第93話 遠き日の思い出 1
アーサー・フラムスティードが都にある魔法学院に入学したのは、もうすぐ14になるかという冬の終わりのことだった。
冬の長いリンデールの雪の残る坂道を、周囲の在校生よりはるかに狭い歩幅で必死に登ったのを覚えている。
(ザクザクと……簡単に登りやがって。図体だけデカい木偶の坊どもが……!)
自分より最低4つ以上は年上の彼らを見上げながら、息を切らして登り切る。
アーサー・フラムスティードは神童だった。
家は地方発の商会だったが、曾祖父の代から都に大店を構え、アーサー自身も都で育った――――いわゆるボンボンの3男だった。
幼い頃から運動は苦手だったが勉学に優れ、どんな学問でもすぐさま習得し、周囲からは『神童』とそう称えられていた。
それが親や家庭教師からのただの身内贔屓でないことが証明されたのが、魔術の殿堂――リンデール魔法学院への史上最年少級での入学だった。
(どこのバカだ、11で入学した奴がいるなんて――――)
そのせいで本物の『史上最年少』の称号は取れなかったが、それでも13での入学も異例中の異例には違いない。
遠い過去の記録を呪いながら、アーサーは城門をくぐった。
――これからこの場所で、自分の輝かしい未来が始まるのだ!
「………………」
そう見上げた魔法学院の校舎、その前庭に、その日アーサーは似つかわしくない一人の影を見つけてしまった。
(子供…………?)
自分だってそうだろうに、周囲の人間よりも遥かに低い背丈のその影に、アーサーは相手が子供だとそう判断した。
その子供は、長い黒髪をマフラーの中に仕舞い込んでいた。
「お前…………迷子か?」
髪の色から見るに、異国人だろう。
そんな子供がこの場所にいるなど、迷子としか思えなかった。
「……………………」
ザクザクと雪を踏み分けて近寄った子供は、思いのほか背が高く、アーサーとちょうど同じくらいの背丈をしていた。
同じ高さで合った目は、印象的な血のような赤色をしていた。
色の薄いリンデール人らしからぬ容姿に、温度を感じる瞳に、一瞬呑まれたように引き寄せられる。
その子供は――――ぽつりと呟いた。
「…………なに?」
「っ、だから、僕はお前は迷子かって聞いてるんだ」
「…………違う」
「!」
その子供は、寡黙だった。
その子供――――いや、年齢は近そうだから女子というべきだろうか――は、都ではあまり見ないような手入れのされていない髪をしていた。
不潔ではない。が、櫛を入れ油を差すことにまるで興味がない、意味がない――――そう感じているような、適当な手入れしかされていない髪だった。
ボサボサの黒髪と、やたら怪我跡の多い顔。こちらを窺うような警戒心の伴った瞳――――それらすべての影響だろうか。
(…………狼の子供みたいだ)
そう思ったのが、第一印象だった。
「……じゃあなんでこんなところにいるんだよ。ここは魔法学院、魔法を学ぶ学校だ!」
暗に『お前の来るところじゃない。早く親元に帰れ』とそう言ったつもりだったが、その少女はまったく予想外なことを口にした。
「……だから来たの。私もここに、入学するから」
「………………は?」
意味がわからなかった。
将来の話だろうか。異国の、まだ13歳かそこらの子供が?
アーサーの混乱を読み取ったのだろう。
その少女は、続けてこう言った。
「私は、今日からここに入学する。この学院の生徒になる人間よ」
「…………………………ちょっと待て」
「?」
「お前、いくつだ…………」
「なにが?」
「年齢だ!」
そんな馬鹿な、そんなことがあるはずがない。
こんな、ちんちくりんで、リンデール人でもない人間が。
「…………13」
「――――――!!」
そう、彼女が口にしたとき、アーサーのなかで何かがガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
――栄光に満ちた、輝かしい未来。
その門出を飾る『史上最年少級の若さで入学』という花道が、途端にどこの誰かも知らないヤツと並んで歩む、平凡な道に成り下がった。
「ぐ……ぐぐぐ…………」
「?」
「僕は……僕は認めないからな……!! 絶対、お前なんかと……一緒にされてたまるか!!」
そんな簡単に入学できる場所であっていいはずがない。
この、魔法学院は。
(こんな奴と一緒にされてたまるか……!!)
