聞こえてる?
ノイズが混じる夜の通話から始まるお話です。雑踏の中、途切れ途切れの声に耳を澄ませる独特の張り詰めた空気感をお楽しみください。
着メロが鳴ったので、通話ボタンをタップした。スピーカーをぴったり耳につけたが、辺りの喧騒の所為で、それでも向こうの声はなかなか聞こえない。
静かな暗がりを探そうとうろうろと歩き回る。だが、渋谷駅前の雑踏の中にそんな場所は相当に見つからないのではないか。
泣き声のようにも聞こえる。いや、寧ろ笑い声でさえありそうだ。
雑踏を離れ、ガード下の影へ潜り込む。
途切れ途切れの声が、しだいにはっきりと形を結ぶ。
「聞こえる?」——震える言葉が夜空に溶けた。
冷たい風が二人の間を吹き抜けていく。
応答の代わりに、唾を強く呑み込んだ。
『聞こえないの?』
もう一度
受話器を耳に当てたまま
静寂の中で視線が交差する
冷たい風が二人を巻き込み
街の喧騒は遠い過去へ消えた
吐き出す息の白さに紛れ
伸ばしかけた手が宙で止まる
画面の灯りが照らし出すのは
言葉にならなかった痛みの痕
「聞こえてるよ」と囁いた声が
夜の闇へ静かに溶けていった
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
雑踏のノイズに遮られた声と、夜の冷気の中で交わされるわずかな言葉。その一瞬の空気感や、言葉にならない感情の揺らぎを感じていただけていれば幸いです。
またどこかの夜の片隅で、お会いできますように。




