行間②
―――攻略開始二日目の話……。
「南大陸の『属性系統魔法』………北大陸の『天地人界系統魔法』………そして、西大陸の『特色型系統魔法』……」
大陸によって魔法使いが使う精霊魔法は変わる。
南は南、北は北、生まれた地で得られる精霊の加護は決まっていて生涯変えることの出来ない魔法の源流だが………………やっぱり人以外―――同種の魔物でも大陸によって特性が変わるのか。
おまけに『牛鬼』は獣人型だから、『岩鳥』の土系統とか、『火竜』の火系統とか、獣型に付属される特定の属性というのがない。
人と同じように、宿している精霊系統は生まれた個体によって様々だ。それはつまり、個体によって弱点も様々という訳で。
本当に、面倒な相手だな。
俺、如月・ミーティア・秋人は、放課後にコウジさんと分かれた後、調べ物の方に取りかかっていた。
頬杖を付いてため息を吐いていると、隣の方から声が掛かる。
「どうでしょう、参考になりましたか、秋人様?」
「まぁ、な。けど悪かったなアイリア……手伝わせて。ちょっと気になることがあったから、俺の側近はそっちの用で動いてるんだ。だから人手が欲しくてな………」
「構いませんよ。秋人様のためですから……」
調べ物を手伝ってくれていた同級生の女生徒は朗らかに笑って言う。暗い黄金色の長い髪と、髪と同色の瞳。幼くも美しさの強い容姿は、気品と風格に満ちていた。
彼女は俺と同じメリゼル魔法学園の第一学年のクラスメイト―――アイリア・F・レイバルド。
そしてここは王都メリゼルにある大魔導図書館。
世界中の書物が詰め込まれているのではないか、と思うほどの大きな建物には、この魔法界で今まで解明されてきた情報が山のように置いてある。調べ物をするにはもってこいの場所だ。
まぁ、デカ過ぎて限定した資料を一人で探すのは相当に骨がおれるという欠点もあるが。
「それにしても、海藤先輩も秋人様も……随分と無茶なことに挑戦しますね。まさか『牛鬼』狩りとは………」
少女の言葉には明らかな呆れが含まれていた。
「久し振りにコウジさんの戦いが観れるかもしれないからな。多少無茶なくらいが面白い……」
現在、俺が調べているのはコウジさんに言われた『牛鬼』の情報と、それに有効な対処。生息状況。生息地における他の魔物の存在。その他モロモロ………『牛鬼』は他の大陸にも生息している魔物だから、正直言って調べ出したら切りがない。
ここ最近で仕入れられた魔物の情報資料を眺めるのに一段落を付けると、今日のことがあってか、俺は二年前まで天才と呼ばれていた海藤光示の姿が脳裏に甦ってきた。
―――《双剣童子》……。
その実力は、世代別最強。
南大陸の歴史に名を残すであろう才気として、海藤光示は存在していた。
史上の才気。
二本の剣から繰り出される神業的な剣撃は、まだ魔法学園入学前でありながら既に驚異だった。その将来が、末恐ろしく感じるほどに。
「なぁ、アイリアは覚えてるか? 一年ちょっと前、俺たち『ミーティア塾』の代表塾生が参加した魔法塾対抗戦。チームのエースだったコウジさんを中心に俺たちは南大陸の全国大会を勝ち上がり、南大陸代表となって出場した。その世界大会のときの話だ………」
「ええ、覚えています。東西南北の各大陸代表が集った戦いは、本当に凄まじいものでしたから……」
「その大会のリーグ第四戦で……俺たちは西大陸の代表と戦うことになった。対戦方法はシングルデュエル三つとタッグデュエル二つによるマッチ戦………」
「シングル、タッグ、と交互にチーム代表が試合を行って、先に三勝した方が勝ち……」
「ああ…………、正直、俺は西大陸があれほど強いとは思ってなかった………他の二戦は順調に勝てたけど……西大陸だけは予想外だった」
「そう、ですね………私も負けてしまいましたし……」
当時の試合のことでも思い出したのか、アイリアは少し声のトーンが下がる。流石に彼女も、まだ悔しさは拭えていないようだ。
そして、それは俺も同じ。
あれが、俺たちのエース……コウジさんの最後の試合だったからな。
