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〈肆〉5

≪ヴバア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛!!!≫


身体が急速に引っ張られて空に飛ばされ、恐ろしい速度で地面に叩きつけられた。


「……ッッッ」


息つく暇もなく、今度は地面を引き摺られながら高台の方に放られ、何度も転がった後に古びた木製の階段に背中を強打して止まる。

予想だにしていなかった出来事に頭が追いつかない。

ふらつく思考のままに全身を見ると、土や草で擦り切れてあちこちに血が滲んでいる。腕や足には打撲の痣が浮かび上がってズキズキ痛む。

重ねて、身体全体を複数の人間に同時に殴られるような感覚が襲った。

大量の悪霊が癒着して出来た数十の拳が、容赦なく身体を殴打してくる。


「ゴッ!……ギィッ!?……カ……!!?」


悲鳴すら満足に上げられない。

上から来る殺意の重量が絶え間なく降り注いで逃げようにも逃げられない。

その衝撃に背中の階段も耐えられずに砕け割れ、一瞬意識が飛んだ。

次に意識が戻ったのは、腰に鈍器で殴られたような痛みを感じた時だ。後ろを見るとコンクリートで舗装された崖があって、自分がしがみついているのは高台の欄干。悪霊に身体を持ち上げられ、崖の外に投げ飛ばされたらしい。済んでのところで欄干にぶつかって、落下は免れたようだが。

思考がぼやけながらも激痛で気を失うことが出来ない俺は、俺は欄干に右腕を掛けて立ち上がり、次に悪霊が来るのを避けようと身構えた。避けられるかどうかは別として、もうこれ以上のダメージは受けたくない。いや、受けられない。

注意深く辺りを警戒して、だが、何故か悪霊が襲い来る気配は消えた。聴こえるのは悪霊の荒々しい息づかいだけで、悪霊が腕を振るう度に起きた風も吹かない。かなり疲弊しきって動けないでいるようだ。俺を攻撃している最中にも地獄を視せられていたから、ようやく限界が来たのかも知れない。

俺はハッと緊張を解いて、


「…何だよ……もう、終わり…か?」


そんな余裕も無いのに軽口を叩く。

死に物狂いで俺を攻撃して、苦しみから免れたくて俺を殺そうとして、もがき抜いた末に致命傷すら与えられないのか。

呆れた。

やるからにはちゃんと殺って欲しいもんだ。おざなりで中途半端が一番面倒だというのに、また無駄な時間を消費し、




≪……ダ、≫




≪………ゲ、デ…≫




「…」


悪霊が喋った。

多分、初めて人が理解出来るような、まともな言語を。

その言葉は上手く聞き取れなかったが、悪霊はもう一度同じ言葉を、










≪ダ……ズ…ゲ………デ≫










助けて、と言った。




…助けて?




……助け???




………悪霊の、




………人を楽殺してきた悪霊の、










…………“お前が、助けて?”










「………………クッ」







バキッ。







≪ギア゛ッ!??≫







“今、視せている地獄の回数を毎分から毎秒に切り換えた”。


分刻みに与えていた地獄の責め苦を、一秒一秒毎に与え始めた。


悪霊はのた打つような音を辺りに響かせながら、また声にならない最低な叫び声を上げる。


その叫びを聴いた俺は、




俺は、










「クハハッ」










笑った。




凄く可笑しくて、笑った。




悪霊がただ助けを求めただけなのに、




たったそれだけなのに、




アレ、何だろう? 何だかとっても面白いぞ?




何だかとっても、










愉壊だ。









「アッッハハハハハハハハハハハハハハッ!! アハッ、クハハハハ!!!」




俺は笑う。


悪霊が赦しを請うた事に対して、脳内回路がグチャミソに吹っ飛ぶぐらいの面白さを感じて。


悪霊が。


悪霊が。


悪に染まりきった死霊が。


助けて?


助けて?


助けて下さい?




