表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/42

第二十一話 何故そうなる………


「よう、退学野郎! ハハハハハ!!」


 今日、すでに何度目になるか分からない罵声を浴びせられ、ようやく俺は自分の教室に辿り着いた。

 どうせ、教室でも同じような笑い声がこだますることになるんだろうな、とはんば諦めの境地に達しながら中に入ると、


 半分以上の生徒が登校したクラス。その全員の視線が俺の方へ向く。ワァー、オレ、スゴイニンキモノダナー。


 ははははは…………はぁ、やっぱり、ここも同じか……。


 ため息を心の中だけに抑えて、俺は来るであろう罵声や非難に備え、耳を右から左へ開通状態にした。

 聞き流す準備は整った、さぁ来るなら来い、と教室全体を見据える。


 だが………、いつまで経ってもそんな声は上がらない。


 依然として、クラスメイトたちの視線は俺に向いたまま。しかし、その目には何か違和感を感じた。こいつらからは今まで向けられたことのない眼差し。


 逸らしたり戻したり、何処かキラキラしていたり、嘲笑いとは明らかに違う笑みを浮かべていたり、女生徒に至っては、何故かもじもじしていたりだった。


 何なんだ? 言いたいことがあるなら…………………あんまりハッキリ言われると流石に傷付くと思うけど。


 俺は集まってくる視線を疑問に思いつつも、スルーすることにした。長いこと出入口で立ってるのはおかしいので、そそくさと自分の席へと座る。


 視線の向きは変わらず。教室の空気も変わらず。静まり返った空間に、俺は無干渉を貫きたいのだが………明らかにこの空間を作ってる中心人物は俺だよな。自意識過剰でも何でもなく。


 元より俺は、クラスに馴染んでるとは絶対的に、死んでも言えない。

 故にクラスの空気を変えるなど出来るはずもなく。ひたすら沈黙あるのみだった。


 空気を破ったのは、俺の席の前までやって来た一人のクラスメイト。


「おい、カイトウ………」


 がたいの良い体格………コドラン・ベージュが声を掛けてきた。


「……………何か用か?」


 予想外の人物が来たことで俺は一瞬戸惑ったが、違和感なく言葉を返せた。

 いや、マジでビックリした。マジで何の用だよベージュの野郎。

 堅くした表情は、いつも俺をバカにしている奴とは何か違う気がする。


「お前、マーカー教諭と《決闘》するって話………本当か?」


 何かと思えば噂の正誤を確かめに来たらしい。そんなことぐらい、いつもの取り巻きにやらせれば良いだろうに、何で自分一人で聞きに来たんだ?


「本当だ……不本意にもな………」


 一応、聞かれた以上は答える。

 それで話を終えたかったが、ベージュはその気がないらしく。


「そうか、じゃあ、負けたら退学ってのは本当なのか?」


 クラス中がざわりとなる。

 そっちの噂は俺の方が聞きたいぐらいだった。


「さぁ、そんな話はしなかったが、俺はマーカーに嫌われてるから、下手したらそうなるかもな……」


 自分で言っといてなんだが。

 マジでなるの? なっちゃうの?

 まぁ、辞めたらある意味スッキリするかもしれないしな。有りといえば有りか?

 ついでに、ベージュが何でそんなこと訊いてきたのか分かった気がする。

 俺が学園辞めるかどうかの確認、ね。

 クラスの奴等も、もしかしてそれに期待でもしてたのか。そうなら辞めるぞ! マジで!


 フツフツと、《決闘》以前に辞める考えを浮かべていると、ベージュから信じられない言葉が出てきた。


「辞めんなよ、カイトウ……」


「…………………………………………………は?」


「絶対、辞めんなよ!」


 聞き間違いじゃない。今度はハッキリ、大きな声が教室内に響いた。

 そしてそれに続くように、クラスメイトたちからも言葉が飛んでくる。


「ああ、辞めるなよカイトウ!」


「カイトウ、俺……今日のお前の《決闘》、応援するよ!」


「絶対勝って、退学になっちゃダメよ!」


 いきなりのエールの数々に、俺は訳も分からず困惑するだけだった。


「な、何だよ急に、お前ら………」


 C組やD組………、他のクラスの連中は、マーカー教諭と《決闘》することも、俺が退学になるかもしれないことも、面白がったり、笑い飛ばしたりしてたのに、普段から俺を腫れ物扱いしてきたはずのクラスメイトたちが、今は俺が退学するのを拒み、応援してくれている。

 何これ、ドッキリ? 後で嘘でした退学しちまえ、なんていうオチがくるのか?


 得体の知れない不安を感じたところで、ベージュが言う。


「俺たちだけじゃねぇ。B組の奴等も同じだぜ」


「だから、何でだよ」


 意味が分からない。手のひらを返したようなその態度が。俺に好かれる理由なんてこれっぽっちもないはずだ。


「昨日の剣術稽古の授業だよ……」


「………剣術稽古?」


 確かに昨日、俺は珍しくあの剣術実習の授業に出たが、


「それが何だよ」


「あれを見て、誤解してたと思ってよ。俺ら全員……お前のことをな ……悪かった……」


「誤解って……」


 誤解も理解もされるほど、俺は特に何もしてないのだが。というか、むしろ関わってないのだが。

 それでもベージュはハッキリと続ける。


「………正直、俺らはお前のことスゲー嫌味な野郎だと思ってたんだ。成績は良いくせに、魔法に全く興味ねぇみたいな態度で……やる気もねぇし」


 いや、まぁそうだろうな、自分でもそう思ってるんだから。


「せっかく魔法の才能に恵まれた奴らが集まった学園で、みんな楽しく、頑張って魔法を学ぼうとしてんのに…………いつも輪を乱して、どうでも良さそうな顔ばっかりで、なんのつもりだって思ってた」


