第十二話 俺、何か悪いことしたか?
「あー、ひどい目にあった。つか、なんでイメルダはお咎め無しなんだよ」
「不登校だった生徒って、学校に来たとき気遣われるのよね」
逆に学園に来ていても真面目に授業を聞いてない俺は、内申ばかりが下がって評価通りの対応を受ける訳だ。
何それ、せっかく学校まで来てるのに二倍損した気分。内申の評価が変わんねぇなら、いっそ俺も不登校になろうかな。
おっと、そんなどうでもいい(よくはないけど)ことは置いといて、ハデス先生の説教の後でようやく学園内に入れた訳だが……………俺たちは、周囲の生徒たちの視線を異常に集めていた。
基本的に明色系の髪色が多いこの南大陸の国で、暗色系の髪色をしてる俺は元から異質性で目立ってはいたのだが、今この状況で人目を引いているのは俺の存在ではないだろう。
イメルダ・キド。こいつの容姿は、やっぱりどこにいても注目を集めるものらしい。
現在、メリゼル魔法学園は昼休みに入ったところ。
人が教室から出始めた第二学年の校舎を歩く最中、彼女とすれ違う男子はその姿を追うように頬を染め、遠目に立つ女子はその姿を羨むような目を向けてくる。
今まで不登校だったとはいえ、イメルダは去年まで魔法学園で学年一位の座についていたエリートだ。
魔法の実力は言わずもがな。
容姿端麗で儚くも神秘的な魅力。
顔や名前、魔法使いとしての優秀さはすでに同学年の間ではかなり有名だった。
ついでに言うと、こいつの隣を歩く俺には普段の百倍近い嫉妬と嫌悪と疑惑の込もった視線が飛んできているが、いちいち気にしてたら心が折れそうになるので無心で進行方向のみに集中する。
そうして俺のクラスである二年A組の前を通る際に、よりによって、コドラン・ベージュのグループが出て来た。
「あん? なんだぁカイトウじゃねぇか……」
獲物でも見つけたような汚い笑みを見せるベージュ。奴の周りにいる男子たちも、似たような顔をしている。
「堂々と午後からの登校かよ」
「どうせ授業も受けねぇのに、何しに来たんだあいつ……」
「メリゼルの恥さらしが………」
わざと俺に聞こえるように言ってるんだろうが、普通に事実だから嫌味にも聞こえない。
むしろ当たり前の対応だな、と納得するくらいだ。
連中は俺が何も言い返せない(さない)のを、「無様な奴」でも見るように口端を吊り上げている。嘲笑うような眼差し。
俺が精神的にキてるとでも思ってるのか?
残念ながら、俺は自分との関係性が皆無の人間に何を言われようが微動だにしない。
「けっ、そんなてめぇが女連れとは………」
と、そこでようやくベージュが俺の横に並ぶイメルダに目を向け……………………見開いた。
「こいつ……イメルダ・ギド……」
ベージュの仲間の一人が驚きの声を漏らした。
「ええ、そのイメルダ・ギドだけど……」
イメルダはそれに答え、復唱するように肯定する。
途端、奇声とも言える感激の声が上がった。
「学園に来てたのか!」
「マジかよ! 噂通りのスゲェ美人!!」
「は、初めましてギドさん!」
「ギドさん、魔法についての話がしたいからこのあと学食の方で……」
男子たちは我先にと、イメルダへ話し掛ける。
まぁ、イメルダは美人だからなぁ。珍しく学園にやって来た彼女への反応は、同じ男子として分からなくもないが。
この扱いの差。すでに俺は視界にすら入っていない。
言っとくけどイメルダも学園サボってたからね。
学園に来てサボってたか、来ずにサボってたかの違いだけだからね。
世の中は顔か? 顔なのか?
