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〈壱〉2

「…誰だ?」


平日の十時頃の学生宅に来る馬鹿は誰だろうセールスマンか? と平日の十時頃に自宅で己の人生について悩む学生その一は、面倒臭いから居留守を決め込むことにする。

また呼び鈴が鳴る。

無視。

まだ寝足りないしベッドに戻るかな。寝る子は育つもんだ。と成長期をとっくに過ぎている癖に若振る俺は、そろそろと台所から移動を始めて、


扉が叩かれた。

それも激しく連続で。

何だ何だポルターガイスト現象じゃないんだから、と茶化そうと試みたけれど、さすがに何度も自分の部屋の扉を強打されるとたまったもんじゃない。このアパートは古いんだ。壊されては困る。

仕方なく、応えることにした。


「あー、ハイハイ。ちょっと待ってろよ。今出るから」


しかし居留守かも知れないのに扉を叩くって非常識な奴だな。会わない方が良さそうな気がしてきた。でももう返事した後だし――――、




ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンッ。




「――――ッ!?」


出ると言ったのにまだ叩いてやがる。しかもガトリングばりの速度と威力に変えて。扉がギシギシ軋む音が鮮明に聴こえてきて焦った。


「ッだから! 今出るって言ってんだろうが?!」


迷惑千万極まりないノックを止める為に急いで玄関に向かう。

本当に誰だ、こいつは。セールスマンじゃないよな、荒っぽいし新聞屋の勧誘か?

古ぼけた木製の扉を開けた。

ノックの音が止む。

さて、人の家の扉を壊そうとする不届き者は何処のどいつだコノヤローと戸口の前の通路スペースを一望して、







≪………………≫







白いワンピースを着た女の子が立っていた。

それも、うん、まあ、何というか、ちょっと童顔風な顔が、ねえ、そんな感じでね、可愛いいかもしれない女の子が、玄関先に立っていた訳だけれど。

俺としてはゴツくて筋肉質な大男か、はたまたチャラチャラしたホスト風な元ヤン野郎の姿を想像していたので少し面食らった。さっきまでのガトリングノックはこの娘がしていたのだろうか? とてもそうには見えないが…。

っと、困惑した様子で立ち尽す俺に、同じく立ち尽していた少女(多分)が口を開く。おお、この謎だらけな状況を説明してくれるのか。ありがたいな、さあ聴こうじゃないか。一体これは―――、







≪たすけてください≫







……謎が迷宮入りしたような感覚に陥った。






◇ ◆ ◇ ◆ ◇







≪わたしは、シんでしまったのに≫







「…………」


あれから数分。

彼女を一先ず部屋の方に上げ(その際、彼女はベッドを見て


≪これ、むだじゃない?≫


「………」


≪これ、むだじゃない?≫


「………」


≪これ≫


「無駄だよ無駄ですよいちいち突っ込むな!」


という会話があったが無かったことにして)話を聴いてみたが、聴き終えて自分が抱いた感想は、


…ああ、やっぱり死んでいたんだな


というものだった。

死人。

幽霊。

自縛霊とも浮遊霊とも称される、不明確な存在。つまりは霊魂。

霊魂にしてはやけに身体がしっかりしているから、気付くのにやたら時間が掛ってしまった。まるで生きているのと遜色ない程に。

仕方ないことではあるけれど。

何故なら、普通なら霊を視る場合は霊感がなければならないが(いや一応自分にも霊感はあるが)、俺の場合はただ眼の能力だけで“視”ている状態で、その能力は“視え過ぎる”欠点を持ってしまっているからだ。




視え過ぎる欠点。




見てはいけないものまで、“視”てしまう、欠点。




≪どうしたの?≫


「あー、いや……」


黙ったままの俺を不思議そうに彼女が見つめてきて、眼をそらす。自分の考えに没頭するのは悪い癖だ。自重しなければ。


「…で? つまりあんたは、死ぬ前の記憶を何も覚えてないと」


≪どうしたの?≫


「…いや、だから」


≪どうしたの?≫


「……言葉を三回言うことに何かアイデンティティでも持ってんのかあんたは」


…予想はしていたが、やはり話が噛み合わない。不毛なやりとりが続いてしまう。まあ、予想は出来ていた訳だから対処の仕様はあるが。

さて、考えよう。

これまでの彼女の言動を顧みるに、彼女は死んだ際の記憶を無くし、それ以前、生前の記憶すら忘れているようだ。

記憶障害。

加えて、この独特な喋り方からして、人格にも死亡による弊害が現れているらしい。厄介だ。

しかし、厄介なのはそれだけではない。

人間は、死ぬ直前に何らかの未練を残していると成仏することなくこの世を徘徊する霊となる。が、もう一つ、別の理由でこの世に留まる例外がある。

それは死の原因、自身を殺した要因が“尋常ではない衝撃的な事柄”であること。


生前の記憶を無くし、人格をも歪めてしまう程の、衝撃。


彼女は出会って一番、助けを求めた。


助けを求めなければならない、死に方をした。







失われた記憶の中で唯一、助けを求める己れの感情だけを、覚えていたのだ。

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