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第95話 遠き日の思い出 3


 それからというもの、アーサーのシホへの挑戦の日々が始まった。

 授業や、それ以外。何かと理由をつけてはシホへと突っかかり、勝負を挑む。


 最初は面倒くさそうにしていたシホも、やがてそうした生活に慣れていったのだろうか。

 気づけばアーサーと同じように、顔を突き合せて競い合う、互いにライバルだと認め合う関係になっていた。



「21勝25敗7引き分け……クソっ、また勝てなかった!!」


 授業での模擬戦でしこたまシホに叩きのめされたあと、アーサーは毒ついた。


「それでもよく守ってたじゃない。私も一発貰っちゃったし……」


 なんでもないように言うシホのこめかみには、赤い跡がついていた。


「悪い…………顔を狙うつもりはなかったんだ」

 アーサーは一応詫びる。が、

「?」

 シホはきょとんと意味がわからないといった表情をした。



「お前……お前だって一応女なんだろ。その……顔に傷ができたら、嫌だろう……??」


 それで人間の価値が決まるとは思わないが、大人の女はこぞって皆化粧をする。

 それはつまり、少しでも自分の見目をよく見せたい……そういうことではないのだろうか。

 そう、アーサーは理解していた。


「あぁ……そうだね。まあ、私はあまり気にしないかな……」


 その奥歯に物の挟まったような言い方が気になった。

 『そうは思うけれど、それは私には意味がない……』そんなことを言っているように聞こえたのだ。


「そういえばお前……いつも怪我が多いよな。出会ったときも傷だらけだったし……お前の師匠、そんなに厳しい人なのか?」


 シホは決まって長期の休みや週末になると、故郷や都の商会に泊まっているという師匠のもとに出向いて稽古をつけてもらっていた。


 そして帰ってくるのだが……その度にいつもボロボロになっているのである。


「その額の傷も稽古の勲章か?」

「ん? あぁ……これは………………」


 シホは沈黙した。

 いつもなら『稽古の傷は努力の勲章!』とそう言って、笑い飛ばすたちなのに、その瞳が一瞬暗く歪んだ。


「………………別に、大したことないよ」


 そう言って立ち上がろうとするシホに、慌ててその腕を取る。


「ちょっと待て! ……じっとしてろ」


 アーサーはシホを引き留め座らせると、その額に手を翳して呪文を唱える。


「………………よし、大分消えたな」


 それは、傷跡を消す呪文だった。

 鏡を渡して見せると、シホはその鏡を食い入るように見つめた。

 そして、

「傷跡が、消えてる…………」

 感嘆の息をほぅとついた。


「どうだ、すごいだろ」

 フフンと得意気になったのは、シホの知らない呪文を披露してやった満足感からか。

 胸を張ったアーサーを、シホは子供のような素直な瞳で見上げてくる。


「………………なんだよ、何かあるのか!?」

「それって…………ほかの傷も消せる?」


 揺れるような、願うような。

 小さな蝋燭の灯火のような細い声だった。


「それは……やってみないとわからないが」

「お金…………少ないけど払うから」

「っ! そんなものはいい!」


 別に金が欲しくてこの呪文を見せたわけではない。


「それで、どの傷を消したいんだ」

「………………たくさん」



 それきり、シホは何も喋らなかった。


「それじゃあ、放課後、お前の部屋で…………は、色々何かと問題があるか。ッごホン、じゃあ空き教室をひとつ押さえておく」


「…………ありがとう」


 ちいさく、本当にちいさくシホは礼を言った。





           *




 放課後、ひと気のない空き教室で、アーサーは軽装になったシホを前に、正直……怯んでいた。


「お前…………」


 消したい傷跡がある。

 そうは言ったが、その数が授業中の比ではない。

 おびただしい数の傷跡が、シホの体中には残っていた。


「お前、これ……!?」


 聞けば、その大半は師匠との修行でできた傷だという。

 どれも傷自体は癒えているものの、少女の体には似つかわしくない痛々しい傷跡が、痣や裂傷痕となって、彼女の全身に散っていた。


「本当に……これは修行か!?」

「うん。師匠は私を強くしてくれてるから」


 ともすれば虐待だと思いかねないそれに、アーサーは顔を顰める。

 シホはそう言うが、聞けば修行は度を超した苛烈を極めていた。

 裂傷や骨折などはよくあることだという。

 なかでも骨折などは、ヒビ程度まで含めると、折れていない骨がないかもしれないと笑うほどに酷かった。


 アーサーの不穏な視線を感じ取ったのだろう。

 シホは慌てて師を庇う。


「それに、傷は全部師匠のせいってわけじゃないし……!」

