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第96話 恋敵


「――というわけで、昔のあいつといったらもうそれは酷い悪魔みたいな性格の女だったというわけだ」




 男4人、当人を蚊帳の外に囲んだテーブルで、アーサーは揚々と自らの学生時代を語り上げる。


「それをこの僕が優し~く、根気強く……。地道にしつけ続けることで、ようやく今のような、一人前に教師をできる人間になったというわけだ」


 ふふん、と鼻高々に語るアーサー。

 そんな彼が掻い摘まんで語る先生の過去を聞きながら、ミリウスはこの一年、いつも笑顔で自分に接してくれた先生を思い浮かべた。


(先生は…………俺に寄り添ってくれた。初めて腕の傷を見せたとき、傷が残るといけないからと、すぐに綺麗に治療してくれた)


 おかげで現在、ミリウスの体に目立つ傷はない。


 傷を消す魔法だって、先生が教えてくれた。


(それは――――先生が誰より、求めていたものだったから)


 その魔法を、先生に授けたのがこの目の前の男だった。



「…………………………」


 複雑な感情に、もやもやと処理しきれない気持ちが渦を巻く。


(アーサーは、間違いなく先生の恩人だ)


 そしておそらく、予想が違っていなければ、自分にとっては――――にあたる。


 その事実に、奥歯を噛みしめながらミリウスは感謝と羨望、わずかな嫉妬の感情に苦悩した。





「――――ちょっと、何勝手にうちの生徒たちに適当なこと吹き込んでるの?」


「!」


 いつから起きていたのだろう。

 アーサーとの会話やその葛藤に気を取られていたうちに、いつの間にか先生がテーブルのすぐ傍まで歩いてきていた。


 まだ危うい足取りでふらふらとテーブルに辿り着き、アーサーの肩にぱしりと手を乗せ体重をかける。


「あのねぇ? どうせあなたのことだから、入学の日に盛大に私に蹴り飛ばされた話をしたんでしょうけどね! そのせいで私は、『入学早々同級生を蹴り飛ばした野蛮女』として、その後ながぁ~~~い学院生活において、接触要注意の危険人物扱いされたんだからね!?」


 そのせいで、全然、もう全然っ、モテなくて……それ以前の問題で…………と、泣き上戸に陥ったシホは『うぅうう』と顔を覆う。


「それは僕のせいじゃ……」

「傷を消してくれたとき『綺麗だ』って言ってくれたじゃない! 綺麗なら……ちょっとくらい夢見たっていいじゃないぃぃ」


 完全に酔った先生をアーサーが持て余し、うっすらと耳を赤くしながら放り出す。


「うるさい! あ、あれはだな……売り言葉に買い言葉……その場の衝動でだな……!」


 そう言いながらも必死で取り繕うさまは、きっと彼の本心から出た言葉だったのだろう。


 ぱしり、と放り出された先生を受け止めたファビアンは、その光景を生暖かい目で見つめながら、手の中に飛びこんで来たシホを流れるように自然に膝に乗せる。


「可哀想に……こんなに綺麗な人なのに。俺でよければどうだい? 今夜一晩かけて愛を囁き合ってもいいんだぜ……? もちろんベッドで」


 そうキザに格好つけて、腕の中の先生に口づけを落とそうとするものだから――――……


「ちょっと待て待て待て……!!!」

「ファビアン……っ!!!!」


 アーサーとミリウス、二人掛かりでファビアンからシホを引き離す羽目になってしまった。




「…………なにをマジになってんだ。冗談に決まってんだろ」


 ファビアンの冷めた目に、ミリウスは腕の中の先生を抱き締める。アーサーもまた、先生とファビアンの間に立ちはだかっていた。


「…………馬鹿らしい。俺、もう寝るわ」

 来いよ、ラスティン。そう言ってファビアンはラスティンを連れて行こうとする。

 そして去り際に、


「おーい。間違っても送り狼になんてなるんじゃねーぞ。……誰とは言わないが」


 そんなことを言って去って行った。






「………………」

「………………」


 腕の中の先生は、すでに本格的に寝入ったのか、ぴくりとも動く気配がない。


「………………なぁ」

「………………なんでしょうか」


「そいつ……重いだろう。僕が部屋まで送っていく――」

「大丈夫です」


 ぴしゃりとミリウスは断ち切った。


「先生は『俺たちの』先生ですし、ご心配には及びません」

「いや、仮にも王子殿下にこんな奴を運ばせるわけには――」


「『大事な』俺たちの先生ですから。鍛えていますし、先生ひとりくらいどうということはありません」


 絶対に譲歩できない。

 そんな強い意思が、バチバチと互いの眼差しから散っていた。



「…………ハァ、しかたない」



 そうして結局、睨み合うこと5分。


 二人で出した結論は、二人で先生を部屋まで送り届けるということだった。



 暗い部屋の寝台に、先生をそっと横たえて。

 そして布団をかけて部屋を出たとき――ミリウスは確信していた。



 この男、アーサーは。


 紛れもない自分の――――シホを巡って争う『恋敵』だと。


 おそらくアーサーもそう認識しているだろう視線を感じながら、二人は遅い夜更けに無言で静かに別れたのだった。






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