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第92話 歓迎会の夜


 魔法学院に到着してから早2日。

 この日の夜、ミリウスは宿泊する宿の食堂で、ファビアンやラスティンたちと3人でテーブルを囲んでいた。


 夕食はすでに終えている。先ほどまでここで、遅い歓迎会と称して、アーサーやシホ、ほかのウィルテシアからの留学生や引率教員と共に夕食会を開いていたところだった。


 そして解散の号と共に、ほかの面々は各々の家や部屋に返っていったというのに、ミリウスたち3人は未だにテーブルに残っていた。


 その理由は…………目の前にある。



 食堂の一角、奥のバーカウンターで、シホとアーサーが酒の席を共にしているからだった。


 二人きりで隣の席に腰かけて、過去の話で盛り上がっているのだろうか。

 楽しそうに二人は話していた。


 こうなったのは、時を半時間ほど遡る――――夕食会を終えた直後のことだった。







「……あの…………ファビアン先生」


 何故かそう敬称をつけて、夕食会を終えた直後のシホは、ファビアンのもとにやって来た。

 もじもじと若干俯いて、上目遣いのその様は、まるで子供が親に何かを強請(ねだ)るときのようだ。


「ん? なんだ?」


 ミリウスの隣にいたファビアンがぶっきら棒にそう答える。


「その……アーサーとですね。久しぶりに会ったので、酒でも飲みながら話をしないか――と誘われまして……」

「………………」


 なぜその許可をファビアンに求めるのかミリウスにはわからなかったが、当のファビアンはしばし沈黙したあと、ひとつ深い溜め息をつくと、


「わかった。行ってこい」


 と、シホを送り出した。



 ありがとう!と子犬のように目を輝かせて手を振りながら去るシホは、すぐさまバーカウンターで待つアーサーの隣の席に着いた。


 着くなり『なんで生徒の許可が必要なんだよ』とか『別にいいでしょ。こっちの話なんだから』とまたしても小競り合いのような会話が聞こえるが、それも気安い間柄だからこそできる会話なのだろう。

 言葉自体は素っ気なくとも、そこには長年の間に培った互いへの信頼のようなものが垣間見えた。



「……………………」

「…………気にくわねぇよな、あいつ」


 ミリウスが沈黙していると、隣でファビアンが頬杖を突きながらそう呟いた。


「何が――」

「アーサーだよ、アーサー。あいつ、中身は俺たちとそう変わらない癖して、年上風吹かせやがって……。うちの担任と同じってことは、二十歳だろ? 別にそれほど変わらねぇじゃねぇか」


 どうやらファビアンはアーサーに思うところがあるようだ。校内見学や授業の最中も、シホと親しく話すアーサーを見ながら、いつもどこか冷めた目をしていた。


「ガキのころの付き合いをいまも引きずって……ぜってーあいつダチも女もいねぇだろ」


 なかなかに辛辣である。

 いくら口が悪いファビアンでも、ここまで相手をあからさまに悪く言うことはほとんどないのだが……。



(いや、人のことは言えないか――――)


 あえて口にはしないミリウスも、内心では快く思っていないのは同じだった。


(彼は……悪い人間ではないと思う)


 ともすれば素直で純粋な、真っ直ぐ裏表のない人間に見える。


 が、その本来なら自分が好むだろう好感を覚えるはずの人物にここまで抵抗を覚えてしまう理由は――――……

 ただひとつしかない。



(先生は…………アーサーのことをどう思っているんだろうか)



 ミリウスの目には、アーサーは先生に特別な思いを抱いているように見えた。

 別に何か決定的な言葉を聞いたわけではない。

 が、傍で接しているうちに、その言動、行動の端々で感じるのだ。


 先生への、滲むような親愛の情を――――……。


 それが恋慕でないとどうしてそう言い切れるだろう?


