熱狂の巨大都市と、処刑台へのパレード
翌日の昼下がり。
馬車の窓から外を眺めていたシカクは、地平線の彼方に現れた巨大な建造物の影に息を呑んだ。
それは、山そのものを削り出して作られたかのような、途方もなく巨大な白い防壁だった。空を突くような複数の尖塔がそびえ立ち、その中心には太陽の光を反射して黄金に輝く巨大な城が見える。
「ご覧ください、勇者様。あれが我らが祖国の中心、王都『アヴァロン』でございます」
「……でか、い……」
シカクの呟きは、感嘆というよりも純粋な恐怖から漏れたものだった。
シカクが住んでいた辺境の街など、この城壁の門一つにも満たないほどの極小の集落に過ぎないと思い知らされる。これほど巨大で、圧倒的な権力と富が集まる場所。
自分がこれから、この巨大な機構の中心に「英雄」として祭り上げられるのだと思うと、めまいがした。
馬車が王都の巨大な正門に近づくにつれ、シカクの耳に異様な音が聞こえ始めた。
「……地鳴り?」
ゴゴゴゴゴ……という、大地を揺るがすような重低音。
しかし、それは自然現象ではなかった。
馬車が城門をくぐり、王都のメインストリートに足を踏み入れた瞬間、その「音」の正体が明らかになった。
「う、わあ……っ!?」
シカクは思わず座席の奥へと後ずさった。
王城へと続く大通りの両側には、見渡す限り、文字通り「人、人、人」の海が広がっていた。数万人、いや数十万人はいるだろうか。王都の住人という住人が、沿道にすし詰めに集まっていたのだ。
「勇者様! 万歳!」
「我らが希望の光!!」
「神よ! 新たな勇者の誕生に祝福を!!」
地鳴りの正体は、数十万の民衆が張り上げる、狂熱的な歓声だった。
花吹雪が雪のように空を舞い、軍楽隊がけたたましくファンファーレを吹き鳴らす。沿道の窓という窓からは色とりどりの旗が掲げられ、国を挙げての異常なほどの歓迎ムードが王都を包み込んでいた。
「勇者様! どうぞ、民衆にそのお姿をお見せください!」
騎士隊長が笑顔でそう促し、馬車の窓を大きく開け放った。
「や、やめ……!」
シカクが止める間もなく、窓ガラスが下ろされ、無数の視線がシカクという一人の少年に突き刺さる。
彼らの目は、辺境の街で自分にすがりついてきた住人たちと全く同じだった。
純粋で、盲目的で、自分たちの救済を一片の疑いもなく信じ切っている、狂気にも似た期待の目。
(見ないでくれ……! 俺は、お前たちが求めているような英雄じゃない……!)
シカクは顔を青ざめさせ、ガチガチと震えながら、ひきつった笑みを浮かべることしかできなかった。
しかし、その怯えた態度は、民衆には全く違う形に映っていた。
「おお! 勇者様はあのように若く、そして謙虚な御方だ!」
「大歓声にも奢ることなく、静かに前を見据えておられる……!」
「なんて神々しいお姿なんだ!」
どうあがいても、彼らのフィルターを通せば「完璧な勇者」に変換されてしまう。
馬車がゆっくりと進むたびに、熱狂はさらに高まっていく。沿道からは、金貨や宝石、高価な魔石などが、まるでゴミのように馬車に向かって投げ込まれてくる。
彼らにとって、魔王を倒してくれる勇者に金品を貢ぐことは、世界で一番価値のある投資なのだ。
「……気持ち悪い」
シカクはボソッと呟いた。
これだけの人間に期待され、熱狂的に迎えられているのに、心の中にあるのは絶対的な孤独と恐怖だけだった。
この数十万の人間の中で、本当の自分――臆病で、無力で、血を見るのが嫌いな「死体漁りの子」――を知っている者は一人もいない。
そして、もし彼らが本当の自分を知ってしまったら、この歓声は一瞬にして「殺せ」という怒号に変わるのだ。
黄金に輝く王城の門が、ゆっくりと口を開けてシカクを待ち受けている。
それはまるで、シカクという生贄を飲み込もうとする巨大な怪物の顎のようだった。
(終わる……。ここで、俺の嘘は全部バレて、殺されるんだ……)
王城の中庭に馬車が到着した時、シカクはすでに半ば気を失いかけていた。
これから王様に謁見し、魔力や戦闘力の「測定」が行われるはずだ。そこで、自分が魔法の一つも使えない無能であることが証明される。
逃げることも、ごまかすことも、もう不可能だった。
「勇者様。到着いたしました。国王陛下がお待ちです」
恭しく差し出された騎士の手を、シカクは震えながら取った。
処刑台へと上がる罪人のように、重い足取りで馬車を降りる。
待ち受けていたのは、赤絨毯が敷かれた大広間と、玉座に座る威厳に満ちた国王、そして……。
この日、シカクは出会うことになる。
自分と同じように「神に選ばれし者」として集められた、圧倒的な才能を持ちながら、決して誰にも言えない『歪み』を抱えた、三人の天才たちと。
最弱の少年と最強の天才たちの、最悪で絶望的な勘違いの物語が、ここから幕を開けようとしていた。




