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行間③

 私は魔法が好きだ。

 生まれたときから、魔法に関わって生きているのが当たり前だった。

 私の生まれた家。

 私が、イメルダ・ギドが生まれたギドの家。

 五百年も前の第二次大戦より古くから続く魔法使いの名家。


 私は選ばれた存在だった。


 天才。エリート。そんな言葉がいつも周りを飛び交い、悦になっていた私。

 私は自分が天才なのだと、十分過ぎるほどに意識していた。あるいは、自意識が高かった。

 名門の家に生まれ、順風満帆の日々。

 家で母と行う魔法の練習はキツいこともあったけれど、私はそれを苦と思わなかった。それほどに、私にとっての魔法という存在は大きく、また誇らしいものだった。

 魔法塾に入るより前から行っていた家での練習のおかげで、ミーティア塾に入塾するときにはすでに魔法を使えるまでになっていた私は、ハッキリ言って同世代の、つまり同じ年に入塾した他の塾生たちなんて眼中になかったと思う。

 見ていたのはずっと上の方。

 私は入塾した時点ですでに、一年、二年先輩よりも自分が魔法使いとして高い技量と実力を持っていると確信していた。

 今にして思うと、酷く傲慢でおごった思考を持っていた気がする。

 でも実際、今まで同い年で私と同等の魔法を使える子なんて見たこともなかった。というより、僅か六歳だった当時はまともに魔法を使える子すらいなかったのが事実だ。

 優越感はとどまるところを知らなかった。

 そして実際に、私は一年上の先輩にも、二年上の先輩にも魔法の技術と実力で負けなかった。

 入塾一年目のミーティア塾の代表選抜会。

 魔法におけるさまざまな分野で競われ、その結果で実力のある者が選ばれる選抜戦。私はついに、三年上の先輩にも負けることはなかった。流石に簡単にとはいかなかったけど、入塾一年目にして四年目の先輩を辛くも破り、代表に入れたことは私に更なる優越感を与えた。

 当時、私はやっぱり天才なのだと自信に満ちた笑みを浮かべていただろう。

 そう、彼の存在を知るまでは。


 彼、海藤光示の存在は、私にとって衝撃の一言だった。


 同じ年に、同じ塾に入った彼。 

 その時はまるで意識も、眼中にも入っていなかったはずの同世代の彼。

 同じ年に、天才的な魔法センスを持った子が私の他にも三人いるというのは小耳にはさんでいた。そのときのことはよく覚えている。

 何故なら、私は嫌悪していたからだ。

 天才である私の才能が、他の凡人であるところのちょっとした魔法センスと同列に扱われていたのは、酷く不愉快だった。

 私の持つ才能と一緒にしないで、私こそが本当の天才なんだから、その辺のチンプな才能と比べないで、と今思い返したら恥ずかしい、その当時は怒りだった心の叫びだ。


 けれど、私は知らなかった。


 同世代にいた、彼の存在を。

 それを知り、その背中を見続けてきた今は、もう十二分に反省したのだから許してほしい。誰に許しを請うのかというのは私自身も分からないが、これはある意味懺悔に近い表明だ。正直に言って誰でも良い。

 あの姿を見てしまえば誰だって少なからず心境の変化があったはずだ。


 それほどに、代表選抜戦において海藤光示は圧倒的だった。


 私のような辛い勝利なんかじゃない。

 二年目の先輩も、三年目の先輩も、そして四年目の先輩も、彼の前では誰でも同じ。文字通り、蹴散らすようにすべての相手に圧倒的な敗北を与えていた。

 振るわれる二本の剣。美しいまでの剣舞。そして、輝く魔法。

 あんな綺麗な剣舞を、魔法を見たのは父や母以外では始めてのことだった。

 まだ魔法塾に入って半年も経っていないたった六歳の少年が出来るような芸当ではない。

 私にも、当然のように無理だった。

 そのとき、私は始めて敗北を知った。

 戦わずして、私は負けたんだ。

 今まで積み重ねてきた自信など、一瞬にして崩れ去った。

 でも、それでも、私の心は強い好奇心一色に染められていた。失意などない、悔しがってもいない、そんなことをしている場合でもない。


 私は一直線に、あの本物の天才の元へと駆け抜けて行った。


 押さえきれない高揚する気持ち、弾むような胸の高鳴りと共に。


 その年、自分とコウジ君以外にももう二人、一年目にしてミーティア塾代表に選ばれた子を見て、改めて衝撃を受けた。

 ラルフ・ド・ラルーシュ。

 そして、テルノア・サベルジ。

 恐らく二人は私と同等の実力を持っていると、直感的に理解した。もし、コウジ君より先にこの二人の存在を知っていたなら、要らぬ悔しさを胸に、張り合おうとはしても関わろうとはしなかったと思う。つまらないプライドだ。

