第三十話 アタッカーとシャドーの戦い
「グオォォォォ!!」
と、威圧感と共に発せられる遠吠えは周囲の木々を揺らしている。
今日もまた凄まじくうるせいな。
耳鳴りがするくらいの大ボリュームだ。
二足歩行、狼の顔、鋭い牙と爪、そして眼光。
獲物(俺たち)を捉えて放さないその殺気は、さすが中級魔物といえるな。前回はすぐさま逃げちまったが、こうやって正面から向かい合ってると鳥肌がたってくる。
嫌な寒気だ。
昔は実戦を想定して訓練を続けてきた俺だが、殺気を放つ敵と戦った回数はそう多くない。俺なんて所詮はまだ十一歳の子供なんだから当然だな。
ちなみに、実戦経験がある方がおかしい、というのは何処かの魔法教会所属騎士団長様の弁。
「グルル………」
おー、唸ってる唸ってる。
てっきり突っ込んでくるかと思ったのにな。
このクラスの獣人型魔物は、魔力感知能力が人間並みに高い。対面すれば俺たちが自分よりも強い力を持たないことくらいすぐ分かるだろうに、迂闊な飛び込みはしてこない。格下でありながらも逃げない、そんな敵に対して警戒を怠らない慎重さ。相当に頭が良い魔物なのが分かる。
さて、感心してもいらんねぇか、硬直状態なんて長くは続かねぇし、すでに『人狼』は威嚇を始めている。
この魔力を込めた唸り声は、俺たちの体内の魔力流を乱そうとするものだ。早目に仕掛けるべきだろうな。
俺は腰の剣二本を抜いた。あからさまに警戒を増したな、あの狼野郎。
「コウジさん、『人狼 』は獣人型、どんな属性系統を持ってるか分からないから注意しなよ」
「ああ、まずは俺が突っ込む。秋人、サポート頼むぜ」
「了解。『ビルドスパーク』はいいのか?」
「そこまで体力使うつもりはねぇよ」
そもそもあれは一回使っちまったらしばらく使えねぇ。下見とはいえここは危険区域。後々のことを考えたら早々と切り札を使う訳にもいかない。
なら、秋人のサポートを頼りに速攻を仕掛ける。
相手が『人狼』で知性と警戒心の高い慎重な魔物なら、先手必勝で一気に倒してやるよ!
………………………倒して、やれるよね? 倒せる、はず………うん、たぶん。
「コウジさん……」
どうやら思考が顔に出てたらしい。
秋人がジト目で、ため息でも吐くように俺の名を呼んだ。
そして言う。
「逃げるのは無しだぜ」
ああ、分かってるよ。
俺は一つ頷いて、『人狼』に向けて駆け出した。
スピードだけなら『人狼』にも負けてない……………、かもしれない。そんな速度での突っ込みに合わせて、秋人が魔法を発動する。
「『我は精霊に求む――大気に溢れ・惑い・疾きを奪え』」
秋人が唱えたのは種別魔法の第四種補助魔法―――『疾風殺し』。
敵の速さを奪うスピード殺しの魔法だ。
目先に写る『人狼』の動きが途端に重くなり、魔物であるヤツ自信も戸惑うように身体をぐらつかせる。
よし、流石は秋人、上手く決めたな。抵抗で弾かれることもないようだし、俺も一気に攻め込めそうだ。
走りながらそれを確認し、俺は即座に魔法を展開した。
行くぞ!!
「『竜の牙』」
魔物『人狼』もビックリの竜の雄叫びが俺の二本の剣から上がる。
威力を最大限まで引き上げた剣撃。
当たれば例え中級魔物でも相応のダメージを食らわせられるだろ!!
「くらえ!!」
と、俺が剣を突き立てようとしたときだ。
「ガアァァァ!!」
その咆哮と共に、『人狼』の口から炎の大玉が放たれた。
「ッ!!」
やっべぇ!!
俺は即座に方向転換+地面を転げて炎の進路から外れる。
間一髪、どうにか避けられた。
迂闊だぜ、さっき秋人に言われたばっかだろうが。
獣人型の『人狼』はどんな精霊系統を持ってるか分からない、不用意な突っ込みは命取りだな。
「コウジさん、大丈夫か?」
変わらず冷静な秋人の声に片手の剣を挙げて答える。
「今のは、火系統の『火炎の弾丸』か。まあでも、これで『人狼』が使う系統は分かったな」
声と表情から察するに、どうやら秋人は俺が『人狼』の精霊系統の攻撃に見舞われるのを承知だったようだ。あの野郎、俺が突っ込むのを敢えて止めなかったな。
見事に囮に使いやがって。
「敵の手が分かったところで、もう一回突撃頼むよ、コウジさん」
爽やかに言ってくれるな。
くそ~、殴りて~、という衝動を抑えて、俺は再び構えた。『人狼』との距離は約二十メートル。俺なら詰めるのに一秒も掛からない。
「『竜の牙』」
俺はもう一度魔法を発動し、力強く地を蹴った。
「ガアァァァ!!」
再び聞こえる咆哮。
クソ、また『火炎の弾丸』かよ!
反射的に回避行動を取ろうとするが、その前に秋人の言霊が響き渡った。
「『我は精霊に望む――暗黙に募り・縛り・陰りを落とせ』」
第四種魔法の『陰落とし』。
簡単に言うと、目眩ましの魔法だ。数分間の間だが、敵の視界は闇に閉ざされて何も見えなくなる。
スピード殺しに目潰しとか、秋人の野郎も相変わらずえげつない魔法ばっか使うよな。まあ、前衛で動く俺としては大助かりなサポートだが。
突如視界を奪われた『人狼』は混乱からか炎の球体をあさっての方向に放った。
ハハハハ、掠りもせんぞ!!
後輩の魔法に助けられてドヤ顔をつくってしまった俺である。
そんな自分は黒歴史に置いといて、俺はすでに『人狼』の懐に飛び込んでいた。
二本の剣に魔力を込めて、薙ぎ払うように大きく振る。
マーカーとの『決闘』のときは姉貴に止められたが、今度は思う存分標的にぶっ放してやるぜ!
「『双竜の牙』」
このとき、いや、もしかしたら昨日の『決闘』の時点から、俺は自分の力具合を正確に把握してなかったのがやっと分かった。姉貴が俺のことを自己評価が低いと言っていたのは、もしかしたらこれのことなのかもしれん。
実力云々じゃなく、自分の魔法の力加減も満足に理解してない奴が下手に力任せな魔法を使うな、とでも伝えたかったんだろうか。
振り抜いた後の二刀、目の前の情景を見て俺は改めて思った。
―――姉貴、あのとき止めてくれてありがとう、と……。




