〈弐〉1 昼の捜索
近所の公園。
昼前で人の出入りもほとんどいないこの時分、遊具の一つ、ドーム型のアスレチックの頂点に怪しげな男が座っている。南米辺りで見掛けそうな奇抜な服を装い、黒いドレッドヘアーに黒いサングラス、左手に古風な煙菅を持ってプカプカ吸っている姿は、果てしなくお近づきになりたくない。もしかすると人通りが少ないのは、この男が居るせいなのかも知れない。
最近、不審者多いからね。
≪不審者とはこれまた、酷い言い様ですねぇ≫
ドレッドが話し掛けてきた。こんな場面を他人に見られたら俺も変態の仲間入りだな、と軽く皮肉り、俺は彼女と一緒に男の元へ歩み寄った。
≪久しぶりですねぇ、お憑かれさん。今日は来るんじゃないかと思ってたんですよぅ≫
「……お前といい、天邪鬼といい、人に変なあだ名をつけるなよ」
呆れる俺に、ドレッドはニタニタ笑いながら話す。
≪ウフフ、良いじゃないですかぁ。お憑かれさんと俺の仲なんですからねぃ≫
「そうかよ」
語尾を伸ばした喋り方をするドレッド―――情報屋は、サングラス越しに俺と、俺の後ろにいる彼女を見下ろす。彼女はビクリと驚いて、怯えて俺の背中に身を隠した。
肩越しから霞んだ声で聞かれる。
≪あのひと、わたし、みえてる? あのひと、わたしが、みえる?≫
「あいつも死んでるからな」
≪ウフフゥ。貴女より先輩さんってことですよぉ≫
ニィ、と口の端を攣り上げる情報屋。
さらに怯えて隠れ直す彼女。
…無駄に怖がらせるなよ。
「まあ良い。ところで俺の用事を済ませたいんだけど?」
言って、煙菅を吸っている最中の情報屋を見据える。それ以上の言葉は言わず、情報屋の返答を待つ。
情報屋は、煙を吐いて不敵に笑って、
≪ええ。どうして後ろの彼女がお憑かれさんの処へ来たのか、ですよねぃ。存じてますとも、情報屋ですのでぇ≫
的確に自分の聞きたい事を言い当てた。
余分な説明など不要ないとでも言いたげに。
速入速達。故の、情報屋。
だからこそ、俺は此処に来た。
「そう、それを知りたい。何者かに殺された可能性のある彼女が、記憶を失い、何処にいく宛てもない彼女が、どうして俺のところへ来たのか。―――裏で誰が糸を操っているのか、お前なら知っているだろ?」
≪ええ、ええ、知ってます知ってますとも。何せ情報屋ですからねぃ≫
情報屋は何度も何度も頷く。煙菅を口の端にくわえ、不敵な笑みを携えたまま、ゆったりと答えた。
≪―――でも、教えません≫
「…教えない? どうしてだ」
予想外の言葉に、俺はもう一度聞く。後ろに隠れる彼女も困惑して成り行きを見守っている。
情報屋は静かに一服して、俺を一瞥した。
≪俺はねぇ、お憑かれさん。俺の生業にそこそこ誇りを持っているんですよ≫
煙菅をまた口に運んで吸い、火皿に詰められた煙草が燃え盛る。
≪俺の生業は、俺だけが知りえる情報を第三者に売り渡すことです。決して、≫
煙菅を口から外し、フゥーッと白い息を吐いて、
≪既に知りえた情報が正しいかどうかの確認をする為の、都合の良い道具じゃぁ、無いんです≫
刹那、
情報屋は俺の目の前に立っていた。
ヒッ、と彼女が小さく叫び、俺は表情を変えずに長身の情報屋を見上げる。情報屋は見下ろす形で、けれどすぐに前屈みで自分の顔を近づけ、視線を俺に合わせて、低く、低く、唸った。
≪…あんまり侮辱すると、“欠き消しますよ”?≫
「今日は随分と苛立ってるんだな」
俺はいつも通り、平常心を損なわない。ただ冷徹な眼で情報屋を注視して、一言だけ聞いた。
「殺り合うか?」
≪…………………ップフ!≫
吹き出された。ちょっとショック。
次には豪快なまでの大笑いを始めてしまって手がつけられない。俺は大仰に溜め息を吐いて、後ろでガタガタ震えてっぱなしだった彼女は状況をイマイチ理解出来ていなかった。
笑いながら、情報屋は腹を抱えて彼女に謝った。
≪いやいやどーもすいませんねぃ! 人をからかうのが俺の趣味でして。いやぁ怖がらせちゃいました? アッハッハ!≫
反省の色が皆無なのは気のせいだろうかいや気のせいではないだろてか反省してないよ実際。
≪大体お憑かれさん、殺り合うかって言いましたけれど、俺もう死んでますってぇ! 人間そんな何度も死ねませんよぅ? 例え死ねたとしても、俺は他殺志願なんてしませんしねぃ。≫
まだ笑い続けるグラサンドレッドは、今度はあぐらをかいたままの状態で宙をクルクル飛び回り始める。さすが幽霊、空中浮遊もお手のものだなぁホント二度殺せないのが悔まれた。
っと、死んだナマコのような眼(ナマコに眼があったかどうかは知らん)で情報屋を追い掛けていると、情報屋の身体が微妙な角度でピタッと止まり、意地の悪い笑みを張り付けたままで俺を眺めてきた。
ニタニタと、笑いながら。
≪まあ、でも、情報は先程申し上げた通り教えませんので、あしからずぅ≫
………教えろよ。




