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第一話 限りなく堕落した見習い

 演習場の森林地帯で魔物に追い回される。


 そんな珍事の発端となった日の朝は、いつもとなんら変わらないものだった。


 魔法薬師である親の影響からか、魔法薬の材料の植物栽培を趣味としている俺は、家を出る前に毎朝必ず水やりをする。顔を洗って朝食を摂ることと同じ感覚。


 これが、俺の一日の始まり。


 白シャツに黒い上着とズボン姿というメリゼル魔法学園の制服に身を包んだ俺は、生欠伸を噛み殺しながら、この一年で通いなれた通学路を歩く。

 第二学年に上がったことで、一年の頃に比べて魔法実習の内容が増えた。正直、この歳で学園にダルさを感じている自分に呆れるが、魔法に対する興味、というものがどこか欠けている俺にとって、これは致し方ないものなのかもしれない。


 俺は魔法にあまり関心がない。


 この学園にいる理由も、ただ単に身内が魔法関係者で、俺自身にも魔法使いとしての資質があったからだ。

 ここは近場に寮があるため、わざわざ家から通う必要はないが、寮に入ると炊事洗濯などの家事全般を自分でやらなければならなくなる。

 魔法学園入学は十歳からだが、そんな子供でもお構い無しに自立した一人暮らしを課せられるのだ。

 ただでさえ魔法学園というものにため息を吐いている俺が、プライベートでもそんな面倒なことをやるのは甚だ御免だった。

 朝の日が眩しい中、通学路にはちらほらと同じ制服の少年や青年が見えている。学年はネクタイやリボンの色を見れば分かるが(二学年は緑)、十歳から十六歳までの年齢層があると同じ学内に入っていくのに違和感を感じざろう得ない。


「何だカイトウ……今日も来たのかよ」


 第二学年A組の教室に入った瞬間、小馬鹿にした声に迎えられた。

 そちらに目をやれば、端の方の席に座る一際ガタイのいい男子生徒―――コドラン・ベージュがふんぞり返って嫌な笑みを浮かべていた。周りを囲んでいる男子共も、それに連れてクスクスと笑っている。


 いつもの日常。


 少なくともここに入学して一年たった今となっては、俺への朝のあいさつのようなものだ。

 気にすることなく、自分の席に座った。

 周りの視線をチラチラと感じる。コドランたちだけではなく、教室の他のところからもだ。何やら小声で喋っているのは、俺のことだろうか。


 浮いているのが自分でもよくわかる。


 これが、俺が学園に来たくない理由の一つ、という訳ではない。そもそもこうなったのは、真面目に授業や実習をやってない、自分が悪いんだろうから。

 ここに通う生徒たちは誰もが魔法使いになるという目標のためにいる。そんな中で一人、やる気もなければ興味もない。魔法の話となれば「あっそ」の一言で済ませてしまう俺の態度は、彼らの嫌悪を集めて当然だといえるだろう。

 だからあまり気にしてはいない。

 陰口は叩かれても直接なにかしてくることはないのだから、問題はない。


 そう思ってるのは、ただの強がりか?


 学園に友達がいないのは事実だ。そんなことなんの自慢にもならないだろうけど、気の合わない人に無理して合わせられる器用さなんて、子供に求めるものじゃない。

 子供は子供らしく、自分の考えを押し通す。


 学年が上がればなにか変わるかと思っていたが、結局二年になっても同じだったし。もしかしたら卒業までこんな日常を送るのかもしれない。


 俺が、卒業までこの学園にいれば、の話だが。



 二学年A組の二コマ目の授業は、魔法実習だった。

 魔法、といってもちゃんとした魔法を学ぶのは第三学年からなので、二年の実習は魔法に必要な魔力をコントロールする単純なものが多い。

 授業が始まる前、俺はいつも通り体調不良を言い訳に、講師の先生に医務室で休んでいることを伝える。

 言うまでもないが、やる気のなさで生徒から嫌悪されるような奴が、教員に好かれるはずもない。


「すきにしなさい……」


 その一言で終わった。


「すみません……」


 俺は社交辞令としてうわべだけの謝罪をすると、そそくさと一階の医務室へと歩いた。


 よくある日常。


 こうなるとクラスメイトたちは歩き去る俺を見向きもしない。


 平和だ。


 この状況をそう思う俺は、子供ながらに相当根性が曲がってる。

 自覚しているからといって、何をする訳でもないのだが。




「ふぁ~あ、ねむ……」


 目的地にたどり着いた俺は、慣れたものでベッドが並んでいるカーテンの向こうへ。

 幸い医務室に人はいない。不要な言い訳を言う手間が省けた。

 大きな欠伸を隠そうともせず、俺はだらしなく横になった。

 平和な時は、寝るのが一番だ。


 ウトウトと睡魔に襲われ始めた辺りで……………声がした。




「随分と堕落した学園生活を送ってるようね。そこまで盛大にサボってる姿を見ると、逆に怒る気も失せるわ……」




 俺は深く閉じていたはずの目を見開いた。


「ねぇ、コウジ……?」


 俺の寝ているベッドの横に立っていたのは、真っ黒なローブに、フードを被った一人の女性だった。

 深く被ったフードのせいで顔は見えないが、俺にはこの透き通った声だけで誰だか分かる。


「あ、姉貴!?」


 俺の姉ちゃんだ。

 思わず、反射的に、飛び起きた。

 身なりを正し、ベッドの上で正座する。


「はぁい、よくできました」


 ポン、と胸の前で手を合わせ、口元に笑みを浮かべる姉貴。


「で? 言い分はあるかしら?」


 ゴクリ、と喉を鳴らす俺。


「あ、ありません!! け、けど…………な、何で……姉貴がここに? 教会の方の仕事は?」


「ちょっと、抜け出して来ちゃった」


 てへ、と舌を出す姉貴に、人のこと言えねぇだろ、とツッコミたかった。いらんとこだけ、姉弟を感じる。本当に、いらんとこだけ……、


「コウジ……サボるのはいいけど、ほどほどにしておかないと卒業出来ないわよ?」


 あまり説得力のない言葉だ。


「………いいよ、別に……魔法使いなんて、なれないなら…なれないで……」


「へぇ……」


 気温が下がった……ような気がした。いや、おそらく気のせいではないだろう。


「………まぁ、いいわ。取り敢えずそっちの説教は家でするから」


 あんたの説教も親父にしてもらいたい……、俺は心の中で糾弾しながら、姉貴の話に耳を貸す。


「今日の放課後……教会に来なさい……」


 極めて笑顔で言っているようだったが、魔王の手招きが背後に見えた。


「は、はい……」


 いつの時代も、姉は怖い。

 平和とは、一時の幻である。どっかの誰かが言っていた。


「前から一度、その曲がった根性を叩き直そうと思ってたけど、今日の有り様を見たらますますやる気が出てきたわ……,」


「………」


 ここから、俺の波乱の日常が始まるのだと、誰かに語るときはそう言おう。

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