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〈参〉3




―2006年 7月3日 晴れ―

家出して、彼の家に泊めてもらってから七日。

彼はお母さんと仲直りした方が良いよって、何度も説得してきます。

私が邪魔なのかな。お母さんと同じ、私のことが、目障りなのかな。




―2006年 7月5日 雨―

彼と喧嘩しました。彼はお母さんの肩ばっかり持って、私のことなんて気にも留めない。悔しい。悔しい。悔しい。

何で誰も私を見てくれないの? 何で誰も私をないがしろにするの? 何で誰も私を




―2006年 7月7日 雨―

あれから彼とは口を聞いてません。同じ部屋の中にいるのに、全然違う場所にいるみたい。嫌だ。寂しい。寂しい。寂しい。おかしくなりそう。もう嫌。皆、消えてしまえば、いい。




―2006年 7月8日 晴れ―

彼に連れられて散歩に出掛けました。

彼は、何を話すでもなく歩いて、私は黙ってついていって、高台にある墓地へ。

そこには彼のお母さんのお墓があって、彼のお母さんは、病気で亡くなったと話してくれました。昔から病弱で、彼は毎日病院に通って、でも、亡くなるその時だけは、会えなかったって。

その時の彼の表情はすごく辛そうで、その後、一緒に家に帰った後も黙ったまま。私は、彼の話を聞いて、




―2006年 7月10日 曇りのち雨―

決めました。

明日、お母さんに謝りにいく。

彼に話をしてもらってからずっと考えたけど、お母さんは私が小さい頃から一生懸命働いて育ててくれた。構ってもらえなかったけど、ほんのたまに出来た休みでは一日中遊んでくれた。学校の行事も、進路を決める時も、忙しい時間を出来るだけ割いて付き合ってくれた。私のことを、ちゃんと大事にしてくれてた。

どうしてこんな大事なことに気づかなかったんだろう。お母さんはいつだって私を見ててくれたのに。気づくのにこんなに時間を掛けて、本当に馬鹿だ、私。

けど、後悔するより先に謝らないと。謝って、謝って、謝って、謝った後に、ちゃんと言わないと。

今まで、こんな私を育ててくれて、ありがとうって。







日記はそこで終わっていた。

頁を捲って、後は空白。

ノートを閉じて、彼女に向けて俺は語り掛ける。


「物的証拠があるっていうのは良いもんだな。疑う必要が無くなる」


≪……ええ。そうですね≫


そう答えた彼女に、先程の憂いた表情は何処にも無い。立ち上がって、俺からノートを受け取って胸に抱き締めて、ホッと安堵したように、


≪私は、お母さんのことをどうでもいいなんて、全然考えてはいなかったんですね≫


自分が間違ったまま死んだ訳ではないことを、確認した。


「は〜…」


俺は一息入れて、正座を崩して楽に座ると彼女の母親が煎れた茶をすする。

これで一段落ついた。さあ一件落着だ一件落着。これで思い残すことはあるまい母親との仲もまあまあ良かったことだし、笑顔で成仏したまえよと両手を振ってさよならしたい気分だけどもそうはいきませんよ奥さん。

……もう、本当に何度目になるか判らないけど、お決まりのことを聞いてみる。


「………で、一応聞くけど、記憶は」


≪全くです≫


だと思った。


「あ〜…」


駄目だ。駄目駄目だ。話が一向に進まない。母親との関係の問題を解決したって、そもそも記憶が無ければ大した意味を為さない。根本的な解決に繋がらない、解決したことにならない、じゃあ、彼女も到底成仏は出来ない。

困った。

いや困った。

これだけ当時の話を聞かせても何も思い出さないということは、やはり優先順位が低いということ。もっと他に、彼女が思い出さなければいけないものがあるということだ。


思い出さなければならないこと。


―――未練に繋がる、出来事を。


「………少し、…―――くか」


誰にも聞こえないように呟いて、俺はノートをまじまじと見て記憶を思い出そうとしている彼女に指示する。


「なあ、しおり。そのノート、他に何か書いてあることは無いか? 最後の頁とか」


≪最後の頁ですか? ちょっと待って下さい。えっとー、≫


彼女は素直に従って、自分のノートをパラパラ捲っていく。捲っている途中も確認して、しかし頁は白紙が続いて何も無かったが、最後の頁まで捲ると、間に挟まっていた何かがひらりと舞って落ちた。

彼女はしゃがんでそれを手に取って眺め、俺も覗き込むように上から見下ろす。


≪これは……≫


「写真だな」




それは、安い使い捨てカメラで撮った、一枚の写真だった。

写っているのは、背景が街を見下ろしてあることから、何処か高い丘の上。木製の欄干に腰を預けながら、カメラのある位置に微笑んで立つ、薄いピンクのワンピースに白い上着を着た彼女がいる。

その隣には、彼女の肩に手をやって抱き寄せている、“好青年を絵に描いたような男性”が。




彼女は眼を見開いて、ゆっくり、ゆっくりと写真を裏返して裏面を見た。そこには、白い笹百合の押し花が張り付けられ、その下には黒い油性ペンで『彼と丘の上の公園で』と記されている。


≪―――――≫


手から写真が滑り落ちた。彼女はショックで動けず、俺が代わりに写真を拾う。

もう一度写真の男を見て、俺は思い出した。


「こいつは確か花屋の………て、おい!」


店員、と言い掛けた途端に彼女は立ち上がり、静止する俺に気づかず襖の奥にすり抜けていく。出遅れた俺も急いで後を追うべく襖を開け、寸前で母親とぶつかりそうになって止まった。


「ど、どうしたんです…?」


丁度様子を見に来たらしい母親は、血相を変えた自分の顔を見て驚いてしまったが、それを気にしている暇は無い。


「すいません。急用を思い出したのでこれで失礼します。ありがとうございました」


「え? ちょ、ちょっと…、」


手短に説明して戸惑う母親の横をすり抜け、急ぎ足で玄関口をくぐってマンション内通路に出た。

左右に伸びる通路に、彼女はいなかい。

既にマンションを出たか、それとも非常口階段を降りているか、それとも壁をすり抜けて目的地まで直進しているか。早く彼女を追わないと、“時間が無い”。

来た道を引き返し、エレベーターに乗りながら彼女の行き先は何処かを考えて、


「………考える必要は無いか」


思考をさっさと中断して、彼女が行ったであろう場所へ足を向けた。

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