第三十一話 笑顔が怖い
秋人と二人で演習場危険区域の下見に出た翌日、俺は普通に学校へ行く準備をしていた。
昨日の下見は、まあ、いろいろあった。
いろいろ壊した、とも言うかもしれん。
あの辺りの植物たちには本当に悪いことをしたな。え? 魔物? あいつらは逞しく生きてますよ、うん。何匹かの住みかは吹っ飛んだかもしれないけども。
はあ、にしても昨日の疲れがのこってるなぁ。
あれだけ走れば当然か、筋肉痛になってないだけまだマシかもしれん。若干、肺が痛いけども。
それはそうとして、危険を犯して下見に出た甲斐はあった。何と言っても俺の稀少植物のコレクションが一気に十以上も増えたのだ!!
これはあれだけのリスクを負った見返りとしては十分と言えよう!
ん? 演習場の下見もちゃんとしたぜ?
最終的に『牛鬼』の住む山岳地帯まで辿り着いたし、道中出てくる魔物や地形も大体理解した(秋人が)。
朝も早から出た割りには目的地到着が昼過ぎになっちまったが、往復で夜にならないと分かったのも収穫だ(最後の方は『ビルドスパーク』使って全力疾走だったが)。昼と夜じゃ、魔物のレベルも大きく変わる。夜行性の魔物といえば狂暴で強いやつが多いし、昼に活動する魔物の中でも夜になったらさらに狂暴化するヤツもいる、
例えば『人狼』とかがそうだ。
あれは日中も活動出来るが、夜の、特に満月の日なんかは一番危険度が上がると言われてる。下手をすれば上級魔物に並ぶくらいに強くなるらしい。
まあ戦いたくはないわな。
俺たちが昨日真っ向から戦ったのは、日が上った朝方だったからだ。
夜だったらマジ脱兎の如く逃げてただろうな。普段から冷静な秋人も当然逃走を選ぶだろうし。いや、あいつ何考えてるか分からねぇから、下手したら冷静なまま突撃するかも………。
まあそれは置いといて、今日は取りあえず普通に授業を受けようと思っている。
タチバナたちとも情報を共有したいしな。
放課後は、たぶん俺は魔法薬作りにいそしむことになりそうだ。
昨日の夜、倉庫をひっくり返して探した本に書かれていた魔法薬『雲隠れ』。
一定の条件はあるが、魔物から自身の存在を隠す薬だ。
鼻の効く魔物や耳の良い魔物相手でも通用するって書いてあったから、使えそうではある。問題なのは持続時間だな。
これは作り手である薬師の腕にもよるらしいが、最長で一日は効果が持続するそうだ。ちなみに、あまりに杜撰な作りだと最短五分で効力がなくなってしまうと書いてあった。極端だな。副作用も怖い。あいつらにも使うとなると、下手には作れねぇな。
まあ、そこはやってみねぇと流石に分からん。なるようになるだろう。
「コウジ……」
と、思考してると後ろから名前を呼ばれた。
「なんだよ、姉貴」
振り向きながら答えると、出勤前ということですでにローブに身を包んだ姉貴がそこにいた。
「昨日はずいぶんと派手なことしたみたいね」
「うっ……」
もしかして学校サボって演習場に出てたことを怒ってんだろうか。
そんな俺の心境を読んだように、姉貴はため息を吐くように言葉をこぼす。
「別に怒りはしないわよ。私とクレリアが言い出したことだし、課題達成のための授業欠席はこっちで学園側に言っておくわ」
「それはどうも」
どうやら合法的に休めるようだ。
これは感謝したり喜ぶところなのだろうか、果てしなく微妙だ。元よりこんな課題がなきゃ休むことも頭を悩ますこともなかっただろうし。
「それはそれとして、昨日の演習場での話よ。あなたたちが派手に暴れたって教会でも噂になってたわ」
………………噂になってたんだ。
