第二十二話 無意味な問い掛け
「はぁ……」
また、バカなことしちまったな……。
やらなくて後悔するより、やって後悔した方が良いって言うが、やっちゃった後悔はどこへ持ってきゃいいのだろう。
もうすぐホームルームが始まるって時間に教室から出て、俺が向かった先はサボりの定番、屋上だった。
ん? 不良の定番だったかな?
まぁいいや、どうせ勤勉な奴しかいないこのメリゼル魔法学園で、授業も受けずに屋上でごろ寝する馬鹿は俺くらいだろ。
自覚しながらやってる辺り、救い用がないな。
屋上に出ると、やはり誰もいなかった。
大きく背伸びしながら空を見やれば、いつもと変わらぬ青空。
南大陸特有の生物である全長六メートル超の大型鳥類―――鋭いくちばしと石を纏った左右四枚の翼を持つ『岩鳥』―――が二、三羽飛んでるから鬱陶しくてしょうがない。
ちなみにあの鳥、魔法学園で飼育してるペット。
俺はまだやったことないんだが、上級生は避難訓練の一種に空へ逃げるという避難方法がある。鳥笛で呼び寄せてあれに飛び乗るらしい。
急時にそんなこと出来んのかよ、とも思うが、普通にやってるのがこの魔法学園だった。
ちなみにあれ、重さは約2トン。物理的には自力で飛んでることがありえない重量なのだが、魔法生物に物理を求めても無駄なのでツッコまない。というか、子供の頃からあれを見ているから特に疑問を抱いたこともなかった。
そういうのはやっぱり育った環境だよな。
「さて、寝るか……」
今日は面倒な《決闘》がある訳だし、体力は温存しとかないとダメだと思うんだよ。
俺は扉横の梯子を登って貯水タンクが備蓄されている芝地に寝転がった。
いやー、フワフワの草布団。流石は陽性植物。寝るときはこれに限るねホント。
そそくさ夢の中へ旅立たさせてもらうか。
「ふぁ~あ、お休み……」
……………と、そこで、
「そこまで盛大にサボってると、逆に怒る気も失せるね」
どこかで聞いたような言葉が聞こえた。何これデジャブ?
いや待て、このセリフ言ったのって……………………まさか、姉貴!?
俺は慌てて飛び起きた、いっそ吹っ飛び起きた。
ごろ寝状態からワンアクションで正座状態になると、すぐさま土下座モードに移行する。
「そ、そんなに慌てなくても……」
引きつった声。金色がかった茶髪。そこにいたのは姉貴、ではなく、立花レーナだった。
「なんだ、お前か………」
「むぅ、なんだは酷いよ………」
ガッチガチに強張っていた身体が一気に弛む。マジメに冷や汗が大量に流れていて、動悸もかなり早かった。どんだけビビってんだよ、俺。
大きく息を吐き出して落ち着きを取り戻すと、首を傾げて「大丈夫?」という顔のタチバナを見る。
「何してんだお前………もう授業始まるぞ………」
「そのセリフ、そのままコウジに返すよ。早く教室戻らないと遅刻しちゃうよ?」
「いいんだよ俺は。今日はいろいろ面倒なことがあるんだから、午前中はゆっくり寝かせてくれ………」
俺は再びゴロンと芝地に寝転がると、速やかに爆睡モードに入ろうと目を閉じる。
そのままゆらゆら夢の中へ旅立とうとしていたのだが、
「コウジ……」
タチバナが言った。
「………お姉さんに言いつけるよ?」
バチッ、と俺の瞼が全開まで開く。
「待て! 落ち着けタチバナ……早まるな!!」
捲し立てるような言葉と共に、俺は再び飛び起きる。
「よ、要求は何だ!? 何が目的だ!?」
「何か、私の方が悪いことしてるみたいなんだけど……」
悪いこと、というか、怖いこと、言ってる。
下手したら命に関わるくらい怖いこと言ってる。
「授業……ちゃんと受けなきゃダメだよ?」
「…………もうおせーよ」
俺が言うのと同時に、授業開始の鐘が校内に鳴り響いた。
一コマ目の授業の始まりだ。
「あーあ………もう、コウジがゴロゴロやってるから、私まで授業に遅れちゃうよ……」
「………俺のせいか?」
俺のせいだと言えば俺のせいだし、俺に構ったタチバナが悪いと言えばタチバナが悪い。
いっそほっといてくれ。そしたら俺も悪くない。
再び芝生に倒れ込み、三度目のごろ寝。もう起きねーぞ。寝るといったら寝るんだよ。
「また寝転がって………しょうがないなぁー」
ゴロン。
「おい……」
「何?」
「何でお前まで寝てんだよ」
「え? ダメ?」
「ダメだろ。俺が言うのもなんだが授業行けよ」
「コウジが行くなら、私も行くよ」
「……………」
この女…………サボることにあんまり抵抗を感じてねぇ。サボるのに慣れた奴なら兎も角、普通に真面目な奴は授業をサボるのも結構躊躇するもんなんだがな。
優等生だと思ってたけど、案外、俺やイメルダとさして変わらんのじゃねぇか?
