星の少女
コツコツ、コツコツと規則正しい足音が俺のいる、牢獄内に響き渡る。一人のものではない。それらは確実に俺のところまで近づいてくる。まず最初に現れたのが紫色の服をまとった若い男、クロイツ。その表情は堅いものだった。そして、その後に続いて見えてくるのはこの光の国には似合わない暗い紫やら、黒やらが不可思議な模様を描かれているフードつきのマントを羽織っている男。長いマントから見える細くて色白の腕には手枷が付けられている。顔の様子はうかがえない。そして、最後にアーリア。その表情は何かが吹っ切れたようなものだった。
『先程ルミエール様が君の釈放を許可した』
クロイツはそう言い放つと、隣にいるフード男に指示をし、それに応えるように男は牢の錠の所に手をかざした。すると、その錠はいとも簡単にガチャリと音をたてて開かれた。その光景に思わず驚いてしまう。
『…本当に失礼しました。この私が罪のない人間を閉じ込めてしまうなんて…ああ、神さま、お許しを』
男はその細い腕を天に掲げ、すり合わせた。その度に彼の手枷がジャラジャラと音をたてる。手枷と言っても彼の自由を奪っているわけではなく、それは鎖の途中で、引き裂かれている。
『あ、あなたは?』
当然の疑問を口にする。この男、どこからどう見ても光の国の人間には見えない。男はハッとしたように俺の質問に受け答えた。
『も、申し遅れました。私、光の国最大で最強の監獄の責任者、ラストと申します』
ラスト…終焉だよな。こいつマジか?
『まぁ、でも、開けてくれてありがとう』
『いえいえ。滅相もない』
そして牢獄から出て伸びを一つする。しばらくここに閉じ込められていたから体が固まってしまった。
『アーリア、大丈夫か?』
『うん、だいじょぶ』
アーリアは元気そうに返事をする。この様子だと何もなかったようだ。クロイツに案内され、暗い牢獄内の狭い通路を進む。
『先程も申しあげましたが、ここは光の国最大で最強の監獄であります。ですから、光の国のありとあらゆる犯罪者がここに閉じ込められています。そこらへんの盗人から凶悪殺人犯までね』
ラストはとてもうれしそうに話している。周りの牢獄を見回すと生気を失ってるような奴や、奇妙な唸り声を上げながらすごい目つきでにらんでくる奴、おぞましい雰囲気の奴などヤバい奴らがひしめいていた。そんな所にいたのかと思うと寒気が走る。細い道を進むとある開けた場所へ出た。その中心でラストは歩みを止める。
『ではでは、ここからは移動式魔法陣で…』
移動式魔法陣。確か俺が初めてキリトとあった時にフィオーレに移動するためにトルネオが使ってくれた魔法のはず。魔法陣内の生き物を指定の場所へ瞬間移動させる事が出来る便利な魔法である。この魔法でしか監獄からは出られない仕組みのようだ。だから脱獄出来ないということらしい。そして、ラストが出現させた不気味な紫色の魔法陣は、俺達を包み込み、視界はその紫色の光で覆い尽くされた。
視界から光が引くとそこは白一色の街並み。道路などはさすがに白ではないが建築物類は全て白、白、白。振り向くと、そこには坂の上から見たひときわ目立つ真っ白なドームがあった。これが光の国の兵士が言っていたセントピアだろうか。
『ではでは、光の国を存分にお楽しみください。本日は誠にすいませんでした』
『僕たちは仕事があるので。…すまなかった』
二人は彼らなりの謝罪をして、その場を去った。かなり多忙らしい。
『…スバル、これから光の竜に会いに行くんでしょ?』
その問いに俺は力強く頷く。そう、真実を知るために。真実と言えばクロイツがこんな事を言っていたような気がする。
「…君のお仲間も全く同じ事を言っていた。真実を知りたいと…」
真実を知りたいとアーリアが口にするような状況にあったという事は、そのルミエールとか言うやつから真実について何か知る事が出来たんじゃないか…。
『なあ、アーリア』
歩みを進め始めたアーリアを呼びとめる。
『ん、何?』
『あのさ、アーリアはルミエールって言う人と何を話したんだ?』
『…お父さんの事』
そこでアーリアが国長ルミエールから聞いた話を歩きながら教えてもらった。とても悲しい内容だった。しかし、アーリアは話している途中涙を流すどころか、終始笑顔で話をしてくれた。きっと彼女なりにふっきれた部分があるのだろう。
そして、ちょうど話が終わったあたりで広場へ辿り着く。そこは昼過ぎという事もあってたくさんの人でいっぱいだった。
『わぁ、ここ覚えてる。お母さんに「はぐれないようにね」って手をつないで買い出しに行ったなぁ…スバルもはぐれないでよね』
『子どもじゃないんだから』
