第十話 世の中は才能で決まるわな
―――毎日毎日……魔法の訓練訓練訓練。凄いわね、コウジ……。
微笑み見守ってくる瞳に、俺も笑顔で答える。
―――うん。俺、魔法のこといっぱい勉強して、いろんな魔法を覚えたいんだ……。
―――張り切るのは良いけど。あんまり無理しちゃ駄目よ……。
―――平気だって! お姉ちゃん………俺……絶対、お姉ちゃんみたいな凄い魔法使いになるんだからさ!
うっすらと上げた瞼から見える景色は、もはや見慣れた天井。まだ俺に現実感を与えてくれない霧がかった意識の中で、俺はようやく先程までの会話が夢であることを理解した。
なんとまぁ、古い夢を。
けど懐かしくはない。むしろ、目覚めとしては最悪の気分だ。
魔法訓練に参加する事実が、俺の奥底から余計な幻想を引きずり出しやがったか。
…………チッ、胸くそ悪い。
あまりに無知で、身の程知らずだった子供の見ていた夢。所詮、夢は夢でしかねぇってのに。
――攻略開始二日目――
俺は午前中の学校を休み、親父の知り合いが会長をやっている商会へ魔法薬を売りに来ていた。
子供の俺が売る物品だとまともな買い取りをしてもらえないだろうから、顔馴染みの筋に頼むことにした訳だ。
買い取り屋の店内で、髭面の中年親父が俺の並べた魔法薬の瓶詰めを見て目を点にしている。
「『フレイムパウダー』二瓶に『爆砕液』五瓶、『ビルドスパーク』三瓶………おいおい、『ロードポイズン』まであるのか? コウ坊……お前、戦争でも始めるつもりかよ……」
「全部でいくら位になりそうだ?」
心底呆れた様子のおっちゃんだが、俺は早く金額が知りたい。
「ほとんどが高級植物からしか作れない珍品だからな。しかも随分と質が良い」
「まぁ、作ったの俺だしね」
「ははは、面白い冗談だ」
本気にするどころか相手にもされないのか。
「こいつを作った奴は、紛れもない魔法薬の天才だぜ。コウ坊にはまだまだ早いっての」
天才、か。この才能がもっと魔法の方面に出てたら、何か変わっていたのかね。
「『フレイムパウダー』が三十万、『爆砕液』が七十五万、『ビルドスパーク』が五十万、『ロードポイズン』が八十万………ま、全部で二百万ゴールドは軽く越えるな……」
さすが俺の作った薬。
もしかしてこの才能なら魔法使いやるより金にはなるかも。あんまり売りたくないけど。
魔法薬を売って、取り敢えずの資金は確保出来た。
さて次にやることは物資の調達なんだが、その前に一つ用事を済ませとくかな。
メリゼルの街の裏通り。
商店街で賑わう表の通りとはまるで異なる、人気の全くない薄ら寒く、暗い道。とても同じ王都の街とは思えない。
建ち並ぶ建物はほとんどがさびれていて、幽霊でも出そうな雰囲気だった。
実際にゴーストやアンデットの類いはこの魔法界において珍しくも何ともないが、遭遇するのは御免被りたい。
怖いの苦手、とは言わないが、襲われるのは勘弁だ。
一応、ここらでお化けの目撃例とかは聞いたことないけど、こういうのは場の空気が問題だよな。
こんなところに居座る奴の気が知れねぇわ。
訝しげな顔をしながらも、俺は奥へ奥へと歩を進めていく。
人どころか、生き物の類いが一切いない。世界から隔離された孤独な空気は、如何なる存在も拒むように沈黙を守る。
そんな中で、俺はようやく目的の建物までたどり着いた。
周りに建つさびれた廃屋とさして変わらないドーム型の白い建築物。まぁドームといっても、大きさはそこらの一戸建てと変わらないくらい。
造りもこのレイバでは当たり前の石造り建築。
割れた窓ガラス、外れた扉。
中に入ればもっと酷い。散らかりまくりの埃だらけ。昔は何かの研究施設だったのか、ボロボロになった机や研究資料と思わしき紙が床を埋めている。
