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物語はこちらから

断罪したはずの公爵様のせいで作者の私は「チョロイン」と化しました。

作者: 辻堂安古市
掲載日:2026/04/21

 



「はっはっはー!オトコなんてみーんな地獄に落ちればいいのよぉ!」


 髪はボサボサ、肌はカサカサ、目の下にはクマがばっちり。そして夜な夜な薄暗い部屋に響くキーボードをたたく音と呪詛の声。それは生きてきた年齢=彼氏いない歴である、「恋愛」という概念を脳内だけで完結させてきた若葉(26歳)の声だった。


「よし、皆さんお待ちかね!貴族様は無様に断罪されて破滅しろ!」


 物語は今、まさにクライマックス。貴族様であるトワイス・ヴァレンティア・クロフォード公爵が、婚約破棄した相手の姫君と新たなパートナーとのタッグの前に無様な姿を晒すシーンを迎えようとしていた。




 ……が。



「!まぶしっ!?」


 突如光量をあげたPC画面。何事かと思う間もなく黄金の光が部屋を満たす。


「ちょっ、何何何何………えええっ!?」


 その光が鎮まるとともに現れたのは……


 金髪。

 碧眼。

 長身。

 言わずもがなの超イケメン。

 そして全身から醸し出される貴族のオーラ。


 若葉の目の前に現れたのは、誰あろう彼女が呪詛を込めながら書き殴っていた、物語の悪役公爵トワイスその人である。


「え、幻覚? まさか締め切り間際でラリったやつ?」


「幻覚などではない。貴様に一言文句を言いに来たのだ」


「……はい?文句って?」


 トワイスはごほんと一つ咳払いをしてから、一気呵成にまくり立てた。


「では言わせてもらおう!大体だな。私が一体何をしたというのだ。そもそもあり得ないドアホウな言動の数々を強制させられた上に、理由のわからぬ理由で婚約者に浮気され、公衆の面前で婚約破棄宣言させられた挙句の果てに全財産没収して国外追放? 私の何がそこまでお前の恨みを買ったのだ?言ええ!」


 若葉はキーボードを盾に叫んだ。


「ひ、ひぃぃ! だって、男なんてみんな女を泣かせる生き物でしょ! あんたみたいな顔がいいだけの男は、どうせ甘い言葉で女をたぶらかして、裏では鼻で笑ってるのよ! だったら物語の中でくらい、悲惨な目に遭えばいいのよ!」


 トワイスは深くため息をつき、若葉の乱れた髪と、適当なスウェット姿、そして虚無感の漂う部屋を見渡した。


「……なるほど。貴様は『本物』を見たことがないのだな。仕方ない。私が『真実』を教えてやる」


「真実って何よ」


「まず爵位のある女性が仲介人の女性または肉親の男性が居ない場所で、初対面の男性と二人きりになることなど有り得ん。そんな事をすれば社交界からよくて追放だな」


「うぐ」


「次にもし公衆の面前で婚約破棄など宣言した場合、これは個人間の問題では済まん」


「それくらい知ってるわよ」


「そうか。ならば慰謝料がこの世界に換算するとコレくらいになるのは知ってるか?」


「どれ…………うわ、えぐ」


「だろう?故にそんな事をしでかして家名を脅かすバカヤロウなど、居りはせんのだ!よってお前の書いた絵空事など、リアリティの欠片もない!」


「うぐっ………!だってみんなにウケが良いんだもの!みんなが望んでいるのは、つまんない現実から連れ出してくれてる理想の王子様なんだから!」


 そう叫んで少し涙目になって食ってかかる若葉をじっと見ていたトワイスは、深い溜息をついた後、突然若葉の腕をつかんだ。


「作者よ。貴様の名は?」


「……若葉。白石 若葉よ」


「そうか。では若葉よ、行くぞ」


「へ?どこへ?」


「決まっている。街だ」


「え?ちょっと待ってこの格好で?待ってせめて着替えさせて!」


「どうせろくな服を持っておるまい。着替えても一緒だ」


「その通りだけど酷い!」


「ほら早く行くぞ!」


「待ってちょっとそんないきなり………!」


 若葉は抵抗したものの、トワイスはそんな事もお構い無しで強引に若葉の手を引き、真夜中の街へと連れ出したのだった。







 颯爽と歩く貴族然とした超絶イケメンと挙動不審なスウェット姿の女のあまりの落差。さらには匂い立つようなトワイスの美貌に、すれ違う人々が二度見、三度見、いや四度見はしている。しかし、彼は止まらない。


