第十五話 五人目は一年生
「運がよかったな、コウジ。まぁ授業だし、制限時間があるのは仕方ないとしても、あとちょっとで俺が勝ちそうだったのに」
「ぬかせ、次はその顔面に強烈な一撃を入れてやるから覚悟しとけっての」
周囲の沈黙に構わず。軽口を叩き合いながら俺とラルフは組手場の円を出る。
途中、ハデス先生から強い眼差しを感じたが、何も言われないので気付かない振りをする。
周りはまだ静かだ。
組み手前と違い。視線が集中するのは、ラルフだけじゃなかった。
普段からあれだけダラけている俺が珍しく剣術の授業に出て、しかも学年四位のラルフと引き分けたんだ。
バカにしてた分、ショックを受けてる奴の多いこと多いこと。別段、ギャップで格好良さをアピールするつもりはないが、ここはドヤ顔でもしておくべきだろうか。
いや、自慢出来る結果でもないけど。
制限時間十分程度だから勝負が決まらなかったに過ぎない。あと十分もしたら、俺は情けなく息も絶え絶えで膝を付いていたかもな。
ラルフの言う通り、良かったぁ十分で。
まぁ剣の感覚が鈍ってないと分かっただけマシだな。あとは体力か。こればっかはトレーニングする以外にどうしようもねぇしなぁ。
かえって考えることが増えた気がして、俺はため息を吐きたい気分だった。
体力ないのは完全に俺が悪いんだけどね。
「なぁコウジ……」
「あん?」
「密かに剣術の特訓とか、してたのか?」
「俺がそんな生真面目なことする訳ねぇだろ」
何言ってんだラルフの野郎。そうだったらもっと体力あるっつの。
「そうか……」
ラルフは物憂げな目で見てくる。
何だよ。
「やっぱりスゲーよ、お前は……」
「はぁ?」
「何でもねぇ」
訳が分からんままラルフは口を閉ざした。結局、何が言いたかったんだ?
さっきの組手で、俺の動き変だったか? 感覚的には全くもって昔のままだったんだけどな。気付かないところで衰退してたのかね。
いやいや客観的に見ても一年前の俺と全然変わってねぇだろ。
剣を振ってたのか、て言われてもなぁ……。
普通にありえねぇよ。
つか、振りたくても振れなかったって方が正しいかな。
木剣でも、手にしてしまったらあの頃のトラウマが甦ってきそうで、あの頃の絶望に襲われそうで、俺はこの一年ちょっとの間、全く剣術稽古をしてなかった。
まぁでも、時間は何よりの良薬だ。
今、こうして何でもないように剣舞を踊れることに、誰より俺自身が驚いてる。
組手が終わっても、握った木剣から伝わってくる感触を味わう……………気にはならねぇから適当に放って座り込んだ。
次に始まった組手に目を向ける。
鳴り響く乾いた打撃音。
空気を斬り裂く音。
重なり続ける摺り足の音。
久方ぶりに剣を振り終えた今、人の剣舞を外から見ると何もかもが新鮮な気がする。
なんていうか、懐かしい。
でも楽しいとは思わない。所詮これは殺しの技術。戦いの道具にすぎない力は、とても好きになれるもんじゃない。
知っているか、知らないか。
剣術の怖さは、剣術の意味は、それだけで大きく印象を変える。
剣を振ることの責任。
戦うことの意味。
命を奪う力の重さ。
今この稽古場で木剣を振る、彼ら彼女らはまだ知らないんだろう。
願わくば、知らないままでいた方が良いとも思うけど、この学園にいる以上はそういう訳にはいかないんだよな。
今この時、この瞬間に、剣を振りながら笑っていられる幸せ。それを知るのは卒業する四年後か、はたまた在学中の一年後か。
ずっと続く平和なんてありえない。
ここにいる皆が戦場に立つ日も、もしかしたらそう遠くないのかもしれない。
剣を振ること―――義務を放棄した俺には、とやかく言う筋合いは無いんだろうけどさ。
―――放課後。
今日の授業は全て終わった。鞄を持たない主義である俺は、教科書全てを机の中に置きっぱなにしている。よって、帰る準備は必要ない。行く準備も必要ない。
どうせ上級生になったら皆やってんだよ、おき勉。真面目に教科書持ち帰るのは一、二年の間だけだって絶対。
「コウジ~」