「最初のシングルデュエルで先手必勝を狙って、エースのコウジさんが出場………」
「はい。西大陸代表のチームも、エースを一番手に出してきたのは予想通りだったのですが……」
「あの実力は、予想どころか塾生に求められる力のレベルを遥かに凌駕してたな…………」
西大陸代表のロード塾があるパルレギア王国。そこの第二王女―――光・ロード・パルレギアが、海藤光示さんのデュエルの相手だった。
その実力は、凄いというより、異常。
俺たちの考える塾生の戦いとは根本的に違う。魔法も、戦い方も、コウジさんとほぼ互角。
俺たちの一つ上の世代―――魔法界全土を通して、海藤光示より才気に溢れた天才は現れないだろうと、俺は思ってた。それほどまでに、コウジさんの魔法使いとしてのセンスはダントツに凄かったからだ。俺や、ラルフ先輩、イメルダ先輩よりも遥かに。
だが、彼女の存在もまた、世代の中で群を抜いていた。
海藤光示と光・ロード・パルレギアの試合は史上に残る激戦で、ハッキリ言って塾生同士の戦いではありえなかった。
当時の俺たちが考える、魔法というもののイメージが完全に吹き飛んだ。
常識とか、理屈とかでは到底計れない、本物の戦いを始めてみた瞬間。そのときの記憶は脳裏に強く焼き付いていて、今でも鮮明に思い出せる。
試合は、紙一重でコウジさんの惜敗。
エースの凄さを知っていた俺たちが受けた衝撃は相当なものだった。
「私たちとは次元がかけ離れた圧倒的な二人の力。そして、その戦いによるエースの負けに、チームはとても動揺しましたね。それを言い訳にするつもりはありませんが、続く二戦目のタッグデュエルも、私とイメルダさんは負けて、チームは追い詰められてしまいました。続く三戦目のシングルデュエルで秋人様が勝利していなければ、チームは負けていましたね」
どちらかと言えばエースのワンマンチームに近かったロード塾。俺が三戦目に勝って以降は勢いに乗り、そのまま俺たちのチームは逆転勝ち。
だが、何故かあの大会が終わってからコウジさんの心は徐々に魔法から離れ始めた。そのまま、すでに入学が決まっていた魔法学園に入ったのだが、入学した頃には完全に魔法への興味が冷め、魔法の授業をよくサボっていたらしい。
魔法チームの誘いも断って。コウジさんは本当に、自分から魔法を断ち切っていた。
コウジさんと同じ教会の魔法チームに入りたがっていたイメルダ先輩も、コウジさんがチーム入りをしなかったことで自分もその誘いを断ったそうだ。その後も、やる気の失せ、怠惰に溺れるコウジさんを見ていられず、学園にも顔を出さなくなった。
「ですが、どうして今さらそのことを?」
「…………ちょっと、な……」
俺が覚えている限り、試合後のコウジさんは悔しそうではあったが、その瞳は自信喪失や絶望には染まってなかった気がする。
だが、ちょうど同時期にコウジさんが魔法の訓練をサボりだしたから、てっきり塾の皆はあの試合が原因だったと思っていたけど。
コウジさんがただ一度の試合に負けただけでやる気を無くすほど弱い人じゃないことは、一緒のチームにいた俺たちがよく知っている。
けど、あの試合、あの戦いの中で、コウジさんには何が見えていたのか、俺たちにはわからない。
コウジさんの中で、いったい何があったのか。
そういえば、あの魔法塾の世界大会。
大会後、俺たちはそのまま帰国したが、コウジさんだけは同伴していたお姉さん―――海藤騎士団長と共に西大陸の方へ向かったんだったな。
閉会式を終えて、二人が光・ロード・パルレギアと何かを話していた姿が俺の記憶に残っている。
海藤姉弟が共にレイバ国へ帰ってきたのはその一ヶ月後。コウジさんが魔法から離れていったことに何か関係があるとしたらそれくらいだけど。
あまり他人のことに深く首を突っ込み過ぎるのもどうかと思うから訊けないが。
重要なのは、その魔法に興味を無くしていたコウジさんが今、魔法へ戻ろうとしていることだ。
お姉さんに強制されたから? 無理な課題を与えられた同級生を不憫に思ったから?
