 演習場の扉の前で足を止めた先輩が、俺たちに振り返りそう言った。


「はい」


 タチバナは良い声で返事をしているが、俺の表情は完璧にひきつってるだろう。


「…………オルゴート先輩。失礼ながら、ここで何をやるつもりで?」


 聞きたくもないが一応訊ねてみた。


「魔法訓練……いわゆる修行ね……」


 すっごい笑顔でそう言われて、俺の顔はさらにげんなりした。

 ちなみに、その訓練の内容だが、


「……この演習場の中に生息してる魔法生物―――『牛鬼』を二週間以内に捕獲してくること………それが今回の修行だよ……」


 人差し指を立てて講師然として話す内容は、あまりに斬新だった。やることを丸投げされて、あとは君たちで頑張れという感じだ。

 ………………修行? いや、これじゃただの課題である。何のための師匠だよ。


 …………ハッキリ言うが、それは指導とは言わねぇ………。


 子供と遊ぶ、ということに対して、おもちゃを与えるだけ、では遊んでやることにはならない。


「不満かしら?」


「逆に文句言わねぇとでも思いやがりますかね?」


 とぼけたように小首を傾げた美人さんに、俺はおかしな敬語で疑問を返す。


「オルゴート先輩………あなたなら知ってると思いますが、野生の『牛鬼』は並みの魔法使いが相手に出来るような魔物じゃない。―――そんな化物が何でここの施設内にいるのかは知らないけど、少なくとも俺たちみたいな学園生徒じゃ目に止まった時点で喰われるに決まってる……」


 いや、それ以前にこの危険区域の中には『牛鬼』以外の戦闘訓練用の魔物たちもいるはずだ。一歩踏み込むだけで自殺行為と変わらない。


「つうか、タチバナ……お前もこれくらい知ってるだろ………」


「…………知ってるけど」


 パチクリ、と大きな目を瞬きして、彼女は当然のように頷いた。むしろ、俺の指摘に対して、何を言ってるの? という様子。


「……じゃ何で簡単に了解してんだよ。自殺志願者か………お前みたいな美人はもっと死に方を選べよ……」


 冗談混じりに言葉を並べていたら、何故かタチバナの頬が少しだけ赤くなった。


「………び、美人?」


「あん?」


 小さく呟いたタチバナに疑問符を飛ばすと、今度は慌てて首を振った。


「な、何でもない!」


「何でもない? 死ぬのが?」


「そ、そうじゃなくて………えっと……ほ、ほら、わたしはその、クレリア先生の修行に慣れてるから……」


 どぎまぎした言い分を聞いて、俺は半眼で視線をオルゴート先輩へ戻した。


「先輩……教育方針の見直しをお勧めします 」


「え? そんなにダメかしら? 普通だと思うけれど?」


「………普通は死にます」


 言葉軽く否定文を言ったため不愉快そうではなかったが、不思議そうな顔はしていた。これがこの師弟にとって当たり前のことなのか?


「…………ほら、可愛い弟子は千尋の谷へ突き落とせって言うしね」


「………俺はあんたの弟子じゃねぇ。数回会っただけの他人を突き落としたら殺人事件だろうが!!」


「まあ確かに、可愛いがった記憶も無いしね」


「だったら言うんじゃねぇっつの……」


 小馬鹿にされている気分だ。こんなの、俺はとてもじゃねぇがついて行けねぇぞ。


「………辞退したいのですが?」


 そう言い出してはみたが、


「…………カイトウ先輩が何て言うかしらねぇ~」


 一番痛いところを突かれて、俺は何も言えなくなった。


 辞退して家に帰れば、お怒りモードの姉に殺される。課題受けて森に入れば、魔物に殺される。


 前が地獄なら後ろも地獄。逃げ場が無ければ行き場も無い。


 何この理不尽な世の中………。


 許して良いの? こんな横暴……。


 俺の苦悩する姿を見かねたのか、タチバナが心配そうに声を掛けてくる。


「……コウジ? 別に無理しなくても……」


 と、言い終わる前にオルゴート先輩の声が割り込んできた。


「……カイトウ先輩は、第二学年のときに野生の『牛鬼』を倒したことがあるわ……」


 それを聞いた瞬間。俺は、腹の底から沸き上がるような感情に襲われた。


「……だったら何だよ」


 自分が口にしたとは思えないくらいに、冷たく、切るような声が出た。

 タチバナは驚いた目を俺に向け、俺が睨み見据えるオルゴート先輩は、何かを試すような目をしていた。三つの異なる視線が絡み合い、俺はさらに言葉を続けた。


「……姉貴に出来たから俺にも出来る、なんて言うつもりか?」


 自虐的な笑みが浮かぶ。怒っているつもりはないが、憤るような挑発的な声。


「……生憎だが、俺は姉貴とは違う」


 俺は自らにそう言い聞かせるように呟いていた。

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