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〈弐〉5

≪ハハ…誰も、わタしを、見ナイ………≫


疲れ果てた、絞り出すような声で彼女は言う。いつの間にか彼女は歩くのを止め、俺も立ち止まってその後ろ姿を眺めた。


儚い後ろ姿だ。


脆い後ろ姿だ。


今にも壊れてしまいそうな、危うげな姿だ。


≪アタし、どオして、此処ニ、居ルンですカ?≫


前を向いたまま涙声で、きっと本当に泣きながら、俺に問い掛けてくる。


≪私は、だレニも、見エナいシ、聴こエナイし、障レなイし、きヅカレも為なイ。コンなノ、存在シナイのと一緒じャ、無いデスカ≫


自分を完全に見失いながら、問い掛けてくる。


≪モう、誰もあタしノ、名マエを、ヨバない。誰ノ心にモ、残ラナい≫


問い掛けて、自己完結しようと、する。


≪アハ………そウでスヨ。否いんだ、私。誰のココロにも、ドのセカいニも、もう何処にモ、アタ死ハ、そン罪シナいンだ≫




嗚呼―――、


それ以上言うな。


その先にあるのは破滅だけだ。


いや、破滅なんてそんな生易しいもんじゃない。


何も無いんだ。


無くなるんだ。


虚ろで、空ろで、即ち空虚。


だから、




≪ワタシハ――――…、≫




それ以上、言うんじゃない。










消エテ、シマッタンダ―――。










「朝霧しおり!!」


≪――――――ッ!?≫


通りに怒鳴り声が響いた。通行人達は驚いて俺一人に注目し、俺は気にせず、彼女を睨む。

彼女は全身を震わせて言葉を呑み込んだ。ゆっくり、ゆっくりと振り向いて俺を凝視して、その顔にボロボロの涙を張り付けて、消えそうだった小柄な身体を寸前で留めて、俺の眼を、見つめる。


≪アサギリ、シオリ…?≫


「そうだ。朝霧、しおり。あんたの名前だ」


俺は彼女を睨んだままに喋る。


「さっきからグダグダグダグダ何をほざいてるんだあんたは。誰にも見えない? 誰にも聴こえない? 誰にも触れない? 誰にも気づかれない? たわけたこと言ってんじゃねぇよ。なら俺はなんだ? あんたを視ているし、触れはしなくても声は聴こえているし、何よりあんたの存在に気づいてる。俺はまだあんたの存在を認めている!」


朝霧しおりという女性を、俺は視っている。


「全くあんたの言う通り馬鹿だな。誰も名前を呼ばない? 誰の心にも残らないだと? 俺がいるだろうが! しおりという存在は俺の心に永遠とは言わないまでも多少は残るし、あんたの身内だってそんな簡単に忘れはしないだろ!」


≪わ、タシは…………私、は…、≫


彼女の涙が止まらない。俺の言葉も止まらない。止める気もない。

はっきり断言してやる。この消失しかけている哀れな憐れな女性に、自分がどれだけ下らないことをしようとしているかを、言って聞かせて判らせてやる。


「―――もう一度呼ぶぞ『しおり』。自分を否定するな。勝手に終わらせるな。俺に助けを求めて、俺を巻き込んで、その挙げ句にこんな結末を用意して、俺を失望させるな」


≪私、は……≫


「よく聞け。俺はしおりを助ける。救済してやる。だから勝手に絶望して勝手に終わらせて勝手に消えようとするんじゃない。俺が関わったからには…、」




「あんたを、笑顔で成仏させてやる」




≪私を、成仏…?≫


彼女の涙が止まった。

俺の言った言葉をよく呑み込めていないようで、呆けた眼差しを向けてくる。俺の方は、深く深く溜め息をついて彼女の隣まで歩いていき、すれちがいざまに、


「判ったらさっさと此処離れるぞ。………さっきから観衆が奇異の眼で俺を見てるから」


言って、逃げるように立ち去っていった。

周りの眼が、視線が、痛い。痛々い。もうこれ以上止まっていられない。警察呼ばれるかも知れない。だから! さっさ此処離れんの!!


≪え? えええ? あ、あの、まって下さい!≫


彼女が大急ぎで後からついてくるのが判る。けれど、俺は待たずに足早に歩き続けた。待つ必要もないからだ。

彼女は俺に助けを求め、俺は彼女を助けると公言した。

だから、待つことはしない。


≪あの、えっ―と、えっと、えっと〜……すいませんでした!!≫


彼女は謝りながら、俺の後を追ってくる。



儚げもなく、


脆くもなく、


しっかりした足取りで、俺を追い掛けた。

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