いや、そんな理由であの人は動かない。コウジさんが姉を怖がっているのは知ってるが、そんなことで魔法の道に戻るなら、とっくの昔にそのお姉さんが戻してるだろう。例え嫌々だったとしても、少し前までのあの人は頑なに魔法から遠ざかろうとしていた。
なら、いったい何があの海藤光示を動かしているのか。
―――頼み事があってな……。
あのコウジさんの表情……そして態度。
元々あの人はポーカーに全く向かない分かりやすい性格だが、そこに見えた感情はかなり揺れていた。
課題に対する不安や恐れじゃない。そもそも助けを求める者の様子ではなかった。
敢えて言うなら、後ろめたいことがある子供のような…………いや、違うか。
もっと正しく表現するなら、確かめたくもない答えを再確認するときのような態度。
―――白だね……。
コウジさんが確かめたかったこと、か。
………………思わず真顔になってしまった。
「訊くが、アイリア……」
「はい?」
「お前のパンツ、何色?」
「………………………………………………………………………へ?」
質問の意味を遅れて理解した瞬間、ぼふんとアイリアは顔を真っ赤にしながら、パクパクと口を動かす。
「俺の予想では桃色、ってとこなんだけど」
「な、な、何を言って……」
「で、答えは?」
「教えませんよ!」
流石にすんなり返答を貰えそうにないので、周りに誰もいないことを確認し、流れるように自然な動作でアイリアのスカートをつまむと、ごく普通に捲り上げた。
…………………………………………。
「…………黒か。おいおい、子供のうちからあんまり色気付くなよ、お前はほっといても将来は絶対美人なんだから………」
何事もないようにそんなことを言っていると、現状を理解したのか図書館には厳禁な大声が上がった。
「な、何をするんですか秋人様!!」
びっくりするような叫び声にスカートの裾を手離すと、アイリアは遅ればせながら手でそこを押さえる。
顔は真っ赤に染まっていた。
「別に下着くらいでそんな恥ずかしがる仲でもないだろ。お前、いまだにお風呂のときも寝るときも、一緒に入ってくれ一緒に寝てくれ、って無理矢理 俺を引っ張るくせに………」
「それとこれとは話が別です! ここは公共の場ですよ!?」
「ならもっと声のトーンを下げろ……」
俺の視線の先につられてアイリアもそちらに向く。そこには今の大声に何事かと図書館の魔法司書が大慌てでやって来きていた。
「アイリア姫様、秋人様……どうなされました!? 今の悲鳴は……」
「あー、気にしないで下さい。アイリアが大袈裟に驚いただけですから、何でもありません」
キッ、とアイリアの方から強めの眼光を向けられているようだが何事もなくスルーして、司書に言葉を続ける。
「大声を上げてすみません。我々はもう帰りますので、ご心配なさらず」
司書がいなくなり再びこの場が二人だけになると、改めてアイリアに向き直る。
涙目だった。恥ずかしそうな顔で依然として熱がこもっている。
「悪かったよ。お詫びに、今日は一つだけ言うこと聞いてあげるから……」
「……ほ、本当ですか?」
アイリアの表情に笑顔が戻る。
どのみちお願いされることは、いつも決まってるから、特に構えることはない。たぶん今回も同じだろう。
「じゃ、じゃあ、今日のお風呂で、頭と身体、洗って下さい……」
予想通り過ぎて、思わず笑ってしまった。
まぁそれは置いといて、パンツの色なんて普通当たらないよな。アホくさい。
―――立花レーナといいます……。
金色がかった長い茶髪の揺れる姿が脳裏に甦る。
いやはや、俺が考えすぎなのかな。
案外、本当にコウジさんが魔法に興味を戻したってこともあるし………………いや、ないか。
はたまた、コウジさんがタチバナ先輩に気があるのかもしれない………………いや、そっちの方がないか。あの人、恋愛云々にまるで鈍感だし。じゃなきゃイメルダ先輩が苦労してないし。
……………なんなんだろうな、本当に。




