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〈弐〉4

情報が足りない。

今のままでは完全に手詰まりだ。情報屋からタダ同然で情報を貰ったのに、一歩進んで二歩下がっていたら笑い話にもならない。

また取っ掛かりを探さないと、立ち止まっていても始まらない。何より、今この時に一番大変なのは、俺ではなく彼女なのだから。

そういえばその彼女はといえば、


≪……………………≫


だんまりのまま、か。

何か思い出しているのか、自分の事故現場を目前にショックを受けているのかは判らないが、今はそっとしておいた方がよさそうだ。その間に情報を集めないといけない。

俺は首を回して現場の探索をしていく。彼女に関して繋がりがありそうなもの……は、見当たらない。親族関係者が花でも供えてそうなものだけど、その痕跡もない。まさか友達いなかった………いやいや、結論を急いては駄目だ。友達は一人くらいいただろうし、今日は平日だからまだ供えにきてない可能性もある。親は……、


「…考えること自体やめにしようか。と、」


十字路を挟んだ向かい側の角に小さい商店が建っている。丁度いい、彼処で聴き込みでもしよう。


「誰か居ますかー?」


車の通りも少ないので、道路上を直進して商店に近付き、カウンター越しから誰か居ないか呼び掛けた。


………、


反応はない。

まあ、奥で何か作業をしているんだろうと当たりをつけ、待っている間に店の中を見回してみる。

店内には昔懐かしい駄菓子やら玩具、他には煙草を数種取り揃えてあった。…駄菓子と煙草って普通一緒に並べるものだろうか。こういう店には昔から入ったことが無いから、自分ではいまいち判断しづらい。児童が寄りそうな場所に成人向けの商品を置くのはなんだか子供の教育に悪そうだ。

そんな取り留めの無いことを考えて視線をカウンターの隅にやると、


「…、」


地元発行の地方新聞紙が眼に映った。日付は一週間程前、見出しは交通事故。掲載された現場の写真の絵には、“ついさっき俺が立っていた横断歩道と血まみれの電柱、ひしゃげたガードレール、そして事故を起こしたトラックと救急車と………担架で運ばれる白いワンピースの”、


「…―――ッ」


考えるより先に手が動いた。あまり急ぎ過ぎて掴んだ新聞がクシャクシャになったが、気にせず両手で広げて記事を読む。


「…」


「はいはい。ごめんなさいね、待たせちゃって」


新聞に目を通していると、奥から齢七十は優に越えていそうな老婆がゆったりした動きで現れた。が、俺は新聞から眼を離さず、適当に懐から金を出してカウンターに置いて、


「これ、買います」


「え? ちょっとアンタ、それ商品じゃ…」


「では」


挨拶もそこそこに店を離れ、十字路を斜めに横断して事故現場に戻った。新聞は畳んで後ろのジーンズと下着の間に差し込んで隠し、ずっと立ち尽くす彼女に声を掛ける。


「…――、此処から離れるぞ」


≪………ハい≫


虚ろな眼で、彼女は答えた。







十字路から進んで数十m、住宅街を抜けて表通りに出た。彼女は一人で先を歩き、俺が後ろからついていく。

彼女は沈黙したまま。

俺も黙って、何処へ向けて歩を進めているのかも把握しない彼女をひたすら追い、通行人達とすれ違う。彼女と身体が重なった人達はビックリして身を仰け反らせて戸惑い、そんなことには一切興味を向けない彼女は、


≪わたシ、死ンだんでスね≫


不意に、喋った。


「……………」


俺は何も言わず、彼女は妙に上擦った声で、


≪わタシ、死ンだんデスネ。アタし、もウ、死ンダンでスね≫


「…嗚呼、アンタは、死んでる」


周囲の人には聴こえないように答えると、彼女は、途端に狂喜じみた笑顔で、


≪死んダ≫


狂乱じみた笑顔で、


≪死んダ。シんだ、死ンダ! ふフ! アははハ破ッ! アタ死モう死ん断だ! 死ンじゃッタンダ! アはハハ! ソウですよネ葬でスヨね喪デスよね! 死んでル殻、ダれも綿しをミナ異ンでスヨネだレモあ足しを触れナいンデすよネ!? 嗚ハは端ははッッ?≫


耳障りな言葉を紡いでいく。

まるで壊れた蓄音機。

まるで踏み砕かれた楽器類。

まるで不協和音そのものの狂声に、俺は顔をしかめて、


「おい――、」


≪アッハハはハハ! なんデ、難で名ンできづカ無かったんだろう?! 唖たしもう死んデルのニ、あた為、もう此所に居無イのにッ、タ透けナンテ求めチャッテbaカみたい!! 馬鹿、馬鹿馬カばカばカバかばカ馬カバkaバカバ鹿あハハハハハハハ!≫


彼女の言葉が、彼女自身を傷つけていく。

自分が死んだことを本当に理解して、動揺して、揺らいでいる。


≪アは、誰もあたしに気づかない! ダレモ私ヲ見えナイ! 聴こエナいし、さ割れない!! 誰も、ダーレもッ!?!≫


彼女の意識が、


彼女の精神が、


彼女の全てが、







コわレテ逝く。

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