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〈伍〉2

「なあ、天邪鬼」


夏を思わせない肌寒い風がそよいだ。

俺は冷たくなり始めた手を服の中に差し入れて、ガードレールを見ながら、天邪鬼を呼ぶ。


「ヒハ? 何々なんなんだに〜…」




「―――いや、亞木」




俺は、




「ヒ………」




「亞木姜示」




天邪鬼の本当の名を呼ぶ。


亞木、姜示。


かつて『神童』と呼ばれた、男の名を。




「ハ………」




亞木は顔を歪めたまま、俺の言葉をゆっくり咀嚼して。




「ハ……」




自分の名を、理解する。




「………“はは”」




自身を、取り戻す。




「……“ははは! 珍しいなあ、憑物が僕の名前を呼ぶなんて。何かあったのかい?”」




何処も狂わず、何処も壊れていない、正常な言葉を話す。







俺が“壊す”以前の、『亞木姜示』になる。







「………亞木。お前さ、俺のことをどう思ってる?」


俺は不意に問い掛ける。決まりきった答えを聞く為に。

何度となく視通した答えを、聞く為に。


「うん? …そうだなぁ、少なくとも恋愛対象でないことは確かかな!」


「俺は意地が悪いか?」


亞木の言葉を無視して、俺は問い掛ける。


「意地が悪いかって? 僕が見た感じ、そうは見えないけど。でもさ、憑物って自分の好みの女の子には結構…」


「俺は優しいか?」


「…うーん? まあ………優しいんじゃないかな? 僕には優しくないけどね♪」


「俺はずるいか?」


「う? うーむむむ…、ずるくない人間をこの世から捜し出す方が難しいよ」


「俺は嘘吐きか?」


「嘘吐いてない憑物は見たことがない」


「俺は演技が上手いか?」


「オスカー賞くらいはざらだよ」







「俺は、道化師か?」







「道化師?」


言葉に、亞木は数瞬怪訝そうな顔で俺を見る。そして次には、正常の範囲内での高笑いをして、ヒーヒー息継ぎしながら答えた。


「誰に言われたか知らないけど、それは全くの的外れだね。憑物は憑物で憑物であり、」










「『道化師』なんて言葉は最も似合わないよ」










◇ ◆ ◇ ◆ ◇







亞木はその後、また『天邪鬼』に戻って帰っていった。

ヒハハハ、と笑いながら。

狂った声で、笑いながら。

壊れた声で、笑いながら。


「………」


俺は一人交差点に残って、天邪鬼が踏み潰していった百合の残骸を見下ろしていた。




―――彼女は俺に言った。貴方は意地悪だと。

けどそれは俺には当てはまらない。俺は至極真っ当なことしかしていないんだから、むしろ意地は善い方だろう。




百合の花は、茎も花弁も細々に千切れて、予想した通りに原形を留めていない。アスファルトを砕いて伸びた雑草が、逆に逞しく、美しく見える。




―――彼女は俺に言った。貴方は優しいと。

これもまた見当違いの例えだ。俺はそうしなければいけなかったから彼女を助けた。他意なんてものは初めから持ち合わせていない。




天邪鬼も酷いことをする。

これを買うのに俺がどれだけの金を出したと思っているのか。…て、実際は別に千円越えるか越えないか程度の値段だったけど。




―――彼女は俺に言った。貴方はずるくて嘘吐きだと。

何がずるいのかすら俺には判らない。嘘を言った覚えもなければ、彼女に何か悪どいことをした訳でもないんだから。




そこまでぼやぼや考えて、俺は何を考えているのかと頭を振る。金なんて実家から腐る程送られてくるんだ。惜しむ必要なんてない。




―――彼女は言った。貴方は演技上手な『道化師』だと。

それは違うだろ。亞木の言う通り、全くの的外れだ。俺は誰かを真似た訳でも、誰かに見せる為に踊った訳でもないし、道化師のように周りを喜ばせられる芸も持ってない。持っていたとしても披露なんてしない。人目に恐怖する俺が、どうして舞台に立てるっていうんだ。

彼女の俺に対する感想は、全て的外れだ。




さて、と俺は頭を上げた。もう夜も遅くなる。早く寝て、明日こそ学校に行かなければ。学校へ行って、勉学に励んで、しっかり卒業して、そして就職して立派な大人に、




―――立派な大人?




…全て的外れ?