性格も大事だよ。俺は性格も最悪だけど。
「な、なぁ、ギド……どうして急に学園へ!? もしかしてこれから毎日通い出すのか!?」
気付けばベージュの奴も興奮したように、そのガタイで他の男子たちを押し退けてイメルダに詰め寄っていた。心なしか顔が赤くなってるのを見るに、そういうことかね。
まぁ、イメルダを見りゃ大抵の男子はそうなるだろうがな。
呑気なことを考えてたが、こんな傍観者でいられるのもこいつらの意識から俺が完全に消えてるからだ。
そのことに気付いたのは、イメルダが口を開いてからだった。
「………別に理由ってほどでもないけど………私はコウジ君に呼ばれたから来ただけよ」
割かし愛想よく丁寧に答えた分、その言葉は廊下中に通った気さえした。
いや、厳密に言えば、廊下中の生徒たちがイメルダの声に聞き耳を起ててたから、よく響いたように感じただけで、即ちそれは、俺が詰んだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「「「「「「……………」」」」」」
誰か何とか言えよ。
点しかねぇよ。
この瞬間……イメルダの注目度100パーセントから、俺の注目度100パーセントに移り変わる。
静まり返る世界。
視線だけがやけに痛い。視線だけで殺されそうな気がしてきた。特に、ベージュの目が………ヤバい。
沈黙した空間を打ち破るように、いや爆発させるように粉々にしたのは、第三者の介入。
つまり、
「あ、コウジ! やっと来た! 学園にいなかったから心配したよ!!」
立花レーナ、降臨!
何てバカなこと考えてる場合じゃない。
最悪だ。サイアクだ。
美少女二人に名前で呼ばれ、親しげに話し掛けられる俺。その注目度100パーセント→注目度120パーセントを突破。
なにも人気者だけが周囲の注目を集める訳ではない。人気者、正義、それらと対極する位置にいる悪者もまた、目立つ。だから、悪目立ちするのが俺だった。
別に悪役になったつもりはないが、こと子供の世界のルールでは、真面目な奴は正義。不真面目な奴は悪。誰も悪にはなりたくないし、悪と決め付けられて見放されるのは怖いから。必然、正義は多勢となり、必然、悪は孤独となる。
正義となった多くは、孤立した悪の存在を嫌悪、侮蔑の眼差しで見据え、それを集団で貪るように排除していく。
こんな言い方も出来るかもしれない。
決められたレールに沿って歩く、多勢が正義。レールを踏み外した、あるいは逆らって孤立した方が悪。
特に学生という成長途中の曖昧な存在の世界観ってのは、そんなもんだ。
この状況………、そして俺はレールを踏み外している。
現在、俺は完全に悪目立ちをしています。
「……って、どうしたの?」
当の核弾頭となったタチバナは状況が分かっていないようで、俺の傍まで来て首を傾げた。
周りの刺すような眼光があって、正直、俺は口を開けそうにない。
だが代わりに、俺の隣から顔を見せたイメルダが、
「お久し振りね、タチバナさん」
「…………え? ギ、ギドさん!?」
去年同じクラスだっただけに、タチバナもイメルダのことを知っているようだ。
まぁ、イメルダの噂は俺の耳にさえ届くくらいだったから同じ学年なら誰もが知ってるだろうけどな。
「……ウソ!? ギドさん、私があんなに言っても学園に来なかったのに……どうしたの!?」
「……コウジ君に呼ばれてね。私、あなたたちを手伝うことになったから……」
「………へ?」
「……とにかくその話は後にしましょう…………行くわよ、コウジ君……」
と、イメルダは俺の手を掴み、無理矢理引っ張って人混みの中心をスルスルと抜けていく。
「では皆さん、また機会があれば御会いしましょう」
囲んでいた同級生たちに丁寧な挨拶をしているが、それ同じ学園に通う同じ学年の人に言う別れの言葉じゃないよね。しかも俺を引っ張る手は存外、雑だ。痛い。
「お、おい、イメルダ……」
「こんな人が多いところじゃ静かに話も出来ないでしょ?」
いや、確かにそうだが。
「購買で何か買って他に行くわよ。タチバナさんも、お昼がまだなら御一緒しましょう。話はその時に………」
「う、うん、分かった」
呆然、愕然となる同級生たちを残して、俺、タチバナ、イメルダの三人はその場を後にした。
おいおい、大丈夫かこれ。翌日刺されたりしねぇだろうな………。
何だかんだで三人揃ったけど。とにかくあと二人、さっさと声掛けに行こう。