 自分だって、似たような想いを抱えているくせに。


 自分がそうであるからこそ、アーサーの思いを敏感に感じ取っているようなところがあった。



(アーサーは、俺よりずっと昔から先生を知っている……)


 それこそ自分がまだ12かそこらの子供だったころから、先生を見続けてきているのだ。

 そこには決して自分の立ち入れない、二人だけの絆のようなものがあった。



「――けどさ、アーサーっていい奴でもあるよな? ぜんぜん偉ぶらないし、俺は好きだぞ」


 ぐるぐるした気持ちを抱えていたところに、そよ風のようにラスティンの爽やかな声が吹き込む。


「またお前は……そうやってくだらないところで善人ヅラしやがって」

「だってそうじゃん? 名前だって先生なのに呼び捨てでいいって言ってくれるし。本当は偉いトコのエリートで、学生時代の成績だって先生よりよかったんだろ? なのに全然俺たちと対等に話してくれるじゃん」


 ――『僕が首席で、こいつが次席だからな!』


 フフンと鼻を鳴らして、そう自慢げに胸を張ったアーサー。

 あのときから自分たちは『意外に子供っぽい人なんだな……』と、彼を必要以上に敬わずに済むようになったのだった。


「なんかさー、そういうとこってさ。先生とも通じるとこがあるじゃん? 俺は好きだけどなー」

「…………」


 似た例としてシホを出されてしまえば、ファビアンもそれ以上攻撃はできなくなってしまったのだろう。

 ぷいとそっぽを向いて、テーブルの上の飲み物を黙って流し込んだ。


「な、ミリウスもそう思うよな?」

「…………あぁ」


 ――先生のことは好きだ。

 ――だからこそ同類のアーサーも好きになれるはずだった。


 ……が、実際は胸にチクチクと刺さる棘が引っかかり、そうは思い切れなかった。


 親友に嘘をついてしまう罪悪感を抱えながら、ミリウスもまた黙って飲み物を口にするのだった。






            *




 それからしばらくして、ガタリとバーカウンターのほうから椅子を引く音が聞こえた。


 一斉にそちらに視線を向けると、アーサーが立ち上がり、こちらに向かって歩いてくるところだった。


 先生は――――酔い潰れて眠ってしまっているのだろうか?

 バーカウンターに突っ伏して、穏やかに肩を上下させていた。



「あいつは……いつもあぁなのか?」


 バーカウンターからミリウスたちのテーブルへと席を移したアーサーが、椅子に腰かけながら問いかけた。


「機嫌良さそうに飲んでいたと思ったら、いくらも飲まないうちに舟を漕ぎ始めたぞ」


 同じリンデール人でもアーサーは酒に強いのか、頬はうっすら赤みを帯びているものの、素面(しらふ)とそう変わらなそうに見える。


「そうか……それでお前たちがここに。――どうやら随分と慕われているようだな、あいつは」


 言葉はなくともミリウスたちの反応から何かを察したのだろう。アーサーは得心したように瞼を閉じる。


「随分と…………人は変わるもんだ」


 それは人の影響か、国柄の影響か――――アーサーが考察を始めたところで、ファビアンが不満そうに横槍を入れる。


「『僕はあいつの別の顔を知ってます』――ってか。わざとらしい。んなアピールいらねぇんだよ、こっちは」

「…………そうだが。それがどうした?」

「!」

「お前たちだって、僕の知らないあいつを知っているのだろう。お互い様だ」


 そう語るアーサーは、グラスの縁を指でなぞりながら問いかける。


「あいつは…………ウィルテシアでは上手くやっているのか?」

「ええ。多くの人々に慕われ、頼りにされています」


 ミリウスが見てきたシホは、そうだった。


 赴任初日から、突飛な行動で人々を惹きつけて。でもその確かな実力と気さくな人柄で、誰もが彼女に好感を覚えた。

 自分のように――――惹かれていった。


「そう……か。ならウィルテシアに行ったのも、あいつにとってはよかったのかもしれないな」


 そう視線を落とすアーサーは、どこか寂しそうだった。



 その姿がどこか他人事とは思えなくて、反射的に問いかけていた。


「リンデールにいたころの先生は……そうではなかったんですか?」

「……………………」


 アーサーは黙したままだ。


 が、しばらく黙ったのち、アーサーはゆっくりと口を開いた。


「そうだな……お前たちになら、話しておいてもいいかもしれないな」


 アーサーはテーブルの上に過去を見るかのように、遠い昔語りを始める。




「僕があいつと出会ったのは――――魔法学院に入学した13歳の終わりのころだった」






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