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第89話 旧友


 それからというもの、村を出てから都に着くまでの間、シホの傍には常にミリウスが寄り添っていた。


 少しの休憩で馬車を降りるにも、必ずついてきてシホの傍を離れないのである。


(これは……気遣われてるのかな?)


 シホが色付きだと蔑まれる立場だとわかった以上、これ以上そう呼ばせまいと、賓客であるミリウスたちが傍に立つことで、守ってくれているのかもしれない。


 教師のはずが、生徒に気遣われるようになってしまったことに、肩身が狭いような……そんな気遣いを見せられるようになった彼らの成長が嬉しいような……不思議な心地でシホは佇む。


「……先生?」


 ミリウスが不思議そうにこちらを覗き込む。


 若干距離が近い気もするが、これはわざとなのだろうか?


 時々距離感がおかしくなる彼に、シホは戸惑う。


 が、それも、ラスティンやファビアンたちが戻ってくると、いつも間にか元どおりになっているからさらに不思議だった。


(気のせい……?)


 学園祭を経てからというもの、何故か彼の立ち位置が妙に気になってしまう。


 シホはとりあえず考えることをやめて、馬車に戻ることにした。



「さ、次に馬車を降りるときは都よ。あともう少し、頑張りましょう!」









 久々に訪れたリンデール公国の都は、相変わらず坂の多い街だった。

 急峻な岩肌に張り付くように伸びた街は、右に左にと通路が入り組み、階段のような街を形成している。


 おかげで街の入り口から、おおまかに街全体が見渡せた。


「あちらが魔道具街、あちらが武具職人通り。あの尖塔が教会で、毎日定刻に鐘が鳴るから、時間管理には困らないと思う」

「時間管理……?」


「あー……行けばわかると思うんだけど。ここの魔法学院って、時間感覚がわからなくなるんだよねー」


 まだあの『穴ぐら』を知らないミリウスたちに、シホはそっと目を閉じる。

 そんな彼らを歓迎するように、教会の鐘が荘厳に鳴り響いた。





           *




 魔法学院の入り口は、この街では貴重な広大な平地に構えられた城壁の先にあった。

 くすんだ岩肌色の城門をくぐると、広い石畳式の前庭が現れる。

 その先に、岩肌に張り付くように立てられた大聖堂風の建物があった。


「あれが校舎の入り口よ」


 シホは言って、生徒たちを導く。

 その校舎の前には、出迎えのリンデール側の教員だろうか。一人の男が立っていた。


 白衣をたなびかせた男は、仁王立ちをして腕を組んでいた。

 なかなかに尊大な態度の男だ。

 しかしその容貌は、リンデール魔法学院の教師を務めるに相応しい、純粋なリンデール人らしい容姿だった。


 雪のように白い銀の髪。日焼けをせず、相変わらず不健康そうな青白い肌。

 陽光にきらりと反射する眼鏡のその向こうには、新緑を薄く溶いて乗せたような銀雪の瞳――――――。



「遅い!!」


 男が、まだ若い青年の声でそう叫んだとき、シホは反射的に声を上げていた。



「アーサー!!? なんであなたがここに……」

「まずは遅刻を詫びろ! 僕を一体どれだけ待たせれば気が済むんだお前は!」



 リンデール魔法学院留学記。



 その1日目は、学生時代の旧友に会うところから始まった。






          *




 アーサー・フラムスティード。20歳。

 彼はシホの魔法学院時代の同期だった。


 13の年にシホが学院に異例の若さで入学したとき、同じく同い年で入学したのが彼だった。

 それから4年。共に飛び級で史上最年少の冠をつけて卒業するまでの間、何かと競い合い、衝突し合った仲である。


(正直友人というよりは腐れ縁といったほうが近いけど……)


 シホがそう望んだわけではないが、何かにつけてアーサーが勝負を持ちかけ突っかかってくるせいで、周囲の目には友人というか、相棒扱いになっていたのは事実である。


 そしてその性格は……


「なんだその目は! 僕はここで2日も待ってたんだぞ!?」


 大人になったいまも、変わっていないらしい。




「別にずっとここに立ってたわけじゃないんでしょう? いいじゃない」

「よくない! 僕は忙しいんだ!」

「ならなんでここにいるのよ……。魔法研究院の仕事があるんじゃなかったの?」


 シホの最後の記憶では、彼はシホと共に魔法研究院に就職したはずだった。

 途中で調査討伐隊に転向したシホと違って、研究部門のエリートコースを歩んでいたはずだから、本来ならこんなところにいる暇はないはずだ。


「もしかして…………クビになった?」

「違う!!」


 アーサーは神経質そうな顔に青筋を立てて、これでもかと眉を吊り上げている。


「いや本当に……実際なんであなたがここにいるの? 学院に転職でもしたの?」

「僕はいまでも研究院所属の人間だ……。ただ、時折講師として学院に指導に来ているだけだ」


 それがどうして、ここでシホたちの出迎え役などしているのだろう?