席を立ったと同時に教室のドアの方から聞きたくもない呼び掛け声が聞こえてきた。
―――タチバナ……あのさぁ……。
確かに放課後、チームの五人目に声を掛けに行くことを伝えていたが。何故にそう注目を集める行動に出るかなこの女は。
もっと気遣って、俺を気遣って。
見ろこれ。教室中の視線がお前と俺に集まってんじゃねぇか。
「どうかした?」
「どうかしてるのはお前だ」
「へ? 何で?」
「何ではこっちのセリフだよ。何で教室まで来てんだお前は………」
「え? だって………」
と、そこでタチバナは周りの目に気付いた。
クレリア・オルゴートが出した課題のことを他の生徒に知られるのは好ましくないからな。出来ればその気遣い、もっと俺の平穏な学園生活のために向けてくれ。
タチバナは俺の間近に顔を寄せてくる。近い近い近い。
おまけに教室内の視線が鋭くなった気がした。
そんなことにも構わず、タチバナは小声で言う。
「五人目の人に声掛けに行くんでしょ? わたしも行くって言ったんだから、そりゃコウジの所に来るよ」
「わざわざこっちの教室まで来んでも、『通信』使えば落ち合えるだろ」
「だってわたし、コウジの『通信回路』知らないもん」
「………」
そういえば、交換する気もなかったからしてなかったな。
『通信』魔法による遠距離通話を行うためには、互いの『通信回路』を予め解放しておかないと繋げられない。つまり、回路を知らない相手へは『通信』魔法は使えないし、知らない相手から『通信』が来ることも無い訳だ。
例外として『通信魔法シグナル』とかいうSOS信号用の拡散通信もあるにはあるが、そんなもん使ったら周囲数キロ単位で存在する全ての『通信回路』に信号を送ることになる。
避難訓練じゃあるまいし、そんなの当然使えねぇ。
「そりゃ悪かった。今度からは落ち合う場所を決めとこう」
「普通に『回路』交換してよ……」
「ああ、また後でな……」
「ちょっと、コウジ!」
適当にタチバナをあしらいながら胃の痛い教室を出る。
「……そういえば、五人目ってどんな人なの?」
「あれ? 言ってなかったっけ? まぁでも、あいつのことは説明するより見た方が良いと思うぞ……」
「説明するのが面倒なだけでしょ」
「はっはっはー」
適当に誤魔化す笑い声をあげながら、俺たちは目的の場所へ歩く。
まだ生徒が大勢残る学内を出て、辿り着いたのはメリゼル魔法学園の校舎裏。
訝しげな顔で、タチバナが口を開く。
「ここにいるの?」
「たぶんな……」
「たぶんて……」
「教室よりはいそうな気がしたから先にこっちに来ただけだ。いないなら教室に行こう」
「逆でしょ普通……」
呆れたように頭を抱えるタチバナ。またサボり魔か、とでも思ってんだろうな。ここまでのチームメイトでタチバナ以外は不真面目そうなのばっかだから。
ラルフはマシな方だけど、俺とイメルダなんて学園にまともに来ちゃいねぇし。
「さて、目的の輩はいますかね、っと……」
つうか、いつ来ても寒気がするなこの場所。
人の気配が無く、日の光を遮って薄暗いその場所は、肌寒さを感じさせる。
そんな冷たい場所に一人、そいつはいた。
藍色の髪と藍色の瞳。幼い風貌に合わない妖艶な美しさを秘めたその存在。
「やっぱりいたか。タチバナ……あいつだよ、探してた五人目のチームメイト。名前は―――如月・ミーティア・秋人……」
俺の紹介に、タチバナは驚いたように目を丸くした。当然か、ネクタイの色で分かる通り、あいつは………一年生だからな。
おまけにあの容姿。
「女の子?」
「いや、制服見て分かんだろ。男だよ」
「………本当にあの子が?」
「言っとくが、可愛いのは見た目だけだぞ。第一学年魔法実技のトップグループにいる一人で、実力は筋金入りだ。今回の課題はあいつを含めた俺たち五人じゃないと達成出来ないだろうな」
「………」
タチバナが少し俯く。おっと、気を悪くさせたか。
けど、五人チームで戦うことは了承済みなんだし、メンバーを選ぶのは俺だ。誰を選ぼうが文句は言わせねぇよ。
と、そこで、
