プロローグ
よく晴れた日曜日だった。
俺は友達二人と今日のような夏休みにある程度の小学生は行うであろう秘密基地構築のために川まで遊びに行っていた。わざわざ川へ行ったのは川の上に行った方が誰にも見つからなくてそれっぽいんじゃないかという俺の意見からだった。
このくそ暑い夏の日にはもってこいの川の水だった。水はとってもきれいで普通に飲めるほどである。
足元には川魚やカニが見える。俺達は冷たく透き通っている水をばしゃばしゃとかき分けるように進んだ。
しばらく歩くといつもの場所、つまり秘密基地本部に到着した。そこにはまだ作りかけだが約八割は完成した秘密基地があった。立派な木造建築である。夏休みの半分以上かけて作ったかいがあった。中にはこれまた木製の簡易机とラジオがある典型的な秘密基地である。
『よっこらしょ、と』
俺は持っていたたくさんの流木を秘密基地のそばに置くと作業に取り掛かった。
そういえば言ってなかったが俺の名前は小早川 すばるである。十歳だ。そして今日一緒に来ているのが佐助と優斗である。大の仲良しで幼稚園からずっとこのように遊んでいる。俺は平凡な小学生である。そして、その平凡な生活に嫌気がさしているわけでもなく、しかし思いっきりエンジョイしているわけでもなくごく普通に今俺の目の前にある秘密基地を作っているのである。
『んじゃ俺はもうちょっと材料取ってくるよ』
『気を付けろよ、佐助』
そういった頃にはもう佐助はばしゃばしゃと音をたてて行ってしまっていた。
その数分後、誰も予想していなかった事件が起きた。そしてこの事件が俺の平凡な生活をガラッと変えることとなったのである。
『うわぁ!!!』
佐助の叫び声とともに水をたたくような音が遠くから聞こえた。
まずいっ!!!
俺と優斗は動かしていた手を止めてすぐに佐助のもとへ走った。
『きっと深い所に気付かないではまっちゃったんだよ。どうしよう…』
『大丈夫だよ…。きっと』
そう言ったもののこの夏休みの間、何回もここに足を踏み入れていて、溺れるなんて事は一度もなかったから、少し俺も怖かった。
川を走って行くと少し先に水しぶきがあがっている所があった。
いた!佐助、今助けに行くからな。
そして、必死にもがく佐助を助けようとある程度近づいた途端、突然川底に足がつかなくなってしまった。
『すばる、気を付けろよ。俺も今行くから!』
『大丈夫だ!優斗は待ってろ!!!』
そう言うともがいている佐助により一層近寄り、支えようとした。しかし水の中では上手く体が動かずなかなか佐助を支えられない。
ヤバい、このままじゃ…。
渾身の力を振り絞り、もがく佐助を支えると、そのまま浅い所へ誘導した。その途中で優斗が来てくれたため佐助を預ける事が出来た。
そこで安堵したのがまずかった。
安心して油断した途端鼻に水が入り激しくむせてしまう。今度は自分がおぼれる形となってしまった。もがけばもがくほど深いところへ移動してしまう。あいにく佐助は助けられたばかりで助けられる状態ではなく、優斗は泳げない。
まずい!!!
こんなところで俺は死ぬのか…。
優斗はこちらの状況に気が付き、必死に佐助を岸まで移動させている途中だった。目の前がかすんでくる。意識が薄れてきた。
佐助が助かっただけ良かったか…。
これは確実に死ぬパターンのヤツだ。確かに俺の今までの人生は平凡ではあったが普通の普通なりの今までの生きていた歴史と言うものがあった。それがもう終わってしまうと俺は察した。お父さんお母さんありがとう…。
優斗がこちらに振り向こうとする直前で目の前が真っ暗になった…。
◆◇◆◇◆◇◆◇
『あれ…?すばる、すばる!すばる、どこにいるんだよ!いたら返事してくれよ!』
優斗はあたりを見回したが、さっきそこで溺れていたすばるの姿はなかった。一体どういう事なんだと困惑してしまう。
確かについさっきすばるは佐助を助けて俺に佐助を預けたはずだった。そして、すばるが溺れてしまったから、いま急いで佐助を岸に移動させてすばるを助けなきゃって思ったところだったが…。
すばるが消えた。
すばるが消えてしまった…。
この後、警察、救急隊などが来たものの、誰ひとりすばるの事、いやすばるの衣服すら見つける事が出来なかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
『…ぶか?…い、…じょうぶか?』
声が聞こえる。なんでだ?…そうか、俺はあの世ってヤツに着いたんだな。天国の頭にわっかでも乗っけた優しそうな爺さんが俺をゆすっているのだろう。
…それとも?
少し怖かったが現状を把握するために目を開けた。意外と冷静である。
『大丈夫かい?…あ、気がついたね!よかった~。ビックリしたよ。びしょぬれの少年が川のそばで気絶してるんだもん。死んじゃったかと思ったよ』
!?
俺の目の前には白い髪の少年がいた。わっかもつけていない。ま、まさか地獄!?いや、でも、景色はのどかな小川のそばってところだ。
『いや、俺死にましたよ?』
『何おかしなこと言ってんの?まぁムリもないか。俺の名前はデント。君は?』
ぽかんとした白い髪の少年デントは名乗ってくれた。
『…俺の名前は…小早川 すばる…。助けてくれてありがとう』
『コバヤカワ スバル?長い名前だね』
『スバルでいいよ』
俺はびしょぬれである。どうやら別の場所のようだ。風景は全然違う。同じなのは川が流れているという事だけだ。たぶん天国ではない。勿論地獄でもない。
『…あ、ハル姉さん、気がついたよ。スバルって言うんだって』
そのデントがハル姉さんと呼んだ少女は向こう側からやって来た。彼女は黒い髪のストレートの年上のお姉さんという感じだった。
『ほう、スバルか。私はハルだ。それにしてもびしょぬれだなぁ。…詳しい話は家で聞こう』
そう言うと俺の手をひっぱり立ちあがるのを手伝ってくれた。その手はとても優しかった。
もう1回言うけど俺は死んでるよ!!!…たぶん。