 本当に、コウジ君に会えて良かった。

 それだけでも、私はミーティア塾に入った意味があったのだと、胸を張って言える。

 あの美しい剣舞と圧倒的な実力。

 あんなものを見せられてしまえば、悔しさなんて何処へやら、まるで取り付かれたかのように私は海藤光示という存在に強く魅了されていた。

 きっと本能で分かっていたんだと思う。

 海藤光示は、私よりもずっと、遥かに高いところにいるということを。

 私は始めて、両親以外の魔法使いに尊敬というもの抱いた。

 そして何よりも、彼の剣を振る度に見せる、どこか楽しそうな姿がとても好きだった。

 笑ってるとか、そういうことではなくて、本当に魔法への真摯さが見て取れる立ち振舞いは、私だけじゃなく当時のミーティア塾の多くの塾生が惹かれるものだったんだと思う。

 実際、代表に選ばれたとき、私たち三人と違って、コウジ君に対する不満はほとんど出なかった。代表の座を奪われた先輩たちですらだ。

 それほどまでに、彼は強かった。

 突き放すような圧倒的な力というよりも、人を惹き寄せていくカリスマ的な強さ。

 魔法塾の誰もが文句を言えないほどの実力者。


 彼のようになりたい。

 彼のように戦いたい。

 彼と共に戦いたい。


 気付けば私は、ううん、私たちは海藤光示君という一人の男の子の背中をずっと追い続けていた。


 私も、ラルフ君も、テルノアも、他の同期の子たちも、先輩たちまでも。


 あの瞬間から、コウジ君の存在が目標に変わった。


 そして、彼が初出場した南大陸魔法塾対抗戦。


 その年、コウジ君は同世代の私たちにとって憧れの存在になった。

 

 魔法塾に通っていなかった子たちを除けば、恐らく知らない人なんていないと思う。後にミーティア塾に入ってくる後輩たちも、コウジ君に憧れて入塾した子が結構いた。もっともミーちゃん、如月・ミーティア・秋人以外は、緊張して上手く喋りかけられなくて、遠巻きに憧れの眼差しを向けるしかなかったみたいだけどね。

 何しろ一年目に塾生代表に入り、魔法塾対抗戦都市大会、国内大会、そして南大陸全国大会。その全てを私たちミーティア塾は優勝で飾った。

 コウジ君が入塾してからの四年間、ミーティア塾は南大陸の対抗戦では結局一敗もしなかった。

 さらに言うと、全国大会を勝ち抜いた先にある世界大会もずっと負け無しで優勝を飾り続けていた。


 四年目の年の、最後の一試合までは。


 コウジ君を負かしたのは、私たちと同い年の女の子。

 その年まで一度も世界大会に出場していなかったはずの彼女の名は、西大陸パルレギア王国の第二王女―――光・ロード・パルレギア。

 当時の私は、目の前の光景が信じられなかった。

 今までずっと、圧倒的で華麗な強さを見せつけてきたあのコウジ君と互角の戦いを演じ、果ては勝利した彼女。

 世界が広いのは知っていたけど、まさかあのコウジ君と同等以上の実力者が同世代にいるなんて思ってもみなかった。


 そして、同時に私の中には始めて悔しさという感情が芽生えた。


 どうして、コウジ君と渡り合えるのが自分じゃないんだろう。


 そんな感情がぐるぐると頭を回り、私も試合に負けてしまった。

 最終的にはミーティア塾がチームとしては勝利したけど、私は素直に喜べていなかったと思う。

 頭の中はずっと、コウジ君と彼女のことだけ。

 あの試合で見たコウジ君の姿は間違いなく私が今まで見てきたどの戦いよりも輝いていた。

 それを引き出したのが、光・ロード・パルレギア。

 私じゃない、別の誰か。

 私じゃない、女の子。

 同い年の。


 堪らなく、苦しかった。妬ましかった。

 自分にないものを持っている彼女が。

 コウジ君と肩を並べられる実力を持った彼女が。


 泣き出しそうになるほどに、悔しくて、苦しくて、辛かった。


 私の方が、ずっと前からコウジ君を追いかけてきたのに。

 私はいまだに追い付けなくて。

 彼女はすでにコウジ君と対等にあって。


 帰国後、私は今まで以上にがむしゃらに魔法に打ち込んだ。


 私も追い付きたくて。


 私も並んで歩きたくて。


 私もコウジ君を輝かせたくて。


 努力して、努力して、


 その全てが無駄と失われたのは、それから一ヶ月後の秋のこと。


 私たちより一ヶ月遅れで帰国したコウジ君には、魔法への心が失せていた。

 輝きを失った瞳。

 剣を手にしようとしない姿。


 この一ヶ月の間に、何があったの?


 何度訊いても、コウジ君は教えてくれなかった。

 そして、それから一度も試合どころか魔法すら使うことなく、コウジ君はミーティア塾を卒業し、すでに入学が決まっていたメリゼル魔法学園に入った。

 私も同じ学園に入学したものの、やる気を失い、授業も不真面目に受ける憧れの人を見ていられなくて、一年経つ頃にはすでに私は不登校の生徒になっていた。

 コウジ君のいない魔法の道に、興味はない。

 私は実家も出て、兄さんが昔使っていたという施設を借りて住み始めた。最初は両親に反対されたけど、魔法の練習だけはしっかりやることを条件に、なんとか許可がおりた。

 施設にはちゃんと、魔法訓練用のスペースもある。

 練習は真面目にやった。

 ただ義務を果すだけの、つまらないとしか感じなくなった魔法の練習を。

 両親や兄さんはちょくちょく様子を見に来てくれるし、生活に不便はなかった。

 あるのはただひたすらに、目標を失った虚無感。閉ざした扉。心は雨が降り続けるようだった。


 そんな毎日の、ある日。


 唐突に目の前に現れたコウジ君に、私は小さな光を見た気がした。

 あの光を、私は知ってる。

 輝きというには小さすぎるけれど、確かに、私がずっと見てきたはずの光。

 気付けば、閉ざしていたはずの扉が簡単に開いていて、降っていたはずの雨がやんでいた。


 海藤光示。


 私たちの光は、帰ってきた。

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