「お前……放課後、修練場に来い!! どちらが上か勝負だ!!」
証明しなくてはならない。
誰が本物の『神童』なのかを。
そのためにアーサー・フラムスティードは、今日出会ったばかりのその少女――――のちにシホ・ランドールと名乗る同級生に、決闘を申し込んだのだった。
*
「最悪……最悪だ」
アーサーが教室に入ると、しばらくして、あの前庭で出会った女子も教室に入ってきた。
身に纏うのは、紛れもない学院の生徒であることを示す黒のローブ。正真正銘の同期入学生だった。
(しかもクラスまで一緒だと…………)
年齢が近いからなのか、教師は何かにつけて二人をセット扱いで処理しようとする。
それがアーサーには我慢ならなかった。
「おい、お前!」
シホ・ランドールとそう自己紹介の際に名乗ったその女子は、つまらないものを見るような目でアーサーを見る。
(色付きの……半端者のくせに……っ!!)
アーサーが『本物』を見たのは実際初めてだったが、そう呼ばれる存在がこの国にはいることを以前から知識としては知っていた。
愛だの恋だので故郷を蔑ろにした裏切り者。
いや、実際にはその裏切り者の子供――か。
どちらにしろ、アーサーから見ればセット扱いに怒りも甚だしい噴飯物の存在だった。
(絶対に…………叩きのめしてやる……!)
自分を見もしない、さして気にもかけていないような瞳に、アーサーは決闘での勝利を固く誓ったのだった。
*
「それで……許可は取ってるの?」
放課後、修練場を訪れた憎き敵――シホは、気だるげに場内を見回してそう言った。
「もちろんだ。事務室に使用許可証も提出してきた。問題ない!」
「………………」
学院の修練場は、校舎となる長い講堂窟から伸びたさらにその先にあった。
かつては大きな鉱床のあった場所なのだろう。
天まで大きく彫り広げられたその場所は、洞窟のなかにあってもまったくその狭さを感じさせない、外の闘技場のような広さを誇っていた。
(勝負と聞いて、さすがに身構えたようだな)
目の前のシホは、黒のローブではなく、実技用の運動着を着ていた。
(ちょこまかと逃げ回るつもりか――?)
しかしそんなことをしても無駄である。
アーサーは入学したばかりだが、戦闘用魔術の腕にも自信があった。
もちろん魔物退治の実習をしている上級生にはまだ及ばないが、それも経験がないだけで、十分通用するものだろうと自負している。
(こんなちんちくりん一人くらい――――)
すぐにだって、打ち負かしてやる。
「勝負の方法は?」
「相手を倒したほうが勝ちだ! 一度きりの勝負だからな、負けても文句を言うなよ!」
互いに修練場の端に距離を取って佇む。
――中距離魔法で一発。
それで終わる話だった。
(さすがに可哀相だから防御魔法のひとつでもかけてやるか……)
そんなことを一瞬思ったものの、シホの淡々とした何を考えているかわからないような瞳を見ていると、そんな気も失せてくる。
(やっぱりやめだ。あいつは全力で――叩き潰す)
手加減などしてやらない。
どちらが上か、その身を持って体感するといい。
そして僕のほうが上だということを、認めさせてやるのだ。
「準備はいいか!?」
こくり、とシホは頷く。
その何も身構えていないさまがカチンと頭に来て――――アーサーは持ちうる詠唱魔術のなかで最も攻撃力の高いものを彼女の側に叩き込んでやろうと腹に決めた。
「それでは――――始め!!」
勝ち負け二言のない勝負が始まった。