当然、人など一人もいない。
「ちっとは上も掃除しとけよな……」
思わず呟いてしまうほどだ。
俺は日が出てるのに暗い室内で壁に手を付き、足元を確認するように歩いていく。
最奥の壁まで来て、俺はそこに貼られている手のひらサイズの白紙に片手を付けた。
えー、と………どうやったっけ………一年前に一度来ただけだから記憶がうろ覚えだ。
ちなみに当時もここはぐちゃぐちゃだった。
頭の中の記憶を懸命に引っ張りだし、俺はようやく口を開いた。
「『大地の精よ――扉を開き・我に道を与えよ』」
第一種精霊系統の土系統の魔法。
この魔法界南大陸は、四代元素の精霊を操る系統魔法。肉体や物体などの基本性能を底上げする強化魔法。身を守る結界や気配を消す隠密などの補助魔法が存在する。
どれも魔法学園の第三学年以上から学び始める種別魔法であり、個人の特性や能力によって修得できる魔法が様々だ。
とはいえ、第二学年になったばかりの俺に精霊系統魔法など使えるはずもない。
だがこの白い紙には、土系統の精霊が常に宿っている 。そのため言霊を流すだけで特定の土魔法を発動出来ようになっていた。
まぁそれでも、魔力保持者以外は発動させられないし、宿した精霊で使える魔法なんて初級の下くらいのもの。実用化なんて当然されていないが。
白紙の貼られたところから重苦しい音を上げて、石で造られた壁が奥に開いていく。
暗闇に降りていくのは先の見えない階段。ちなみに明かり一つない。
客を招くにあたっては最低極まりない心遣いの無さだが、もとよりこんなとこに客が来るとも思えんわな。
あ、俺は客かな?
いや、そもそもここは家とか店じゃねぇよな。何だろ此処。
「―――ただの隠れ家よ」
心の中を読んだように、闇の奥にから少女の声が聞こえた。
「入るなら早くして。そして早く扉閉めて……」
気だるそうな口調だな。
前来たときも全く同じ感じだった気がするが、たぶんいつもこんなんだろう。この室内の荒れ具合が人柄まで物語ってやがるな。
「早く。光が眩しい……」
ゾンビかバンパイアみたいだな。
俺は闇の中へ足を踏み出した。背後で扉が閉じられて、光が完璧に遮断される。
階段を降りていく足音しか聞こえない静寂の空間。
ようやく底に足が付き、部屋の真ん中に微かな灯火が見えた。
微弱な光が照らしている影が、そこに立つ彼女のシルエットを形作っている。
影で見ると凹凸の分かる身体だ。俺と歳も変わらねぇ、まだ子供だってのに。 ハッキリと顔はわかんねぇけど、美人なのは知ってる。
姉貴と俺の昔馴染み―――イメルダ・ギド。このつぶれた地下魔法開発施設に引きこもってるメリゼル魔法学園の不登校生徒にして、俺たちの学年でナンバーワンの魔法成績をもっていた少女。
去年のメリゼル魔法学園の入学試験で全教科満点を取り、以降の模試も満点以外を取ったことがない。
そして第一学年の終わり頃には、当時第六学年で学年五位だった魔法使い候補との模擬戦において、土系統魔法『地盤変化』のみで圧倒した地形操作の使い手。
例年入学する魔法使い見習いの生徒の中に必ず二、三人は存在する、メリゼル魔法学園の天才………その一人だ。
けどまぁ、何でこう天才ってのは変な奴ばっかりなのかねぇ。
「いらっしゃい………海藤光示君………」
イメルダは俺を迎えるように、暗い中から言葉を添える。
部屋の隅にいて光なんて当たってねぇはずなのに、よく俺だと分かったな。
「扉を開ける際、土魔法を発動させるために流した魔力は下まで伝わるから。誰の魔力か、なんてすぐに分かるわよ」
………読むな。心を読むな。
ていうか、
「俺が来ること、分かってたみたいだな……イメルダ……」