「待ってどこに行くの?」


「決まっておろう。着替えだ」


「あー。その服目立つから?」


「違う、貴様だ。その様な無様な姿、見ておれん」


 そう言われた若葉は、ようやく周りの目に気付いた。自分とトワイスに注がれる視線には、明らかに違いがあることを目の当たりにした若葉は、思わず足を止めて俯く。


「……そんな顔をするな。自分の本当の魅力にすら気づけぬとは、どこまで愚か者なのだ、貴様は」


「魅力なんてないわよ! 私はただの、妄想癖のある根暗なライターだもん……」


「黙れ。素材の良さを引き出せぬのは、料理人と作者の怠慢だ。ならば、私がその曇った眼を叩き割ってやろう」


 トワイスがパチンと指を鳴らす。

 すると、何もない空間から銀色の霧が溢れ出し、そこから無表情だが完璧な動きを見せる異世界のメイドと執事たちが数名、召喚された。


「ひゃっ!? 何、なんなのこれ!?」


「我が公爵家に仕える者たちだ。おい、この無様な作者を三分で『見られる姿』にしろ。ただし、この世界の理に合わせた装いにせよ」


「畏まりました。若葉お嬢様、こちらへどうぞ」


「え?ちょっとここはお値段が……しかもお店閉まってるわよ?」


「心配御無用ですぞ。この店の主には話をつけております故に」


「「ようこそトワイス様、若葉様」」


「……嘘でしょ?」



 若葉が抵抗する間もなく、プロフェッショナルな手際で魔法のクレンジング、ヘアセット、そしてスタイリングが施されていく。


「いかがでしょうか、若葉お嬢様。白のプリーツスカートにグリーンのシャツをコーディネートいたしました。明るい色合いが春らしく柔らかい印象の春コーデです。ゆったりシルエットのシャツとしなやかに揺れるプリーツが大変お似合いだと思うのですが」


「髪の質も良うございますので、敢えてここはナチュラルウェーブに留めさせていただきました」


 鏡を差し出され、若葉は息を呑んだ。そこにいたのは、いつもの「自信のない自分」ではなく、まるで都会に咲く一輪の花のような、凛とした女性だった。


「……これ、私? 嘘、魔法でしょ?」


「魔法なのは着替えの工程だけだ。その顔も、その肌も、その体も、すべて貴様が持っていたものに過ぎん」


「……!」 


 態度は尊大だが、その口から放たれるのは嘘偽りの無い言葉だと分かるが故に、ド直球で若葉に刺さる。


「ぐっ……こ、コレが貴族のタラシ術なのかっ……!こんなのに負けてたまるかぁ!」


「なんのことか分からん事を口走るな。そもそも貴族が連れの女性にみすぼらしい格好をさせるなど自殺行為に等しいのだ。貴族社会において、女性の装いはその一家の「支払い能力(財力)」と「社会的地位」を証明するもの。故に女性を着飾らせるのは、自らの地位と信用を守るための最低限の嗜みであるのだ。貴様勉強が足らぬぞ」


「うぐぅ」


「ところで貴様、なんでそんなに男を目の敵にするのだ?」


「だって、だって……!男なんか所詮見た目で女の子を選ぶじゃん!」


「否定はせぬ」


「ほらあっ!」





 そんなやりとりをしていた二人に、派手な女性グループが「そこのイケてるお兄さーん、私達と飲みに行かなあい?」と色目を使って近づいてきた。


(ほら、ね。トワイスだってきらびやかな方をきっと選ぶわ)