 それは、クラスメイトたちの代弁だった。閉まりきった教室で、皆は静かにベージュの言葉に思いを乗せている。


「けど、昨日のお前の剣術……あれを見てお前の印象、スゲー変わったぜ……」


「あんなので何が………」


「あんなのじゃねぇ、あれで十分に分かったんだよ、皆……お前が、あの剣にどれだけの努力を積んできたのか……」


「……………」


 ベージュの言葉に俺が沈黙すると、先程まで黙って聞いていたクラスメイトの女子が言った。


「あのときの剣を振るカイトウ君ね。何だか凄く楽しそうに見えたの……」


 他の生徒もそれに続くように言葉を繋げていく。


「あんなに凄い剣舞を踊れて、あんなに強い。それだけカイトウ君が、一生懸命に剣と向き合ってきたってことだよね?」


「魔法使いが振る本物の剣を、お前は持ってる………俺たち全員、素直にお前が格好いいと思った……」


「私たちと同じ、ううん、たぶんそれ以上に、カイトウ君は魔法使いになりたいって真剣に考えて、努力してきたんだってなぁ、って感じたの……」


「だから、辞めてほしくない」


「私たちは、あなたの剣をもっと見たいの。その真っ直ぐで、純粋な、本物の剣を………」


「今なら、仲良くなれる気がするしね」


「ああ、お前とも一緒に……楽しく魔法を学んでいけると思う」


「マーカー教諭との《決闘》。負けても俺たちが掛け合って、絶対に退学にならないようにしてやる。だからお前にも全力で戦ってほしい。お前の剣を見れば、絶対にみんな分かるはずだから。カイトウコウジが、本当はとんでもなく凄い奴だってな」


 最後に再びベージュが言って、俺は呆然となった。言葉が出ない。いや、ていうか、どこの世界の青春物語だよ。何この敵対していた人が友達になりそうなパターン。

 涙が零れる、なんてことはないが。胸の内が奮えるのは感じた。


 だがそれは、決して感動したから、なんて理由ではない。


 あの頃は認められなかったはずの、俺の剣。

 いや、本当は認められていたのだ。だから余計に、その期待を裏切ってしまったという思いが自分にのし掛かって、あのとき俺は逃げてしまった。

 たった一度の失敗で剣が振れなくなり、皆の期待も離れていって。

 最後は自分から手離してしまった。

 なのに、今はその剣が惹き付けるのか。この懐かしい眼差しを。俺が裏切った眼差しを。

 そして、また裏切るのかもしれないと思うと、やるせない気持ちにもなる。

 こいつらには、何も悪気はないのかもしれない。

 勝手に期待して勝手に失望する。

 される側は傷付けられるだけ、正直たまったもんじゃないが、それに怒るのは理不尽なんだろうな。

 俺は、期待されるのも、期待するのも、嫌いだ。

 この温かさを、裏切ってしまうかもしれないから。この温かさを、冷たさに変えてしまうかもしれないから。


「俺たち全員、応援してるぜ!」


 だから俺は、


「……………………………いい気なもんだな」


 突き放すように、一言で断じる。

 教室内の空気が止まった。


「今まで悪意を向けていた対象が、強いと知れば手のひらを返す………あるのは自分本意で、自分勝手な思いだけ………お前らは俺のことを分かったような口振りでいるけど、そこにあるのは理解に程遠い思い違いだけだ。結局、何も分かっちゃいない……」


 自分が何を言っているのか、俺は十分に理解している。


「そんなお前らが………勝手に俺を語るなよ……」


 これもまた、俺の自分本意な言葉の一つに過ぎない。何故なら俺には、このクラスメイトたちの本意が分からないから。そういう思考でいるかもしれないと、俺が思っているだけかもしれない。

 でも言わずにはいられない。


 もう嫌なんだよ。期待を背負うのは。

 もう嫌なんだよ。誰かに失望されるのは。

 あの落胆された目を。あの離れていく奴らの目を。

 無力に膝を付いて見てるしかない、自分自身が、嫌なんだよ………。


「印象が変わった? 仲良くなれそう? 生憎と俺は、そうは思わない………」


 一度上下が付いてしまった関係が変わるとしたら、下剋上だと昔から決まっている。

 そこには綺麗事では済まされない人間の思いが渦巻いていて、丸く納めるなんてことは出来ない。

 今の俺たちのようにな。


「お前らは俺が負けて退学することでも考えながら笑い声でも上げてろ………」


 俺から広がった言葉の波紋は、クラスメイトたちの心に大きな不快感を与えているだろう。

 下を向く者。目を逸らす者。拳を握り締め奮える者。

 先程まであったはずの温かさはすでにない。有るのは敵意と不快感、一部の後ろめたさや戸惑いだけ。


「剣が格好いいとか、魔法を楽しく学ぶとか、みんなで一緒に仲良く学ぶとか、そもそも俺にはそんなことを思う意味がわからない………」


 何よりその部分、その思考、その意思の違いが、俺が彼らと決して仲良く出来ない理由でもある。

 まだ彼らは知らないから、なんて理由では割り切れない。


「いい機会だから、今日の《決闘》でお前らにも見せてやるよ………魔法の才能が分ける残酷なまでの現実と、命を奪う力―――本物の魔法戦闘、ってやつをな………」


 今の俺に言えるのは、今の俺に出来るのは、それが精一杯だった。


 静まり返った教室で、もう俺に声を掛けるような奴はいない。

 立ち尽くしたコドラン・ベージュの横を無言で通り過ぎ、俺はその場から逃げるように立ち去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