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〈弐〉3

≪情報屋は情報が命ですからねぃ。信憑性は疑わないで下さいねぃ≫


「疑いはしないけど、ま、ありがとうな」


一応感謝の意を伝えると、情報屋は満足げに頷いて歩き、途中で身体が薄れて消えてしまった。空には白く濁った煙だけが取り残され、匂いが鼻に突いた。

結局、肝心の俺の問題は解決されないままに情報屋は立ち去ってしまったけれど、まあ、彼女の方に進展があったから良しとしよう。

場所は信染橋前の交差点。

歩いて十分も掛らないだろう。早速彼女を連れて往ってみるか、と振り返ろうとして、


≪おはなし、おわりました?≫


「ウォオウッッ??!」


ビックゥ!


突然、背中に極度の冷水を浴びせられたような悪寒を覚えて跳び上がった。どうやら彼女が忍んで近付いてきただけのようだが、彼女は幽霊だ。幽霊に触ったことがある貴重な体験をしたことがある人は判ると思うが、生きている人間が生身で霊魂に触るのは、あまり気持ちのいいものではない。いやいい迷惑だ、気をつけて貰わないと。

若干鳥肌も立ってきた俺は、そう彼女に注意しようと振り向いた。そして、


≪ねこー≫


「………………」


視界全部を猫の腹で埋め尽された。

…、これって端から見たらどういう風に映るんだろう。多分俺という人間の目の前に三毛猫が空中に浮かんで楽しそうに手足をジタバタさせているような、そんな風景が見えるんだろうなあ。写真に収めたらどんなにシュールに写るだろうか。一度で良いからこの状況を他人の視点からじっくり観察したいもんだ。


≪ねこー≫


ほんの短時間、思考の荒波に揉まれた俺の耳に彼女の、何か期待したような声が聴こえてきた。

俺は無表情で応えていく。


≪ねこー≫


「猫だな」


≪ねこー≫


「猫だな」


≪ねこー≫


「可愛いな」


≪つれ≫


「駄目」


即答牽制。

彼女の声が途端、悲壮なものに代わる。猫を手前に引いて、上目遣いで、


≪……………ねこォ≫


ぐ…、泣き落としにきやがった。いけない、ここは俺の正念場だ。妥協してはいけない。そもそも今日の午後一杯ずっと、町を浮遊する猫と一緒に練り歩いてみろ。確実に変質者のレッテルが貼られる。テレビ局の報道陣呼ばれるって。見世物小屋なんてごめんだ。


「…戻してきなさい」


≪……………≫


自制を総動員させてそう指示すると、彼女は渋々、泣きそうな眼で、恨みがましい眼で俺を見ながら、猫を砂場に戻しにいった。


……俺は間違ってないぞ。


≪……………≫


しょぼくれた顔で彼女が戻ってきた。この世で唯一信じていたものにたった今裏切られました、的な眼で俺を睨んでくる。

小声で、


≪あなたにひとのちはかよってないんですか…≫


≪あなたにひとのじょうはないんですか…≫


と囁いてくる。


俺、間違ってない………よな?


段々自分に自信が無くなってきた。うん、とにかく話題を変えようそうしよう。

ぶつぶつ呪怨を呟く(幽霊だけに洒落にならない)彼女を連れて公園を出た俺は、今から自分達が向かう先が何処かを話して聞かせてみた。自分が死んだ場所を話すだけで記憶を思い出すこともあるから一応試してみたのだが、


≪しんぜんばし……? おぼえ、ないです………≫


そう都合良くはいかなかった。現地に赴いてみないと判らないかもしれない。…赴いても判らないかもしれない。その時はその時でまた考えるか。








午後1:05。

閑静な住宅街を通り抜け、歩くこと三十分。情報屋が言っていた、小川の上に架けられた古びた石橋に到着した。橋の向こう側には十字路が見え、俺と彼女は橋を渡って近付いてみる。


≪………………≫


「此処……だな」


彼女は無言で、俺は『現場』を確認した。

十字路を橋側から見て右方の道路の横断歩道。




未だ血溜まりが残されていた。


手前には大型自動車のブレーキのタイヤ痕。


近くのガードレールにも血が飛散し、形状は跡形も無い。


―――誰がどう見ても、完膚無きまでに『事故現場』だった。疑う余地すら無く、疑う意義すら見い出せない。

『殺害現場』では無く、『事故現場』。

つまり、悪意をもって殺された訳では無く、不慮の事故で殺された。


彼女は確かにこの場所で死んだ。けれど、“殺されてはいなかった”、ということだ。




「……………」


おかしい。

彼女は救いを求めて自分のところへきたのに、死亡状況は事故だった? ならば、彼女は一体何から逃げ、救済を望んだんだろうか。それとも救いを求めたのは記憶を失ったことの方なのか。いや、違う。断言する。それなら彼女は救いを求める、その感情すら忘れてさ迷う筈だ。一般大抵に知られる浮遊霊と同じように、何もかも忘却されてこの世を徘徊する筈だ。

そうじゃない。

彼女は俺に助けを求めた。

求めたからには理由がある。




彼女の魂に恐怖の二文字を刻み込んだ、何かが。

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