「三日振り、か………にしても珍しいな。コウジさんがわざわざ俺のところまで来るなんて……」
こちらの気配に気付いたのか秋人の澄んだ声が聞こえてきた。
「頼み事があってな。ちょっと手伝って欲しいんだ……」
「………頼み事? コウジさんが………俺に?」
そこで会話を聞いていただけだったタチバナが、慌てたように声をあげる。
「あの、二年C組の立花レーナです。その、彼の頼み事っていうのは元々はわたしの受けた課題のことで、海藤コウジ君に手伝ってもらっていたんですけど。やっぱり二人では出来ないって言われて……」
「―――数を集め、徒党を組んでその課題に挑戦する方向で考え直した。魔法戦闘の基本はファイブマンセルチーム。その一人として俺を誘った訳ね……」
タチバナの言葉足らずな言い回しを先読みし、秋人は打ち切るように言葉を占めた。
「は、はい………そうです」
タチバナの言葉はそこで勢いをなくした。
秋人は立ち上がってようやくこっちを見ると、何もかもを見透したような眼で言う。
「あなたは、第二学年三位のタチバナ先輩ですよね……なら課題っていうのは、学外魔法訓練。しかもあなたと、コウジさんが二人でやって出来ない難題って……まさか、魔物狩り演習とかじゃないだろうな? 」
ギクリ、と俺とタチバナの背筋が伸びる。相変わらず勘が良いなこいつ。深読みし過ぎて心の中まで見透かされてる気分だ。
「おいおい、その反応………図星かよ、コウジさん?」
「あ、ああ、まぁな……課題は上級生用の演習場にいる魔物―――『牛鬼』を狩ることだ」
「…………正気とは思えないな……騎士クラスの魔法使いでも一対一では苦戦するような魔物だぞ」
いっそバカにしたように、秋人は言う。イメルダもそうだったが、やっぱり秋人もそう思うんだな。まぁ、俺でも頭おかしいんじゃねぇかと思うレベルだから、相当ヤバイのは間違いない。
「ご、ごめんなさい。でも別に無理して協力してくれなくても良いの。これはわたしの課題だし、嫌ならハッキリ断ってね」
タチバナはそう言うが、俺としてはこいつがチームに入ってくれないのはかなり痛い。
生き残りを懸けた戦いに必要なのは、あらゆる知識と、それを最大限に活かす戦術。
こいつの頭は、どうしても課題達成には必要だ。強要は出来ないが、なるべく力は貸して欲しい。
「まぁ、俺は別に構わないけど……」
「ホントか!?」
秋人がチームに入ってくれる。これでどうにか攻略の目処が立ったな。
「ありがとうございます、如月君……」
タチバナも深く頭を下げ、礼を言った。
それに秋人は小さく笑みを見せると、俺の方に顔を向けて確認事項とばかりに言う。
「チームの構成はコウジさんが全部やってるのか?」
「一応な」
「……五人チーム………じゃあ俺は《シャドー》か。後の二人はイメルダ・ギド先輩とラルフ・ド・ラルーシュ先輩だな……」
「よ、よく分かったな」
こいつにはマジで何でもお見通しなのか!?
「だってコウジさん。俺たち以外に友達いないじゃん」
………そうでした。
改めて言われると悲しくなる。元より頼れる宛が少な過ぎるのだ。お見通しもクソもない。
「それよか秋人」
「なに?」
俺はチロリとタチバナの方を見やり、再度、秋人に視線を戻した。
―――アイコンタクト。
俺と秋人が頷き合う。
「え? な、なに?」
秋人のじっとした藍色の瞳が向けられ、タチバナは居心地悪そうに後ずさる。
そして、俺は訊ねた。
「なぁ……何だった?」
「白……だね……」
やっぱりか……。
「え、え? な、なに、何の話?」
意味の分からなかっただろう俺たちの会話にクエスチョンしか浮かばないタチバナ。
怒られることは承知だ。だが敢えて言おう。
「ん? あー、タチバナの今はいてるパンツの色だよ……」
「なっ! た、確かに白だけど、ってそうじゃなくて!! い、いつ見たの!?」
「はっはっはー、それは企業秘密だから……」
制服のスカートの上からその部分を押さえて恥ずかしそうに顔を赤くするタチバナ可愛い。
まぁ、そんなアホなやり取りをしながらも、かくして五人のメンバーが揃った訳だ。