 及び腰になった若葉を押しのけるように近づいてきた一人がトワイスの腕に豊満な胸を押し付ける。が、トワイスは冷ややかに言い放った。


「離せ。貴様、ニセ乳だな!」


「……はぁっ!?」


「腕に当たる感触、及び重量感と目視した形とのバランスが不一致だ。貴様シリコン注入しておろう」


「し、失礼ね!行こう!」


 女性たちが逃げ去る中、若葉はトワイスに問いただした。


「なんでわかるのよ! 鑑定スキル?」


「これも『貴族のたしなみ』だ。常に偽物を掴ませようとする有象無象に囲まれて生きる我が一族の『貴族アイ』の前に、偽物など通じん! でなければ500年も貴族を維持できんわ!」


「ネーミングセンス……!」


「ほら行くぞ。次だ若葉」


「え?まだどこか行くの?」


「まだ貴様には話が終わっておらぬからな。()()()()()もらうぞ?」


「つっ?つつつつ付きああ合う……っ?」


「?どうした?」


「何でもない!えー行きますよ!付き合いますとも!」








 数分後。町の一角にあるオープンカフェに二人の姿があった。


「……ふむ。『すたば』とか言ったか。この世界の大衆向けカフェとしては、なかなか面白いな。しかしあの呪文みたいに長ったらしい注文は面倒だ。モバイルオーダーの方が気楽で良いな」


「なんでそんな事知ってるのよ!……って、あのお……これじゃまるでデートみたいなんだ、けど?」


「それが?」


「わ、私、こんなの初めてで……」


「そうか。なるほどな」


 そう言うとトワイスは手に持っていたフラペチーノを置き、向い側の席から若葉の隣に座り直した。


「ち、近いっ!」


「いいか、若葉。貴様の書く『恋愛』はあまりに安っぽい。例えば、かつてこの国の東にあった『吉原』という地。あそこの最上位、太夫や花魁に会うために、三回通い詰めてようやく箸が用意される……。積み上げた金と時間、そして跳ね除けられても折れぬ情熱! これこそが『粋』という名の真剣勝負なのだよ。恋愛はワインのように醸成する時間が必要なのだよ」


「……ねえ、なんで異世界の公爵様が吉原のシステムにそんなに詳しいの!? 設定にないよ!?」


「フン、知識は力だ。こちらに来るときにデータベースを少々掠め取ったまでよ。で、だな……」


「ひゃいっ!?」


 トワイスは若葉の肩を抱き寄せ、耳元で低く、しかし説得力のある声で囁いた。


「若葉よ。他人をうらやみ、画面の向こうに呪詛を吐く前に、まずは自分をよく見ろ。そして自分を磨くことだ。『磨けば光る原石』を泥の中に放置しておくなど、公爵家では重罪に値するぞ?」


「……自分を、磨く……」


「そうだ。誰かに愛されることを願う前に、貴様自身が貴様という存在を慈しめ。そうでなければ、私の隣に立つ資格などないぞ?」


「そう、そうだよね……え?」


 肩を抱かれて耳元で囁かれてポーっとしていた若葉が真顔に戻る。と、同時に心臓が執筆中の盛り上がりシーン以上に高鳴り始める。トワイスが自分を「磨けば光る原石」だと言った。それは、あの「貴族アイ」が導き出した結論なのだと思うと、さらに鼓動が周りの音をかき消していく。


「な、なによ……急に優しくして。これ、私が書いた『攻略対象のデレるセリフ』そのままじゃない!」


「黙れ。これは私の意志だ。……おい若葉、続きを書け。ただし次は、私に相応しい『本物』を隣に並べろ。……そうだなこの際、貴様をじっくり教育してやろう」


「……これ、逆転劇っていうか、私が公爵様に攻略されてるだけじゃないの!?恋愛って時間をかけるものだってさっき言ったじゃない!」


「炎のように一気に燃え上がることもあるのだよ?」


「もぉぉぉ!そんなこと言うなぁぁぁぁ!」


 若葉の叫びが、夜の街に少し幸せそうに響き渡ったのだった。






 


後日。


「おい若葉よ。ちょっと検証してやろう。こっちへこい」


「ちょっとぉ!近い!」


「これが『壁ドン』だそうだ」


「知ってるけど!ホンモノは破壊力が……!あ、もう……好きにしてっ……!」



 翌日から彼女の小説に、毒舌な公爵と、彼に愛され美しく覚醒していくヒロインの甘々シーンが激増したのは仕方ない。





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