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第90話 校内見学 1


 リンデールの魔法学院は、先生の言ったとおり、内部に入ってしまえば時間感覚のわからなくなる建物だった。


 前庭に面した聖堂風の校舎部分や、窓のある部屋はいい。が、ひとたび奥に進み岩壁をくり抜かれて造られた『洞穴』部分に入ると、外光も射し込まず気温の変化もそれほどない、まったくの静謐に満ちた空間に様変わりした。


(それでも照明は絶えず焚かれているし、生活面で不便はなさそうだ)


 ミリウスが、よくぞこれだけの構造物を岩壁をくり抜いて造ったと感嘆していると、先生は得意気に微笑って振り返った。


「すごいでしょ。元は魔石採掘用の坑道だったらしいよ」


 それを拡張して、遠い昔の魔術師たちが住居に――そして魔法学院へと造り替えていったらしいと先生は語った。


「でもなんでこんな面倒なこと……。外に造ればいいじゃん」


 ラスティンの疑問は、誰もが一度は思い浮かべる疑問だろう。


「そうだねー、十分な土地があったらね。昔はこの街もいまのように開拓されていななかったから、坑道を利用したほうがいろいろと都合がよかったんじゃないかな? 岩の中だと、雪や寒さもあまり気にしないで済むからね」


 いまのように発展していない古代では、そのほうが都合がよかったのかもしれない。

 迫害されてこの地に逃げ延びたというリンデール人の歴史を思えば、その理由も納得ができた。



「…………。お前、本当に教師をしてるんだな」


 案内役として列の先頭を歩いていたアーサーが振り返った。

 そのすぐ後ろにいるのは先生で、彼女はアーサーの言葉に反応してすぐにそちらに顔を向ける。


「当たり前でしょう」

「意外過ぎる」

「は!? 私からすればあんたが講師をしてるほうが――」


 そうして二人は小さな衝突を繰り返すのだ。



 ……仲睦まじげに。




 それは、子供のころから二度と返らない時間を共有した者だけが持つ独特の雰囲気だった。


 ミリウスがどれだけ望んでも手に入らない『本物』の二人。


「………………」


 羨む気持ちが表情に出てしまっていたのだろうか。

 先生と言葉を交わしていたアーサーはふとこちらに視線を向けると、目を眇め、さっと前に視線を戻した。


 そして『行くぞ』と短く言って、再び前に向かって歩き出した。





            *




 学院内に入ってからは、一通り校内を案内されたあと、リンデール側からもう一人の引率役が現れて、リースター以外の生徒たちとは別々の行動になった。


 いまこの場に残されているのはミリウス、ラスティン、ファビアン、それに引率のシホとアーサーの5人だった。


「授業は明日からになるが……それまでにどこに行きたい? 案内できるのは今日までだぞ」


 アーサーがぶっきら棒に希望を募る。


 ミリウスが周囲を見回せば、ラスティンは『修練場は見たし……』と言い、ファビアンは『図書室はあとで自由に行けんだろ?』とほかには興味なさそうにしている。


「ミリウス、どこか行きたいところはない? もちろん明日以降でも私が案内できる場所なら案内するんだけど……」


 そう言ってくれる先生に、ミリウスだってシホと二人で行けるならそちらのほうがずっといいとそう思う。

 だが、あくまでいまは部外者――学外の人間である彼女には、彼女が知っていても案内が許されない場所はあるだろう。


(………………)


 ミリウスは一考したのち、こう切り出した。


「先生の…………」

「?」

「先生の、好きだった場所はどこですか?」


 ミリウスは、それが知りたかった。

 リンデールの魔法学院が素晴らしい場所であることは承知している。魔術の殿堂だ。

 その説明は、今日のアーサーや、明日以降の授業で、他の者が嫌というほど説明してくれるだろう。


 それならば自分は、先生の目を通したこの場所が知りたかった。

 場所を通して――――少しでも、過去の先生に触れたかった。



「え、私が好きな場所……??」


 突然話を振られたからだろう。シホは戸惑っている。


 そんな様子を横目で見ながら、アーサーがぽつりと呟いた。


「眺望台じゃないのか?」


「!」


 先生も思い出したように顔を上げる。


「あぁ、確かに!」


 先生の好きだった場所をほかの人間に言い当てられた事実に胸にもやっとしたものを感じながらも、先生が嬉しそうに校内を先導する姿に、その姿が過去の学生時代の彼女と重なった。


(先生も、この学院の生徒たちのように――無邪気な学生時代があったんだろうか……)


 道行く黒いローブを着た学生たちのように。その身を魔術師らしいローブに包んで、学内を無邪気に歩いていた――そんな日々があったのだろうか。



 思わず眩しく感じてしまうその後ろ姿に目を眇めていると、ふと隣で、同じように目を眇めてシホを眩しげに見る眼差しがあることに気がついた。



 ――――アーサーだ。


 彼はただただじっと、シホのことを見つめていた。






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