第十一話 俺の人生……詰んでるな
イメルダの言葉が終わると同時に、暗闇の中で僅かに輝いていた灯火が燃え上がるように大きくなる。
暗い空間が照らし出され、少女の姿が現れた。
腰辺りまであるプラチナブロンドの髪。蒼い瞳は大きく、吸い寄せられるような深さを感じる。
肌の色がやけに白いのは、こんな暗がりにこもってるからかね。
だがその容姿は、紛れもなく美人だった。儚げで、そして澄んだ美しさ。
「行くんでしょ?」
イメルダが確認するように首を傾けるが……………一つ言いたい。
「ちゃんと服を着ろ……」
道理でシルエットの輪郭がくっきりしてた訳だ。
何で下着姿だよ。そんな格好で人を出迎えようとするな。
幼馴染みだから俺は見慣れてると言えば見慣れてるが、仮にも男子の前でなんつー格好してやがる。
おまけに十一歳の割りにやたらと発育良いから凹凸がハッキリしてて凄くエロく見えるな。
さすがに谷間が出来るとまではいかないが、ふっくら膨らんだその部分にはどうしても目がいってしまう。
「あー、ここに来る人なんて家族かあなたたち姉弟くらいだしね。気にしてなかった……」
せめて俺のことは気にしてくれ。お年頃なんだから。
「いいから、とっとと着替えろ!」
俺は室内を見回し、適当な椅子に掛けられていたメリゼル魔法学園の制服を見つけて投げ渡した。
「うわっ、ちょっと投げないでよ」
「じゃあこんな適当なとこに置いとくな」
「最近は着てなかったから片付けるのも面倒くさくて……」
「むしろ着てねぇなら片付けろ。ずぼらにもほどがあるだろ」
こりゃまだしばらく出れそうにねぇな。
イメルダに背を向けると、俺はそのまま制服掛けになっていた椅子に腰を下ろして着替えを待つことにした。
本当なら女子の着替えの場からは出ていくべきなんだろうが、イメルダも気にしてねぇみたいだし、良いだろ。
「コウジ君?」
「何だ?」
シュルシュルと服を着る音だけが聞こえてたと思ったら、いきなりイメルダが口を開いた。
「コウジ君が手伝ってる、課題を出された同級生って誰なの?」
「あん? 言ってなかったか?」
そういえば課題の内容と協力要請の話しかしてなかったっけ?
「私も知ってる人?」
「あー…………、魔法成績学年三位―――立花レーナっていう女の子だよ………」
俺の言葉が流れた瞬間、この空間から音が消えた。
イメルダの着替えの音も聞こえず、彼女自身からの反応も一切ない。
…………何だ? 何かまずいことでも言ったか?
「立花レーナさん……ね。まさか……、」
ようやく聞こえてきた音。イメルダの呟きに、俺は首を傾けた。
続きの言葉を黙って待つと、
「射出魔法制御の……」
それを聞いて、俺はようやく先の沈黙の理由を理解した。
「何だ……タチバナの持ってる才能まで知ってたのか……」
正直、俺も最初に見たときはスゲーと思ったからな。
第二学年で火系統の魔法を扱える。そこは別に驚くポイントじゃねぇ。
姉貴やイメルダみたいな、第三学年に上がる前から精霊系統魔法を修得した天才魔法使いは、魔法学園で稀少ではあるものの珍しいとは言わない。
精々、目にして驚く程度だ。
立花レーナという少女の着目ポイントは、魔法を使えることじゃなく、魔法を標的に、正確な狙いで命中させる魔法制御能力だ。
射出型の魔法攻撃を当てる。
言葉にするのは簡単だ。だが実際の感覚的には、手で石を投げて標的に当てるのとほとんど変わらない。
数メートル程度なら難しくもないだろうが、あのタチバナは、数十メートルの距離でピンポイントに魔物の胴体を狙い撃った。
訓練を重ねた魔法使いなら、それも大した射程ではないだろう。が、立花レーナは魔法学園に通う、しかも第二学年の生徒だ。
あの歳で、すでにあの魔法コントロール。
鬼才と言われた俺の姉貴でさえ、精霊系統魔法の修得から放出の制御までには一年以上の時間を必要としたらしい。
タチバナの口振りから考えると、精霊系統を覚えたのはここ最近のことだろうな。
あくまで予想でしかないが、立花レーナの魔法制御の才能は、あの魔法騎士団長まで上り詰めた姉貴を超えている。
「あの娘は第一学年の頃からずっと上位五人の成績に入ってたから。それに私は去年同じクラスで、魔法試験の実力は何度も見てるのよ」
「なるほど」
イメルダも、あの才能に目を向けていた訳か。それとも、同じ匂いでも感じていたのかね。
―――天才の、匂いってやつを。
勝手な予想を立てている中、イメルダも制服を着終わったらしい。
「準備出来たわ」
「ん、じゃ行くか」
地下施設を出て日の元を歩けば、「溶ける~」くらいの声を上げると思ってたが、イメルダは普通にメリゼルの街の中、俺の横を歩いている。
「お前、太陽が眩しいとか言ってなかったか?」
「何言ってるの? 太陽はいつも眩しいでしょ」
………………うん。まぁそうだけどね。
いやそうじゃなくて。
「引きこもってた割には、案外簡単に外に出たな、と思ってさ」
「別に私は出不精って訳じゃないわよ。ただ引きこもってただけで」
すみません。どう違うんですか?
