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〈参〉5

私は、今までずっと独りだった。


お父さんは突然の病気で死んで、お母さんは仕事尽くしで家に居なくて、


友達と呼べる友達なんて一人もいなくて、


世界で唯一人だけ、私は孤独なんだと思っていた。


誰も私を理解してくれないから、


誰も私を見てくれないから、


だから、私はずっとずっとずっと、独りぼっちなんだと、思い続けたんだ。


けど、


けど、


けれど、


私は、本当は独りなんかじゃなかったのかも知れない。


誰も私を理解してくれないのは、私が誰も理解しようとしなかったから。


誰も私を見てくれないのは、私が誰とも眼を合わせようとしなかったから。


誰からも理解されないで、誰からも見てもらえない。そんな、惨めで哀れで無様で可哀想な、悲劇のヒロインを演じていたかったから。




彼は知っていたんだ。


私の本当の姿を。


生まれついての境遇も、周りに対する心境も私と似通っていた彼は、私の演技に騙されることはなかった。


彼と私は同じ。


同じだから、止めたんだ。


その生き方が絶対的に間違っているから。


悲劇を演じることで、心地の良い世界へ逃避出来るこの生き方は、絶大的に間違っているから。


だから彼は、自分のトラウマを呼び起こしてまで、私に伝えたんだから。




独りになるのをやめる。


私が今まで一番望んで、一番拒み続けてきた、願い。


口にするのは簡単だけど、実際にそうするには、勇気なんて浅ましい言葉では誤魔化せないくらい、恐い。


向き合ってしまったら、きっと元には戻れない。


あの居心地の良い、誰にも侵される心配のない、殻の中には。


けれど、


けれど、


けれど、ね?


殻に閉じ籠ったままでいたら、そっちの方が、後で絶対に後悔する。


彼に改めて突きつけられた以上、殻を破らない限り、彼との関係は終わってしまうから。


過去の傷を開いてまで接した彼に報いるには、相応の代償を払わないといけないから。


だから、










彼に謝らないといけないな。


彼に謝って、その後、家に帰ってお母さんにも謝ろう。


もう被害者ぶるのをやめて、


もう拒むのをやめて、


孤独のままに生きるのを、やめよう。


今まで偽ってきたこと全てを清算して、独りであるのをやめて、


それから、


それから、


それから、彼にもう一度、言おうかな。


街を見下ろす高台で、


夕暮れの暁に染まりながら紡いだ、


あの言葉を。










………………。




………………、




………………?




………………アレ?




どこでまちがえたのかな?




ずっとてつやしておきてたからねぼうして、




かれはもういなくて、かきおきとわたしのちょうしょくだけをのこしてばいとにでてて、




とけいをみたらおひるのさんじをすぎてて、




あさ、おきたらかれにあやまろうとかんがえていたけど、しかたないから、いえにかえることにして、




かれとわたしのじたくをつなぐ、とちゅうにあるこうさてんのまえのいしばしにきたところで、




とても、とってもいやなかんじがして、さきのこうさてんにいったらだめだと、かんかくがつげて、




ひきかえして、とおまわりになるみちをえらぼうとしたところで、じゅうじろのこうさてんのむこうに、かれのすがたをみつけて、




いっしゅんで、たったいまさっきかんじたものをわすれて、かれのいるほうへかけだして、




はしって、




はしって、




はしって、




はしりつづけて、




ほどうのしんごうきがあおにかわったところで、かれもわたしのほうにきづいて、




かれは、はしるわたしをみておどろいたかおをして、




わたしは、はやくかれのもとへいきたくて、




かれのそばまでいって、




かれのからだにふれたくて、





かれのそんざいをたしかめたくて、




かれに、あやまりたくて、




あやまって、そしていいたくて、




となりからくる、おおきなおおきなとらっくに、キヅカナクテ。










めをあけたら、かたいあすふぁるとがいちめんにひろがっていた。




あたまのおくでなにかがなって、ぼーっとして、けだるくて、うごけなくて。




かろうじてくびをまわせたから、じめんにほほをがりがりひっかけながらよこをむくと、




くしゃくしゃになった、たぶんじぶんのうでらしいかたまりがしかいにはいって、




そのうしろで、だれかがすごくとりみだしたかおではしってくるのがみえて、




…ああ、アレはきっとかれだ。かれがわたしのいるこのばしょまではしってきてるんだ。




ごめんね。わたしからいかなきゃいけないのに、あなたにこうやってきてもらって。




ちからづよくだきしめてくれて、ひっしでわたしをしんぱいしてくれて。




でも。




でも。




でも、ね。




せっかくきてくれてなんだけど、ちょっとむりかな?




あなたにあってあやまりたかったのに。




あなたにあやまって、いいたかったのに。




けっきょく、いえずじまいでおわっちゃうのか。




あは…、あなたのいったとおりだね。いまわたし、すごくこうかいしてるよ。




こんなことになるなら、もっとはやくあやまればよかった。




こんなことになるなら、もっとはやくきづけばよかった。




こんなことになるなら、もっとはやく、みとめればよかった。




こんなことに、なる、なら。




こんな、




こんな、




こん、な。




コんナ?