「演習場危険区域で魔物討伐二〇体―――『人狼』一体、『地狼』五体、『風鳥』四体、『炎犬』一〇体。低級魔物がほとんどとはいえ、魔法教会が管理してる演習場でこれだけ暴れれば騒ぎにもなるわよ。おまけに森林地帯に爆撃でもあったのかってくらいの大きなクレーターまであったし」
はい、わたくしめのせいでありますね。
やっぱり『双竜の牙』はやりすぎだったか、俺の手持ちの魔法戦技の中では二番目に強力な魔法だからな。
威力のほども俺の想像以上だった。
「いや、その、すまん」
「まあ、そこまで問題になるようなことはしてないからいいけど、あんまり秋人様に迷惑は掛けないようにしなさいよ。あの方にも立場があるんだから」
「どっちかというと、いつも迷惑を被ってるのは俺の方だと思うんだが………」
というか、俺は元より巻き込まれてる側だ。
塾生の頃からイメルダやラルフやテルノア、そして秋人が持ってくるトラブルにはほとほと苦労させられた。
ちなみに一番多いのは間違いなく姉貴だろう。次点で秋人だ。
願わくばこの記録がタチバナによって更新されないのを祈るばかりである。
「はぁ、じゃあ俺、学校行ってくるわ………」
「ええ、行ってらっしゃい」
朝から大きなため息を吐いて、俺は姉貴に見送られながら玄関を出ていった。
まったく、何でタチバナの課題で手伝いの俺がここまで被害を被らねばならんのかね。
いや、姉貴がいる現状では俺の課題でもあるんだけど。
まあ取りあえず、課題の問題点はほとんどクリア出来た。最大の難点である『牛鬼』狩りがネックなところだが、危険区域の進路も、戦力も、装備も、あらかた出来る限りは尽くした。
あとは上手く戦術と陣形を組めれば、課題攻略が見えてくる。
通学の途中で思考していたときだ。不意に妙な視線に気付いた。一つや二つじゃない。学園に近付けば近付くほど、その数は増えていく。
視線の主は、全て学園の生徒たちだった。
全員が全員、明らかに俺を見ている。
自意識過剰と思い過ごすことも出来ないほどにスッゴい見ている。
どうしたどうした、何故に俺のような平凡で地味なやつかこんなに注目を集めている?
歩きながら耳をすませると、その学園の生徒たちの話し声が僅かに聞こえた。
「ほら、彼よ。あのマーカー教諭を相手に完勝した子」
「昨日は授業サボって上級生用の危険区域で暴れまわってたらしいぜ」
「うん、何体もの魔物を狩ったらしいって、魔法教会の人も話してたよ」
「それにあの子と同じ塾だった子に聞いたんだけど、彼は同世代で無敵の天才って呼ばれてて、塾代表として世界大会四連覇したこともあるんだって」
「本当かよ。マジもんの化物じゃねぇか」
おい、何故そうなる。
てかその噂、学園にまで広がってんのかよ。
しかもどういう訳か魔法塾時代の話まで広まってるし。
これってあれじゃね?
上級生とかに調子乗ってるとか思われて絡まれるパターンじゃね?
とか思ってたときだった。
「おはよう、コウジ……」
肩を掴まれ声を掛けられた。
知ってる声だ。つい最近はよく聞いている女の子の声だ。些か声が冷たい気がするのは気のせいだと思いたい。
思いの外、掴まれた肩が痛い気がするのも気のせいだと思いたい。
「よ、よう、タチバナ、どうした?」
「ちょっと話があるんだけど、良いかな?」
振り向けば、予想に違わず立花レーナがいた。
笑顔が怖い。
上級生じゃなく同級生の女の子に絡まれました。
タチバナと出会ってから今までで一番彼女のことを怖いと思った気がする。
「いや、今はほら、ホームルームがあるし」
「ちょっと話があるんだけど、良いかな?」
「……………」
どうやら問答無用のようだ。