「ええ、カイトウ騎士団長から、今日ここにコウジ君が来るかもしれないって連絡があったからね」
………姉貴、か。
「……で? 今さら私に何の用?」
闇から飛んでくる鋭い視線。
俺が来ることを分かってたっていっても、どうやら歓迎はされてないみたいだな。
「………あー、ちょっと面倒ごとに巻き込まれててね」
遠回しに言葉並べても仕方ねぇし、まして危険を伴う魔物狩りで内容が説明不足になるのはさすがにさけたい。単刀直入に頼むか。
「………魔法訓練の一貫で、上級生用演習場の奥にいる『牛鬼』を一体狩ってこなきゃならないんだが…………お前の手を借りたい………」
「…………………………は?」
だよねー。そんな反応になるよねー。
やっぱりおかしいんだって、この訓練内容。学年一位の才女イメルダが「何バカなこと言ってんの?」って目してるぞ。
「しばらく見ない間に、随分面白いジョークが言えるようになったわね」
はっはっはっ…………、冗談で済めばどんだけ良かったことでしょうね。
「悪いが真面目な話しだ。期限は二週間しかないから、手短に言うぞ」
「ちょっと……私はやるなんて一言も言ってないわよ?」
ちっ、さすがに勢いでは流せねぇか。
「そもそもどうしたのよ今さら………魔法訓練なんて……まさか、昔みたいにやる気にでもなったの?」
「……………まさか。言っただろ、面倒に巻き込まれたって。授業サボりまくってることが姉貴にバレて、罰則くらっただけだよ」
「それで『牛鬼』狩り? いくらお姉さんでもそんな無茶を君一人にやらせるとは思えないけど」
ああ、そういえば確かに姉貴が直接この課題を出した訳じゃねぇな。けど、地獄の門前に俺を放り込んだのは姉貴だし、絶対にクレリア・オルゴートが出す課題のレベル知ってただろうし。ぶっちゃけ俺が死んだら同罪だと思う。
「厳密には、師匠から課題を受けた同級生を手伝うのが内容。で、その出された課題が……」
「『牛鬼』を狩って来いって?」
「そういうこと………」
「バカじゃないの?」
いや俺が知るか! むしろ俺が言いてぇ!
俺だってバカだと思うよ、思うけどね。やれって言うんだよあの鬼どもは!
「…………それで? 話は分かったけど、何で私に話を持ち込んで来るの? その課題って、君とその同級生の二人でやれってことじゃないの?」
「二人でやる課題とは言われたが、達成方法までは事細かに決められていない。任務達成のために必要な人材を募るのも、見方を変えれば魔法戦闘戦略における訓練内容…………と言えなくもない」
「またそんな屁理屈を……」
「屁理屈じゃない。それに、どう頑張っても第二学年の見習い二人で森の『牛鬼』を倒すなんて不可能だ」
実際、この訓練が俺たちにどの程度のことを求めているのか、まだ分からない。
在学中に魔法騎士長の階級を取れる優秀な魔法使い、クレリア・オルゴートが、無謀ともいえる訓練内容をただ単純にやれ、と言うのかどうか。
魔法の戦いは、そんなに甘いもんじゃない。
歴戦を生き延びてきた魔法使いたちでさえ、何が起こるか分からない、と口を揃える。
自分の力を過信してはいけない。どんなときでも、生き残る最善の手段を取るべきだ。
俺は、姉貴にそう教えられた。
「近代の魔法戦闘は、五人一組で役割を分担する戦術が主流。危険な戦いになるなら、出来るだけ確実な方法を取りたい」
「理屈は分かるわ。けど、その危険な戦いに、一年以上口を聞いてなかった幼馴染みを巻き込もうとする訳?」
うっ、痛いところを突くな。
「………悪いとは思う。だが俺たちの実力でこの課題を達成するためには、どうしてもお前が欲しい」
「…………」
暗闇の中、イメルダは少しの沈黙を見せた後、ゆっくりと返答を告げる。
「他のメンバーは決まってるんでしょうね?」