じゃ、行くよと言ったアーリアははぐれるなと言う割にはかなり早足で歩き始めてしまった。普通ならやばいと思ってついていくのだがある事が耳に入ったためそちらに注意が行ってしまった。
『…あのな、竜、また飛んでたんだって。俺の友達が見たって言ってったんだ。すげーよな』
その会話が耳に入った瞬間すぐさまその話をしている少年に質問をしてしまう。
『どこで見たんだ、竜?』
突然質問を投げかけてしまったため、少年はとても驚いており、目を丸くしている。
『星空の丘の近くだけど…』
『本当!?ありがとう!!!』
未だに驚いている少年に礼を言うと、先程までアーリアがいた場所を見る。しかし、金髪の美少女の姿はどこにもない。慌ててあたりを見回すも、やはりどこにもいない。
迷った。生まれて初めての迷子だ。
しかも、始めてきた街のこんなにも人がたくさんいる場所。わかっている情報は竜を星空の丘で見たという事のみ。その情報はとっても光の竜に関しては有力なものであったが、今の迷子という状況にはなにも役に立たない。
とりあえず、後ろに振り返り歩き始めようとする。その時体に何かがぶつかり、進もうとした逆の方向に尻もちをついてしまう。そして、手元に真っ赤なリンゴが一つ、転がってきた。きっとリンゴを持っていた誰かにぶつかったのだろう。ぶつけた部分をさすりながらも慌てて謝る。
『ごめんなさい』
そこには緑色の髪を短めに揃えている、ゴスロリ?のような服装の、おそらく同い年くらいの女の子が俺と同じようにぶつけた部分を痛そうに押さえている。
『あ、私こそ本当にごめんなさい。私の前方不注意のせいで…』
彼女はそう言いながら落ちてしまったリンゴを紙袋に詰め込む。俺も同じようにリンゴを紙袋の中に入れるのを手伝った。
『本当にごめんよ』
全て片付け終わったところで再度自分から謝る。
『いえいえ。こちらこそ…』
片付けている最中からずっとこんな感じなのだが、俺はここでアーリアの事について聞いてみることにした。
『そういえば、金色のセミロングの髪の毛で、…少し胸の大きい女の子見なかったかな?』
少し胸の大きいを言うことについて寸前までいうか言わないかかなり迷ったところだが、アーリアの外見上のわかりやすい特徴と言えばそれだったので恥ずかしいながらも言った。
『あなたも迷子なんですか?』
『え?はあ、そんなところかな』
『実は私もなんです!!初めてこの国へ来まして…私ラピスといいます。あなたは?』
『俺はスバル。俺もこの国は初めてなんだ』
『あぁ、やっぱり。私の連れは…一言で言うと、野性的?というか、こう、ワイルドと言いましょうか』
ワイルドな連れか…。なんかそっちはすぐ見つかりそうな気がするのは俺だけだろうか。
『なんでラピスはこの国へ来たの?』
『私、中央の魔道士でして…。ちょっと言えない内容ですね』
中央と言えば素晴らしい魔道士ばかりが集まるこの世界の中枢と言える場所。そこの魔道士ってことはスゴイ強いんだろうなと思ってしまう。そんな会話をしていると、そのラピスの言っていたワイルドな男がいた。見えたのは後姿だけだったがラピスに確認すると「そうです。あいつです!」と喜んでかけて行った。俺もそれについていくと、運良くそのラピスの連れはアーリアと会話している所であった。どうやらアーリアの方も俺と似たような感じでラピスの連れと出会い迷子を捜していたようだ。
『もう、はぐれないでって言った途端、いなくなるんだから』
アーリアは迷子の子どもを叱りつけるように俺に言った。俺もこれには平謝りするしかない。
『いやぁ、ワリぃな。あんたのおかげで迷子を捜す手間が省けたよ。俺はジャッカルだ。ありがとな』
握手を求められ、少し驚きながら握手を交わす。ジャッカルは髪が男としては長く、目つきなどからも第一印象は「こわい」であった。しかし、その容姿とは裏腹な礼儀正しい態度に少したじろいてしまった。ラピスの連れという事はジャッカルもまた、中央から来た魔道士なわけだ。ラピスとは対照的にとても強そうに見える。
『んじゃ、俺達は大事な仕事があるからよ、ここでお別れだ。どーもな』
ジャッカルはそう言うと、ラピスと共に光の国の街へ歩み始めた。
『あのさ、今ちょうどお昼時でしょ。私おなか減っちゃったんだけど…一緒にご飯食べない?これ貰っちゃったし』
アーリアは何かのパンフレットのようなものを持っている。きっとジャッカルから貰った光の国の観光系のものであろう。俺もちょうどお腹がすいていたので、先を急がずにアーリアの意見に賛成することにした。先程までいた広場から、細い道をくねくねと曲がる。パンフレット曰く、俺達の目の前にある美味しいと評判の料理店は、広場とは対照的な人気の少ない通りにあった。
