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ゼミの消えた提出物

作者: finalphase
掲載日:2026/05/23

大学四年の夏だった。

卒論の締切が近づき、ゼミ室には毎日夜遅くまで人が残っていた。終電が近づけば皆帰る。最後に残るのは、だいたい決まって俺だった。

古い校舎は夜になると妙に静かだった。廊下の蛍光灯はところどころ切れかけ、換気扇の低い音だけが響く。

その日も、時計は十時半を回っていた。

教授は先に帰り、「最後、施錠だけ頼む」と言い残した。

俺は参考文献をまとめながら、麦茶を飲み干した。エアコンは効いているはずなのに、背中にはじっとり汗が張りついている。

作業を終え、ノートパソコンを閉じた時だった。

机の上に、見覚えのないクリアファイルが置かれていた。

さっきまで何もなかったはずだ。

白いラベルシールに、黒いボールペンで名前が書いてある。

――佐藤 悠真

俺の名前だった。

悪ふざけかと思った。

だが、この時間、ゼミ室には俺しかいなかった。入口のドアは重く、誰かが入れば気づく。

嫌な感じがした。

ファイルを開く。

A4用紙が何十枚も綴じられている。

一枚目で息が止まった。

『7月18日 13:12 学食にて唐揚げ定食』

『13:48 コンビニでブラックコーヒー購入』

『16:05 図書館二階窓側席に移動』

全部、俺の行動だった。

ページをめくる。

『7月20日 18:41 駅前の書店で立ち読み』

『21:03 友人と通話 三十二分』

細かすぎた。

時間まで正確だった。

喉の奥が乾く。

盗撮か、ストーカーか。そう考えると急に空気が重くなった。

気づけば、換気扇の音しか聞こえない。

俺はスマホを取り出し、ゼミのグループLINEを開いた。

『これ誰かのイタズラ?』

送信。

既読はつかない。

当然だった。もう十一時近い。

その時だった。

後ろで、「コツ」と音がした。

反射的に振り返る。

誰もいない。

だが、一番奥の机の椅子だけが少し引かれていた。

さっきまで全部しまってあったはずなのに。

急に怖くなった。

俺はファイルを閉じ、荷物を掴んで部屋を出た。

廊下は静まり返っている。

エレベーターのボタンを押す。

やけに来るのが遅い。

待っている間、背後の暗い廊下が気になって仕方なかった。見られている気がする。

ようやく到着音が鳴り、扉が開く。

誰も乗っていない。

俺はすぐ乗り込み、一階を押した。

扉が閉まる。

その瞬間、スマホが震えた。

LINEではなかった。

知らないアドレスからメールが届いていた。

件名なし。

本文には画像が一枚だけ添付されている。

嫌な予感がした。

それでも開く。

そこに映っていたのは、今まさにエレベーターに乗っている俺だった。

青ざめた顔でスマホを見ている。

真正面から撮られている。

だが、この中には俺しかいない。

頭が真っ白になった。

次の瞬間、もう一通メールが届く。

『後ろ』

心臓が跳ねた。

見てはいけないと思った。

なのに、ゆっくり振り返ってしまった。

誰もいない。

ただ、閉まりかけた扉の隙間に、一瞬だけ白いシャツの袖のようなものが見えた気がした。

一階に着くと同時に、俺は逃げるように校舎を飛び出した。

翌日、事情を教授に話した。

教授はファイルを見た瞬間、顔色を変えた。

しばらく黙った後、研究室の棚を開ける。

中から、同じクリアファイルを取り出した。

ラベルには別の名前が書かれている。

「去年のゼミ生だ」

教授は低い声で言った。

「卒論提出の一週間前に、急に来なくなった」

嫌な汗が噴き出した。

帰ろうとした時、教授が背中越しに言った。

「……最近、後ろを確認すること、増えてないか」

言われて気づいた。

駅でも、コンビニでも、自宅でも。

ずっと“誰かの気配”がある。

その夜。

自宅でパソコンを開いた瞬間、デスクトップに見覚えのないフォルダが増えていた。

『観察記録・佐藤悠真②』

マウスを持つ手が、動かなかった。

最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。


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