「じゃあほかに何があるんだよ」

「………………」

「言えないのか。言えないのなら、僕にとってはないのと同じだ」

「………っ!」


 追い詰められたようにシホの顔が歪んだ。


「それは…………」


 言いたくないのか、言えないのか。

 逡巡したのち、シホは負けたような、悔しそうな声音で絞り出すように小さく言った。


「石を…………投げられたから」

「…………」

「私は…………半端者の、色付きだから」

「っ!」


 そう言ってくしゃりと前髪を押さえるシホ。

 その下にあった先ほど自分が消した傷跡は、つまりは――――そういう跡だったのだろう。



「お前はッ…………!」



 だからこいつはこんなにも傲岸不遜で。

 周囲の人間を見下していて。

 いつも無意識に警戒していて。

 何事にも関心がないような目をしていて。


 誰にも、何にも。自ら関わろうともせず。

 自分の殻に、閉じこもり続けているのか。


「っ――――――!」


 憤然とした怒りが、アーサーの体中を襲った。

 傷跡を隠すように小さくなるシホに。

 彼女をこんな状況に置いた馬鹿共に。

 そうしてそれを――――何も知らず、何も知ろうとせず、ただただ傲慢な奴だと決めつけようとした自分に。

 全てに腹が立った。



「――――立て!」

「……?」

「いいから、立て!!」


 無理矢理シホを立たせると、教室の椅子に腰かけさせて、問答無用で傷を消していく。


「見える場所の傷は……消してやる。見えない場所の傷は…………あとで呪文を教えてやるから、自分で消せ」


 魔術師にとって希少な呪文はそのものが価値である。

 まさか呪文自体を教えてもらえるとは思っていなかったのだろう。シホはただでさえ大きな目を丸くした。


「ありがとう…………」

「礼なんて言うな。気持ち悪い。――――それよりもあとで報酬を貰うからな」

「……!」


 報酬、と聞いて身構えたのだろう。

 シホの体がわずかに硬直する。


「別に金を取ろうってわけじゃない。……僕は金に困っているわけじゃないからな」

「それなら……何を……」


 金ではないと聞いて、それ以外の報酬に見当が付かないのだろう。

 シホは困惑に瞳を揺らした。


「僕への報酬は――――」

「報酬は……?」


 一拍、呼吸をおいて考える。


 自分が最も、欲しいもの――――。



「僕への報酬は……シホ・ランドール!!」

「はいっ!」


「お前はこれからも――――傲岸不遜で、傍若無人でいろ!!」






「………………」


「………………」


「……………………はい?」



 意味がわからない。頭がおかしいんじゃないか。

 途端にそんなことを言いたげな、胡乱な瞳にシホの視線が変わる。


「べ、別にお前のためじゃないからな!! 報酬がそれなのは、僕のためなんだからな!!」


 夢中で言葉を紡ぐ。必死だった。


「お前は僕のライバルだ! なのにそんなお前がしおらしく根暗にいたら、ライバルである僕の価値まで落ちるだろう!? だからお前には、絶対に誰にも負けない、勝てる気もしないだけの、強敵でいてもらわないと困るんだ!!」


 それが心からの――――本心だった。



 この生まれて初めてのライバルには、いつだって自信満々に輝いていて欲しかった。

 胸を張って、颯爽と髪をなびかせて。

 その『半端者』と揶揄する者が多い鮮やかな容姿で、この世に蔓延るつまらない者どもを、けちょんけちょんに蹴散らしていって欲しかった。


 それを、一番身近で見られるその光景に――――自分自身、誰よりも強く、憧れていた。



「だからお前は、今までのままでいろ。変に気を遣うなっ」


 視線を合わせないように、傷跡を消すことに集中する。

 再度呪文を唱え始めると、シホはそれきり黙り込んだ。



(目を……合わせられない……)


 視界の外から聞こえる、シホの吐息ひとつにドキドキする。

 彼女がいま、どんな顔をしているのか、直視できない。


「……………………」

「……………………」


 無言の緊張感が、部屋を満たす。


 そんなときだった。



 ぽたり、と。何かが頭に滴り落ちたのは。



「………………っ、……ありがとう、アーサー」



 そうして柔らかく包み込まれた腕の熱さを、アーサーはそれから何年たっても忘れることはなかった。


 縋るように抱きついてきた細い腕を、夢にまで見るほど強く心に焼き付ける。





 その日からだった。


 アーサーの日常にも、夢の中にも、ただ一人の少女が笑って姿を見せるようになったのは。


 その少女は、燃えるような命の色をした、美しい赤色の瞳をしていた。






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