「今、失礼なこと考えなかった?」
ギクリ、と如実に反応してしまう自分を殴りたい。何で俺って隠し事に向かねぇんだろ。
これ以上余計なことをさとられないように、右隣のタチバナとは反対側へ寝返る。
すると、
「…………ホントはね」
少しの沈黙から、タチバナが口を開いた。
「………コウジと話がしたかったから探してたんだよね」
真面目な声で言葉を並べ出した傍らだが、ツッコミたい。何故、俺を見付けられた。そんなに簡単な場所じゃねぇだろ、屋上の貯水タンクの下って。
メリゼル魔法学園の校舎がどんだけ広いと思ってやがる。普通、授業前の朝の時間だけで見付かるかよ。探し方がピンポイント過ぎだろ…………どこまで勘が良いんだっつの。怖いわ。
若干引き気味の俺の背中に、鋭い視線が突き刺さるのを感じた。
何考えてたかバレバレらしい。
顔は見えていないはずだ。
背中だけで心を読まれた!
もはやポーカーフェイスとか、そういう次元の問題じゃねぇ。
そんな背中………いや、厳密には横向きに寝てるせいで上になってる右腕辺りに突如、柔らかい重みを感じた。
「コウジ、真面目な話なんだけど……」
「真面目なら授業に行け。つか、のし掛かるなのし掛かるな。軽いけど重いわ」
「お、女の子に重いとか言わないでよ!」
「だからちゃんと前に軽いって付けただろ。いいからどけっての、軽いけど重いんだから」
「何か失礼の度合いが普通に重いって言われるより酷い気がする………」
いや、まぁぶっちゃけ軽いんだけどな。そんなに体重掛けてねぇみたいだし、ただその、俺も年頃になってきた時分なのであんまり同年代の女の子にベッタリくっつかれるのは如何ともし難いというか。押し付けられる膨らみ始めた部分が気になるというか。
「取り敢えず離れろ……」
ぐい、と押しやりながら三度目の起き上がり。クソ、寝れねぇじゃねぇか。それどころか余計な体力まで使ってる気がする。
「ねぇ……」
「なんだよ……」
もはや已む無く、なげやりに聞く俺。
タチバナは気にもしていないのか、いつもの朗らかさとは違う、いやに生真面目な声で言葉を紡ぐ。
「どうしてコウジは…………魔法から遠ざかろうとするのかな?」
「魔法の授業が嫌だから」
「いや、そうじゃなくて……」
俺の即答に納得がいかなかったのか、タチバナは困ったような顔で「じゃあ、聞き方を変えるね」と言った。
「………コウジにとって………魔法って何?」
ピクリ、と思わず身体が僅かながら反応を示した。
彼女がどういうつもりでそれを問うたのかは分からない。だがその質問は、俺の中で強く大きな波紋を生んだ。
―――ねぇ、あなたにとっての魔法って何……?
以前にも、同じことを訊かれたことがある。一年以上も前の記憶はあまりに鮮明で、それと重なるタチバナの言葉。
当時の俺にはよく分からなかった。
俺自身にとっての魔法がどういうものなのか。
どういう意味をもたらすものなのか。
人の数ほどに答えがあると思われる一つの質問は、まだ何も知らなかった自分の無知さを象徴しているようで、小さな刺となって記憶の中に突き刺さり続けている。
答えを知れば単純なもので、それは確かに一つしかないのだと納得せざろ得なかった。
自分にとっても、他人にとっても、魔法という力がもたらす意味は等しく平等だ。
戦闘用の魔法は勿論、探索や回復などの補助魔法。魔法使いが編み出してきた魔法の数々は人類発展の証でもあるが、同時にそれが魔法という力の意味を明確に示している。
ただ、生き残るための力、という答えに。
それを本当に理解している者は、現役の魔法使いの中にもさほど多くはないのだろう。
人の命―――生か死か、その運命を定める力は、人類の未来を左右し、この魔法世界の文化を広げると同時に培われてきた本能的な生存意識の結果を強く強調してる。魔法無しには生きられない、魔法無しには前にすら進めない。
それは、生きていく上で切り離せない人類の全て。
そんなことは、理解している。
遠ざかろうとしても無駄なことを。
いつだって知ってる、逃げていても意味がないことを。
結局、生きている以上は永遠に関わっていかなければならない力だ。
それがこの魔法界リベリアに生まれたときから、世界の全ての人々に定められた、言わば運命。
慈愛に満ちた包み込む声ようなで、タチバナは言う。
「本当は、ちゃんと分かってるんだよね………」
分かってるさ。十分過ぎるほどに。
「なら、なんなのかな…………コウジを立ち止まらせているものと、今、コウジを動かしてるものは………」
タチバナの言葉を聞きながら思う―――そんな問い掛けは無意味じゃないのか、と。無意識に深く息を吐いて、俺は四度目の正直で上体を芝生へ倒した。