「それより、どこ行くの?」
疑惑の眼差しを向けた俺に、イメルダは目的地を訊ねてきた。
「…………学園だ」
俺たちの歩先は、メリゼル魔法学園。
おいこら現役学生。道で分かれよ。どんだけ登校してねぇんだ学園に。
とにかくまずは学園に行って、タチバナと合流する。
魔法戦闘チームの人数は五人。あと二人、声を掛けないとな。今日は平日だし、たぶん二人とも普通に学園へ来ているはずだ。
今の時間はちょうど四限目の授業が始まったくらいか。
そんなことを考えてると、隣を歩くイメルダが腹に手をやりながら言う。
「……朝食べてないからお腹すいてきた」
「……学園に着くまで待て」
つまり学園に着いたらまず学食か。
タチバナともそこで話すかな、と頭に浮かべたが、はたしてこの課題のことは人耳に触れて良い内容なのか?
学園の許可をとってる以上は校則違反にならないだろうが、普通の学生は学外課題で『牛鬼』狩りなんてやらねぇよな。うん、絶対やらねぇ。
話が下手に広まるのは避けたい。ただでさえ俺は悪目立ちしてて周りからの印象が悪い。いらん噂でこれ以上に目立つのは面倒を増やすことになりそうだ。
購買で食うもんだけ買って人のいない場所にでも行くか。
そうして到着したメリゼル魔法学園。言うまでもなく、遅刻だ。
だが俺もイメルダも、そんなことをいちいち気にするような良い子ではない。
ないのだが、気にする者がいない訳でもない。これまた言うまでもなく、このメリゼル魔法学園の教員である。
何故だ…………どうして…………どうして講師が校門の前に………。
遅刻は気にしないが、怒られるのは勘弁してほしい俺だった。
学園に勤める大半の教員はすでに俺のことを諦めて放置しているのだが、全員が全員という訳でもなく。
「やぁカイトウ………随分と遅い登校だな……」
メリゼル魔法学園の魔法学担当女性講師―――レフィーロ・ハデス。
レイバ国民らしいブラウンの髪をサイドに纏め上げ、強気な同色の瞳が射ぬくように俺を睨んでいる。マジで恐い。
男勝りな性格、とまでは言わないが、学生の頃から戦場を駆け抜け、一、二年ほど前までは現役の魔法騎士だったその威圧感。そんな物騒なものを子供の俺に向けないで!!
「何か言い分があるなら聞いてやろう」
俺にはこのセリフが「遺言があるなら言ってみろ」に聞こえた。ていうか、
「何で俺がこの時間に来ると?」
ほとんど待ち伏せのように立っていたハデス先生に、俺は半ば恐怖を覚えていた。
「この時間には学園に来るだろう、とお前の姉から連絡があってな」
「姉貴……」
イメルダの時といい、俺の行動の全てが読まれている。完全に詰んでいた。
「『絶刀』」
瞬間、レフィーロ・ハデスの声が響き、いつの間にか彼女の手にあった木剣が、俺の身体に直撃した。
言霊を使って発動する種別魔法じゃない。
戦うための魔法による技術、魔法戦技『絶刀』。
刀剣が生み出す魔力の衝撃波で、刃に触れた者の意識を刈り取る技だ。
剣による攻撃は基本的に斬撃。だがそれも時代が進むごとに戦闘が進化していき、魔法の発展による近接戦闘のぶつかり合いは一撃必殺が求められた。攻撃がかすっただけでも敵を昏倒させる高度な技術も作られ、その一つに部類されるのがこの『絶刀』な訳で。
言わなくても分かるかもしれないが敢えて言おう。
教師が生徒に使っていい魔法ではない。
「体罰はせめて……拳骨でお願いします………」
俺の意識はそこで途切れた。
瞼が完全に閉じられる前に見えた光景は、呆れ顔で俺を見ていたイメルダだった。