第97話 魔法研究院
その日のミリウスたち一行の予定は、学院内での授業ではなく、学院外のとある施設の見学だった。
「ほかのアーミントンからの奴は、学院内で授業なんだろ? なんだか俺たち得したみたいだよなぁ!」
無邪気に語るラスティンは、今日一番テンションが上がっている。
「それもこれも、すべてはミリウスのお陰だろ? ありがとうな!」
バンバンと背中を叩くラスティンに、ミリウスはどう答えていいものか苦笑する。
今日のこの予定は――――王族であるミリウスのための、魔法研究院視察の日程だった。
『魔法研究院』。
それは、魔法適正の高い国民が多い国において、国家の研究機関として設けられる魔法の研究・管理組織である。
その多くは魔術師たちによって運営され、その国一番の魔法研究機関であることが多い。
今日はそうした機関を案内し、リンデールの国力と先進性をウィルテシアに披露するための、先方にとっても欠かせない大事な日程だった。
「だから僕が担当者に任命されているわけだ」
フフン、とアーサーが鼻を鳴らす。
「言われてみればたしかに……研究院と学院、両方に所属してる研究者ってあんまりいないものねー」
先生は呑気に感心している。
「そうだろう、そうだろう。僕はどちらでも一目以上置かれている、すごい人間なんだ!」
「そのわりには全然モテてないけどねー」
無自覚とはいかに恐ろしいものか。
先生は容赦なくグサグサとアーサーの心臓を抉っていく。
「………………うぅっ」
人知れず物陰で涙を拭うアーサーを哀れな目で見送りながら、ミリウスはぐっと拳を握り締めた。
「先生は、魔法研究院が最後の所属だったんですよね」
「そうだね。そのあとリンデールでいくつか傭兵紛いの仕事を受けたりしてたけど、正式な機関の所属はここが最後になるかなー」
「この建物でも仕事を?」
「短い期間だけね。すぐに調査討伐隊のほうへ転籍しちゃったから――――」
「そうだぞ!! なんで転籍なんかしたんだ!? 仕事内容に不満なんてなかっただろう……?!」
壁から元気になり戻って来たアーサーが詰め寄る。
「それは……まぁ」
「じゃあなんで!? お前は僕を凌ぐ、超のつく研究オタクだったじゃないか!!」
詰め寄るアーサーをぐいぐいと押し返しながら、先生は「はぁ」と溜め息をついた。
「………………。居心地が、悪かったのよ」
「…………それはつまり」
「エリートは、エリート様たちだけで群れたいんでしょ」
「………………」
アーサーが黙り込む。
その様子からして、ミリウスも悟った。
つまりはここにも、色付きであるシホを苛む選民思想があったのである。
「予想は……ある程度してたわよ。でも……」
それでも『もういいや』となるほどに、この場所の居心地は悪かったのだ。
それは国の中でも一握りの魔術師が学院を卒業し、さらにはその一握りにまで絞られてようやく到達できる魔術の高み――最高峰ともいえる研究機関であることを鑑みると、その思想の苛烈さもまた凝縮されるだろうことは自ずと予想できた。
その程度が、あまりに先生の予想を超えていただけで。
「……ま、後悔はしてないし。いいんだけどさ」
「僕はよくない! 全然よくないぞ!?」
「なんであなたがまた…………口を出してくんの」
酒の席を経て学生時代を思い出したのか、これまで以上に突っかかってくる旧友に、辟易としながら先生はいなす。
「お前が調査討伐隊に行った話……僕はまだ許してないからな!?」
「許すもなにも…………関係ないじゃない」
「関係ないわけあるか!!」
アーサーはぐっと拳を握る。
「討伐隊の生存率――――お前だって知らないわけなかったろう……!」
「………………」
「俺がどれだけ心配したと……っ!!」
バツが悪そうに先生は顔を背ける。
「…………悪かったって。そんなに気に掛けられてるとは……正直、思わなかった」
それはいつも自分のことを棚に上げる先生らしい回答だった。
微妙な空気が一行に漂う。
それでもアーサーは気を取り直すと、きちんと当初の仕事を全うした。
魔法研究院の研究職部門を案内し、そのリンデールの先進性を見せつける。
そして一行は、次に――――魔法研究院、調査討伐隊の視察へと向かったのだった。




