プロローグ
「『炎の精よ――我が声を聞け・火炎の弾丸』」
響く少女の声と共に放たれた赤く燃えるの球体は、一直線にその標的である獣に向かう。
着弾。そして起こる爆風と、飛び散る火花。
「た、倒したかな?」
少女の問いに、俺は頭を振った。そして指を差す。
もくもくとした煙が晴れた後に、平然と立つ、人の形をした狼を。
狼男とか、狼人間とか呼ばれるその生き物は、首を傾げてボリボリと顎を痒そうに掻いた後、目の前の俺たちに向かって大きく吠えた。
グオォォォォ!!!
と、空気が震えるようなビリビリとした感覚が突き刺さる。
「素直に逃げた方がいいんじゃないか?」
提案が受け入れられないのを承知で訊いたが、即答で首を横に振られたことに俺は大きく肩を落とす。
「ちょっと、あんまり深いため息吐かないでよ!」
「ため息も吐きたくなるよ………お前、ここ何処だと思ってんだ?」
「……魔法学園の演習場でしょ?」
「ああ、上級生用のな!! 俺たちは第二学年に上がったばかり、まだ十一歳の子供だぞ? この意味分かるか?」
こんな場所……本来なら使っていい訳がないのだ。
「………学園の使用許可はちゃんと取ってるよ?」
「違う、そこじゃねぇ! こんなとこに下級生二人で入るのがもう自殺行為だってんだよ!!」
話が根本的にズレている。
そうこうしてる間に狼人間は再び俺たちに牙を向けてきた。俺たち、というより、主な狙いは炎の塊を自分にぶっぱなした少女のようだ。
「おい!」
「大丈夫! 下がってコウジ!!」
言いながら俺の前に立った少女は、自身の両の手を重ね合わせ、前へと突き出した。
「『炎の精よ――我が声を聞け・火炎の弾丸』」
再び唱えられた炎の魔法が、突進してくる狼人間に直撃する。が、炎を突き破って、その勢いは止まらない。
「炎系統の一番基本的な魔法……しかもまだ実習授業を受けてない第二学年の魔法が効くわけない……」
「だ、だって、これしか使えないんだから仕方ないじゃない!」
「だから逃げようって言ってるんだよ!」
俺は頭が痛くなる現状から逃げるため、前に立つ少女の手を掴んだ。
そして、走り出す。正しくは、逃げ出す。
「ちょ、っと! コウジ!?」
「逃げる!」
有無を言わさぬように被せて叫んだが、どうやら彼女は納得出来ないらしく、
「ダメ!」
そう言い切った。
とはいえ、その場でじっとしていたら狼人間の突撃をまともに受けてしまうため、戦略的撤退のもと、俺たちは駆け出した。
「コウジ! これじゃ私、先生に怒られちゃうよ!!」
「教え子をこんな危険地帯に放り出す先生の方を怒れぇ!!」
ここは、魔法界リベリア。
東西南北に別れた大陸と、その大陸に成り立つ王国などの国々。世界人口数百億人のうち、約三割が魔力保持者として生まれてくる。いわゆる、魔法の世界だ。
世界の全てに共通していることは、魔法が誰しも知る常識となっていることだった。
――――魔法使い。
大人も子供も知っているその肩書きは、魔法界で魔法の才能を持つ者のほとんどが魔法学園に通うことで学び、目指していく職業でもある。
俺が住むこの国……この街にも、そのための学舎があった。
魔法界リベリア、その南大陸にある中でも一番大きな王都を持つ国―――レイバ国。
王都メリゼルの魔法学園は、十歳になると入学が認められ、六年間の学習期間を得て卒業。三年間の実習期間を得て魔法使いとして正式に認められる。
特例や異例がない限り、レイバ国ではこれがもっともオーソドックスな流れだ。
俺―――海藤光示もその流れに乗る、魔法使い見習いの一人。
魔力を持って生まれ、十歳になり魔法学園へと入学した。
魔法使いの戦いは、どこまでも奇想天外で、何が起こるか分からないことが常識だと言われている。が、そこに至るまでの学生生活の日常も、何が起こるか分からない、油断ならないものだってことを……近頃ようやく学んだ。学ばされた。
その原因の大半は、現在俺が手を引いているこの女と、俺の実の姉にあるのだろうが。
メリゼル魔法学園の第二学年―――立花レーナ。金色掛かった長い茶髪と、髪と同色の瞳。幼いながらも綺麗に整った容姿は、まるでお人形のようである。
「わたし傀儡じゃない」
「そっちの人形じゃねぇよ」
「……というか、早く手を離して!」
「出来るか!」
茂みだらけで道の悪い中を全力疾走しているため、足がもつれそうになる。
なんでこんなことになっているのか? それは、今日の学園での出来事まで遡ることになる。