「クハッ! 馬ッッッッッッッ鹿じゃねぇの??! どの面下げて助けなんて呼んでんだタァァコォ!! 散々散々散々々他人を喰い物にしてきたテメェ等が! “その程度”の痛みで! 苦しみで!! 絶望で!? 弱音吐くのか!! ァア!??」




人を人とも捉えなかった鬼畜共が。


自分達ですらも人であることを棄てた奴等が。


悪霊に身を堕として尚『人間』の形を保とうとして。


挙げ句、感情すらも『人間』臭さを棄てられないのか。







笑った。


笑った。


笑うしかなかった。


最上に最下な笑い話だ。


こんなに最良で最悪な気分はまたとない。


素晴らしく最ッ高につまらなくて最ッ低に愉しくて腹の底が捩れて千切れそう。


馬鹿みたいだ。


阿呆みたいだ。


どうしようもない愚図だ。


でもそんな悪霊がとっても愛しくてとっても可愛くてとっても憎らしくてとっても可哀くてとっても羨ましくてとっても悔しくてどーでも良くて蔑みたくて殺したくて壊したくて壊したくてコワシたくて。




もう、駄目だ。


限界だ。


堪えられない。


開放したい。


崩壊したい。


この世界中からより集めた屑の称号を得るにも満たないゴミを、俺の全精力を尽くして破壊したい。




心ゆくまでとことんブチ壊したい。







「ヒャハハハハハハハハハ! ゲヒャハハハハハハ!! ゲラ、ゲラゲラゲラゲラゲラッ!! ガヒヒハハハハハハハハハハハハッッ!!!」




≪ヴヴゥ゛ヴ? ゥ゛ヴヴヴヴゥ゛ヴヴヴヴヴ??!≫




地獄を更に苛酷で残虐なものへ切り換える。


公園の隅々にまで自分の哄笑と悪霊の狂声が鳴り渡り、


俺の声で驚いた蝉がまた鳴き始めて酷く音痴な三重奏を奏でる。


その調べが刺激的で恍惚的で快感的で果てそうな高揚感を誘って。


感極まって思わず大爆笑してしまう。




「キヒヒヒヒァーーーーーッッッハハハハハハハハハハハハ!!! ギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラッ!!!」




≪ガァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァギ!? ッギ、キィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ビェ゛バダャ゛マ゛ザヤ゛ダナ゛ヤ゛ベダェ゛ジオ゛バグョ゛デゴア゛ゲァ゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛!??!?≫







嗚呼ァ………、







愉しいなぁ………、







誰かを、コワすのは………、







≪ア゛ァ゛……ガァ゛バァ゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛…………≫







心地好い気分だ………、







悪霊の魂が喰い潰されていくのが手に取るように判る………、







今なら悪霊が、何故周りを傷つけそれを生き甲斐にしていたのかを理解出来る………、







自分の感情に任せて………、







欲に忠実に………、







奔放に他人をなぶる………、







これを快楽としないで何と表現するんだ………、







≪ァ゛…………ァ゛ァ゛ア゛ァ゛…………、≫







壊れろ………、







≪ヴゥ゛ゥ゛ゥ゛………ヴグ!?≫







壊れろ………。







≪ァ゛ア……≫







もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと………ッ!







≪ゥ゛ァァァァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!≫







もっと、壊れ………、










オレガ、壊レ………、










≪駄目ですよ、壊れちゃ≫










誰かの声が聴こえた。


光が顔を照らす。


欄干に掴まっていた俺は右を向いて、雲に隠れて地平線に沈みかけていた太陽が姿を現しているのを見る。辺りの暗さに眼が慣れていたから、紅い陽の光が眩しくて涙が滲む。


世界がまた紅く染まった。


悪霊の声は聴こえなくなって、“視る眼”も戻ってきている。


俺はふらつく足取りで高台の中を歩いて。


居ないと確信しているのにも関わらず、“誰か”を捜す。


高台を一通り見回して、身体の痛みと気だるさに襲われて手摺に掴まり前に屈むと。


左の胸ポケットに入れていた、悪霊に殴られたことで少しひしゃげてしまっている百合の花が眼に止まって。


なんとはなしに、それを手に取って眼前に近づけた。


後ろから、










≪約束、約束約束、しましたよね? 笑顔で成仏するって。でも、私だけ笑顔でっていうのは、ちょっとズルいですよ?≫










“誰か”の声が、また聴こえた。




今日の朝に出逢って、




昼に一緒に歩き回って、




夕方、ついさっき別れた筈の“誰か”の声が、










≪貴方も、笑って下さい。壊れないで下さい。笑って、笑って、とにかく笑って、そんな壊れた顔で笑わないで、素敵な、素敵な素敵な笑顔で見送って下さい。笑顔で、見届けて下さい。≫










優しげに、




抱くように、



慈しむように、




俺に、感謝するように、










≪―――さようなら。さようなら、……さよなら! とっても意地悪で、とっても優しくて、とってもずるくて、とっても嘘吐きな………、≫










≪―――とっても演技上手な、『道化師』さん≫










別れの挨拶を、告げられた。

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