店の扉を開くと「いらっしゃい」と一人の女性が寄ってくる。店内は案外明るい雰囲気で客もたくさんいるが、店員はこの女性のみ。おそらくこの女性と夫が経営している隠れ名店なのだろう。
『最近ね、拳銃持った男たちがここら辺うろついてるって聞いたから、あんたたちも気を付けるんだよ』
唯一の店員であろう女性は俺達を席に誘導する時そう言った。窓際の席について、アーリアがオムライスのようなものを注文する。俺も同じものを注文した。
『なんでさっきはぐれちゃったの?』
アーリアが注文してからすぐに俺に尋ねてきた。
『アーリアが歩きだした時にちょうど、近くにいた男の子たちが光の竜について話してたんだ。竜を星空の丘で見たって。それで、つい質問してたら…はぐれちゃった』
『星空の丘!?場所が突きとめられただけでもスゴイ収穫じゃない』
注文したオムライスが来る。パンフレットにイチオシと書いてあったので頼んだのだが、写真よりはるかに小さい。アーリアには調度良いようだが、俺にとっては少ないような気がする。しかし、お腹がすいていたため、すぐに口へ運んだ。柔らかい卵が口の中に広がり、少し変わった味のするチキンライスと絶妙にあっている。
『おいしー!』
俺が美味しいと言おうとした時にタイミング悪くもアーリアが口にオムライスを頬張ったまま言った。俺は食べている途中、アーリアの後ろの窓ガラスにふと目をやった。時刻はお昼時だったが、人気の少ない細い道だったためか、通行人がいない。そんな中、白くて長い髪をなびかせながら、一生懸命に走る少女が一人、店の前を通り過ぎた。そして、すぐに少女を追いかけるように明らかにサングラスに黒いスーツの怪しい三人組が店の前を走り去った。その中の一人の手には拳銃…。
最初は見間違いかと思ったが、先程店員の女性が言っていた男たちかもしれない。そして、彼らは何らかの理由で少女を追っているとしたら…少女が危ない!
『ちょっと待ってて』
俺は突然席を立ち、アーリアにそれだけ言って、大急ぎに店から飛び出す。男たちが進んだ方を見ると、ちょうど男たちが曲がり角を右に曲がったところだった。そこを曲がると長い一本道。ここでもし、彼らが彼女めがけて発砲でもしたら、大変なことになる。大急ぎで考える。やはり、少女に銃弾が当たらないようにする事が一番だと思い、走りながら両手を合わせる。すると、手を合わせてから一秒もしないうちに、バキバキト音をたてながら、男たちの前に氷の壁が出来あがり、進路を塞ぐと同時に発砲しても少女には被害が及ばなくなった。俺は建物と氷の壁を伝いながら、少女の方へと移動した。
『ひゃっ!』
少女は突然現れた俺に驚きの声を上げる。その目には脅えが少しだけ見える。俺が少女に声をかけようとした瞬間、後ろでものすごい音がし、見ると氷の壁は粉砕されていた。男たちの中の一人の手には煌々と燃え盛る炎。相手が魔道士だとは思わなかったため、強度はそこまで強くしていなかった。男は炎を大きくし、炎の球を作り、それをこちら側に投げつけてきた。俺は、剣を抜き対抗しようとしたが、少女の声が聞こえた。
『待って下さい!!!』
少女は俺の前に立ち、飛んできた炎の球を受け止めようとするかのように両手を前に伸ばした。
『危ない!!!』
俺は少女の危険を察知し、少女の前に出ようとしたが、炎の球は待ってくれなかっず、それは少女にぶつかったかのように見えた。驚く事に、炎の球は少女の目前で跡形もなく消えたのだ。そして、俺がその不可思議な現象に驚く間もなく、少女はまるで瞬間移動でもするように、男たちの目の前に移動し、次々と殴り倒してしまった。
ほんの数十秒の間で、今、倒れた男たちの中で立っている白い髪の少女は炎の球を打ち消し、大の大人三人を殴りで気絶させた。少女はこちらに歩み寄って来て、ぺこりと頭を下げる。
『本当にありがとうございます』
『あ、あぁ』
『おーい、スバルー!』
向こう側からアーリアが走ってくる。かなり慌てている様子だ。
『どーしたの。ご飯食べてる間に突然店から飛び出して…この子は?』
『私、スピカと言います。スバルさんに助けてもらったんです』
『いや、俺は何も…』
アーリアは「だからでていったのね」と勝手に納得している。俺はただ壁を作っただけで何もしてないんだけど…。
『私、スバルさんに壁を作ってもらわなかったら撃ち殺されるところでした。間違って一本道に入ってしまって…。本当にありがとうございます。…あの、何かお礼をさせていただきたいんですけど…良かったら家に来ませんか?』
ここで、断るのもよくないと思ったが、光の竜の方もある。それを考えたのか、アーリアが尋ねる。
『スピカの家はどこにあるの?』
『私の家はここから少し離れた星空の丘にあります!』
俺とアーリアは顔を見合わせた。
『行きます!!!』