―――おいおい、一体何を言ってるんだ俺は。




…おい。一体何を言ってる、自分。




―――こんな糞っ垂れた世の中でどうやって立派な大人になるっていうんだ。いやそもそも、何故就職する? 何故卒業する? 何故勉学に励む? そんなことして何になる?




…彼女の言葉は全て的を射ているじゃないか。意地の悪さでは他を抜くぐらいだし、道端に猫が捨てられていれば必ず拾うぐらい優しいし、しょっちゅう嘘を吐いてはずるいことをして周囲を困らせているじゃないか。




―――視る眼を持つ俺に選べない進路は無い。けれど、選ぶ程に価値のある進路が前提として無いんだから、就職になんてつく意味がない。いや、いやいやいや、そうじゃない。そうじゃないんだ。先ずハッキリさせておかないといけないのは、俺は立派な大人になんてなれる筈がない。いやなれない。

何故なら俺は、




…そうだ、彼女は何時だって正しいことを言っていた。見当違いの的違いな発言は一度だって発していない。自分に対してだってあんなに親しくしていたんだから、嘘を吐くとも思えない。だからあれは真実だ。現実だ。確然たる真の例えだ。彼女の例えた通り、自分は意地悪で優しくてずるくて嘘吐きで演技上手な、




―――俺は、




…自分は、




――…“僕”は、




―………“己れ”は、




―――――“我”は、




―――…“私”は










―――…『道化師』なのだから。










―――…嗚呼、

ようやく定まった。

全く、私は一体何を論じているんだろう。

私は俺で、俺は自分で、自分は僕で、僕は己れで、己れは我で、我は即ち『私』で。

私が私で私であり私なのだ。

それ以外には有り得ないのだ。

だからこその『道化師』なのだ。




「―――…ハハハ。クハハハハッ」




嗚呼―――、


また愉しくなってきた。


愉快だ。


愉悦だ。


悦楽だ。


彼女が私に届けてくれた言葉の数々が、バラバラだったジグソーパズルが一つ一つと言わず、一度に数枚ずつケースにはまっていくような感覚。


彼女が抱いた私の印象は、すべからく事実だ。それが私にとっての事実なのだ。


だから私は意地悪だし、優しいし、ずるいし、嘘吐きだし、演技上手だし、それ故の『道化師』なのだ。







―――嗚呼、




――……でも、




―………でも、ねぇ。




……………一つだけ、




――――……完っっっ璧にねぇ。




―――……的外れなことがねぇ。




…………あるんだ。




…………あるんだよ。




………あるのです。




……それはねぇ。







憑物はうっすらと笑って、右足を一歩だけ踏み出した。




天空に輝く星々の洗礼を受けながら、大いなる大地にその一歩を踏み出す。




彼女にとても感謝しながら。




自身の真実に気付かせてくれたことに、大いに感謝しながら。



一つだけ、見当外れに例えたことだけを悔やみながら。



悔やみ、罵り、蔑みながら、




「―――…しおり。私は、私は、私はね? もう壊れているんだよ? 私に壊れないでって頼んでいたけれど、だけれどね、」




「亞木を“壊す”よりもっと前に、自分で自分を“壊した”私に、“壊れないで”って言うのはかなり無茶な相談だよ? 無茶苦茶だよ。どうしてそういうことを言うのさ」




「私は、」




「私は、」




「私は、」




「わタしハ、」










グシャリ、と。




どんな形だったのかも判らない、白くて立派で逞しくて美しかった、『誰か』に捧げるつもりだった笹百合の花を、




清々しい気持ちで、




軽やかな気分で、





晴れ晴れとした調子で、




…踏み消して、










―――…わたしは、もうコワレているのに。

第一部『視る眼を、貸します』終了です。


修正も、終了です。


誤字脱字は勿論、気に入らない表現は消して、間違ってるけど気に入った表現はそのままにしました。


〈あとがき〉は削除、代わりに登場人物表を追加しておきます。


では、次に第二部『視る眼を、瞑ります』ですが、現在〈弐〉まで書いているところまで、これも加筆修正します。


出来れば修正が終わるまで読むのを控えて欲しいです。今の第二部はダークを超えてカオスになっているので。


危ない表現なんかもあらかた消します。〈壱〉が長すぎるので短くします。


また相当時間掛かるかと思いますが、修正が終わり次第続きを書きますので、なにとぞお願いします。




〈あとがき〉は最終第三部でまとめて書きます。


以上、ここまで読み進めて下さり、ありがとうございました。

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