 疑問が、そのまま顔に出ていたらしい。

 アーサーはふんと鼻を鳴らすと、すぐさま回答をくれた。



「お前、僕をウィルテシアの軍部に、結界修復師として紹介しただろう」

「!」

「今年の夏前に、僕のところに話が来た。それでどこのどいつがこの忙しい僕に余計な仕事を押しつけたのかと思って問いただしてみれば……シホ、お前だ!」

「あは、あははは……」


 たしかに魔法研究院のエリートコースなら、忙殺の極みな日常だろう。

 それはシホも理解していたが、シホの知る限り最も優秀な専門家で、気軽に推薦できる相手など、彼くらいしかいなかったのだ。


「それは……ごめんって」

「ごめんで済むか!!」

「でもウィルテシアでも結界の評判はよかったみたいだよ?」


 テヘと視線を逃しながら笑顔をつくってみせれば、アーサーは『当然だ』とふんぞり返った。


「僕が見た結界だぞ? 評判が悪いはずがない」

「なら……」

「それとこれとは話が別だ。それにシホ、お前という奴は……」

「!?」


 途端にアーサーが、おどろおどろしい気配を出して詰め寄ってくる。


「魔法研究院に就職したと思ったら、知らないうちに勝手に調査討伐隊に転籍して……。おまけに今日も生きて帰ったかと聞いて回ってみれば、ある日突然、僕に何の連絡も相談もなしに勝手に退職しただと……!?」

「……うっ」

「それでようやく探し当ててみれば、今度はウィルテシアで教師をしている!? しかも引率者としてリンデールの魔法学院に来る!? ……ここまでされて、僕が出てこないわけがないだろうが……!」


 恨み辛みの篭もった目で、じとりとアーサーはシホを睨めつける。


 つまりは……今回のこの出迎えは、アーサーから志願したものらしい。

 長年の不満をシホにぶつける、ただそれだけのために。


 シホは肩を怒らせるアーサーに、魂の抜けた遠い目をした。






「……で? お前らが知り合いだってことはよぉ~くわかったけどよ。そいつ、誰なんだよ」


 呆れたような眼差しで、生温くシホたち二人を見ていたファビアンが、頃合いを見計らって言葉を挟んだ。


 ――忘れていた。これは大事な引率業務の最中だった。


 すっかり蚊帳の外で放り出されていたファビアンたちは、各々に異なった表情で、シホたち二人の会話が終わるのを待ってくれていたらしい。


「あー……ごめんね。……っと、コホン。ええと、こちらは、アーサー・フラムスティードさん。リンデール魔法学院側の留学担当者……そうよね?」


 合ってるのよね?とコソコソと耳打ちすれば、フンとアーサーは鼻を鳴らす。


「そうだ。僕がアーサー・フラムスティード。今回の留学の学院側の担当者だ。これからしばらくの間、お前たちの案内役を任されている」


 おおぅ……誰だこれに案内役を任せた奴は。

 ミリウスは気にしないだろうとはいえ、仮にも王族の接待役である。礼節がなっていないにもほどがある。


「ご、ごめんねミリウス……悪気はない人だから……」


 相手が相手なら打ち首モノの対応に、シホは必死にフォローに回る。


「いえ…………」


 ミリウスはやはり気にはしていないようだ。が、彼にしては珍しいことに、微妙に含みのあるような表情をしている。


 そのともすれば見落としてしまいそうな表情の変化に、シホは疑問符を浮かべたが……次の瞬間にミリウスは、いつもどおりの王族らしい爽やかな笑顔に表情を切り替えた。


「フラムスティード殿。こちらこそ挨拶が遅れました。ミリウス・ウィルテシア・ヴェルトリンガムです。短い間ですがお世話になります」


 ミリウスがすっと手を差し出す。

 その手を形式的に取り握手を交わすと、アーサーは『ん』と短く頷く。


 ……そしてちょっと怯んだ声でミリウスを見上げ、

「で、でかいな……」

 と呆然と呟いた。


(そうなのよ。ミリウス君は身長が高いのよ……)


 最近ではますます距離が近くなったせいか、見上げる角度がきつくなってきたシホである。


 そんなシホよりいくらばかりか身長が高い程度の、平均的なリンデール人男性のアーサーはちょっと怯んでいる。


 教える側の自分より生徒のほうがはるかに背が高いという事実に面食らったのだろう。

 アーサーは距離を取りながら『ぐ……』と唸ると、声を張って他の面々にも聞こえるように宣言した。


「……アーサーだ! 僕のことはアーサーと呼べ。代わりに僕もお前たちのことを名前で呼ぶ」


 つまりは――王族だからといって特別扱いするつもりはない。そう宣言した。


(在学中も上級生を呼び捨てにしていた彼らしいといえばらしいような……)


 どこか懐かしくなる感覚に、シホは一体自分はどちらの引率で来たのかわからなくなりそうな錯覚を覚えた。



「ま、まぁ各々自己紹介を終えたら? とりあえず学院内に入りましょうか」



 当初の予想以上に、気苦労の多くなりそうな留学生活に、シホは内心、大きな溜め息をついた。





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