コんナ、ミジめデあワレデぶざマデ可哀ソウな、みっトモなイ死骸ヲ晒スコトニナルナラ。






◇ ◆ ◇ ◆ ◇







午後5:20。

昼に訪れた商店街は、人混みに溢れていた。夕食の献立の食材を買いに来た奥様方は勿論、下校途中の学生や独身貴族のサラリーマン等の姿もチラホラ見え、その雑多な通りの一角に立つ俺は、膝を抱えて座り込み、憔悴している少女を見下ろしていた。

彼女が背にして座っている場所は、昼間に立ち寄った生花店のシャッターの前。この時間にしては少し珍しく、既に閉店している。当然、従業員も全員帰っているだろう。だから彼女も、こうして落ち込んでいる訳だが、


≪………………≫


「………大丈夫か?」


なんとはなしに、聞いてみた。

聞くだけ野暮なだけと判ってはいたけど、他に言葉も見つからなかったし、一先ず切り口が欲しかったから、そう声を掛けた。

彼女は、俺の声に肩を震わせて見上げる。

か細い声で、答える。


≪………酷い、女ですね、私。自分の母親、思い出すより、彼氏の方を、思い出す、なんて≫


「仕方ないだろ。お前が死ぬ間際に強く抱いていた感情が、死んだことで洗練されて、魂に刻みこまれたんだから」


しおりがこの世でやり残したこと、やり遂げなければならないこと。

母親への感情より、彼氏への感情の方が勝った。それだけのこと。


≪…ええ。優先順位の問題、ですね≫


「そう。未練っていうのは、自分にとって最も優先しなければならないものだけが残るんだ。だからな、別にしおりが酷いとか薄情とか残酷とか冷酷とか天然とか一言多かったりとか的を射すぎとかは、まあ全然関係ないんだよ」


≪本音も混じってますね≫


「混ぜたんだよ」


≪………フフッ≫


クスクス、と彼女は小さく笑った。多少は暗い気分が拭えたようで、笑いながら、


≪ありがとうございます、励ましてくれて≫


「礼は成仏する時に取っとけよ。勿体無い」


≪そうですね。でも……、≫


笑いが、またすぐに翳って、


≪…どうやったら、成仏出来ます?≫


俯いて、彼女は問い掛けた。


≪だって、私、死んじゃってるんですよ?≫


俺にしか聴こえない声を発して、


≪どうやって彼に、伝えればいいんですか?≫


どうしようもない問題を前にして、


≪これじゃ何にも、出来ないじゃないですか≫


どうしようもない現実を前にして、


≪これじゃ、笑顔で成仏なんて、出来っこない……≫


また、閉じ籠って独りになろうとする。


「………ハァァ」


俺は、長く溜め息を吐いた。

いい加減、本当の本当に、寧ろ笑いが込み上げてきそうな彼女の態度に、まあ殆ど慣れたから良いんだけど、それでも一応、諭すように、その名を呼ぶ。


「…なあ、しおり。いい加減、弱音を吐くのはやめろよ」



≪え…、≫


彼女はまた顔を上げて、俺は意地悪く笑って続ける。


「吐くんなら、今自分が一番したいことを吐け。愚痴聴くよりわがまま聴いてた方がまだマシだ」


≪わがまま……、≫


「そう、わがまま。んじゃあ、聞こうか。しおりは今、どうしたい?」


≪え………?≫


言葉の意味が通じきれず、彼女は聞き返す。閉められた生花店の前で、通りを無数の人の群れが行き交う隅に立って、俺はもう一度、問う。


「しおりは死んでから、街中歩き回って記憶を探して、それで過去を取り戻した。なら、次は何を望む?」


後悔するより、笑いながら成仏する為に。


もう、独りのままでいない為に。


「しおりは一体、何がしたい?」


≪私…、≫


俺の問い掛けに、彼女は、


≪私、は、≫


ゆっくりと立ち上がって、


≪私は、≫


頬の上を、雫が流れるのもいとわずに、


≪…私は!≫


込み上げた想いを、告げようとして、


≪彼に会いたいです! 彼に会って、謝って、謝って、とにかく謝って!≫


潤んだ瞳に、不鮮明にぼやけた俺だけを映しながら。


≪―――愛してるって、言いたいです≫


自分を偽らず、悲劇の役者をやめて。


≪ずっと、ずっと、ずっと。今までも、これからも、死んだ後でも、ずっと愛してますって、そう、伝えたい…………!≫


ようやく自分の未練を、心からの願いを、打ち明けた。


「…そうか」


俺は彼女の、しおりの願いを聞いて満足気に頷く。記憶も取り戻して、やるべき事も定まった。なら、後は行動に移すのみだ。




「なら、伝えにいこうか。その彼氏の所へ」

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