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第88話 外套


「そう――――『繁殖用』だよ」



 その言葉の――無機質で、単調で、言い表しようのないおぞましさに。どこかで木がミシリと軋む音がした。



「人買いに売られたリンデール人の女児は、その多くが他国の娼館に売られるそうよ。大きくなって客を取り、やがて生まれた子供は保護という名目で、その国の魔術師養成施設に引き取られていく――」


 片親がリンデール人でなくとも、魔法適正はその多くを母系の血筋で継承する。

 そう考えている彼らには、それで十分問題ないのだろう。


「それだけリンデールの血を欲する国は多いのよ。……過去には、当時最大版図を築いていたレムリア帝国が、『自国の魔法科兵を増やすため』という目的で、リンデールに侵攻し、大量の『花嫁』を攫っていった歴史もあるくらい」


 それほどまでに、魔法という奇跡の御業を扱える血は、他国から見れば、喉から手が出るほど欲しいのだ。



「もちろん、全員が娼館に行くわけじゃなくて。中にはリンデール人特有の色白で小柄な体型が好きっていう貴族に買われる子供もいるらしいけど……」



「……もういい」


 シホの遠い目をした呟きに、押し殺したようなファビアンの冷たい声が響いた。


「もういい。……もう十分だ」


 聡い彼には、そうして貴族に売られた少女の顛末がわかるのだろう。

 決して幸せな結末にはならないそれに、それ以上誰も何も口にしなかった。








「……と、まぁ色々話が長くなっちゃったんだけど」


 パンと、両手を叩き気を取り直して、シホは場の空気を切り替えた。


「あまり重く考えても仕方ないからね。そういう事実があることだけ知っていてもらえれば。あと――――」


 シホはちらりと、自分に痛烈なほどの敵意を向けていった『彼』が去った扉を見る。


「あの彼の場合は――――個人的な理由もあったから」


「――個人的な理由?」

 ミリウスが聞き返す。


「彼も子供のころは優秀で、本当ならもっと上の学校に行けていたはずなんだけど――」


 こんなちいさな村の食料品店の主で終わるはずではなかった。それほど、自他ともに認める評判の生徒だった。



「ただ、それを。その道を――――私が奪っちゃったから」



 シホは遠い日をそっと詫びるように目を伏せる。



「リンデールの魔法教育は推薦制で、小さな地元の学校からの推薦で、より上位の教育機関に入学できるの。彼は私さえいなければ……その対象生だった」


 村の小さな日曜学校。村一番の生徒だとちやほやされていた彼のもとに、卒業間近のある日、突然一人のみすぼらしい黒髪の少女が入学した。


 『色付き』に魔法教育は不要と招かれてもいなかった学校に現れた少女は、彼を超える魔術と、見たこともない呪紋という詠唱を必要としない魔法を披露した。


 それを目にした中央から派遣されていた教師は、すぐに推薦状を書いたという。



「私の場合は……ズルみたいなもんだよね。実力とか素養とか関係なく……ただ師匠に出会って、いろいろ教えてもらえた――――それだけなのに」



 彼の悲嘆はどれほどだろう。

 年に一人という、輝かしい将来への道を、ある日突然横から現れた『色付き』に奪われたその慟哭は。



「だから恨まれても仕方がないっていうか。……そんな感じ。――――なんか、私の問題に巻き込んでゴメンね」


 巻き添えで不快にさせてしまったことが申し訳なかった。

 彼らは、ただ自分と居合わせた、それだけなのに。




「………………先生は」

「?」

「先生は――悪くありません」


 苦し紛れの苦笑いを解けば、そこには静かな怒りを湛えたミリウスの顔があった。


「先生は、ちゃんと努力と才能でいまの道を勝ち取ったんです。それを妬んで――――あなたをなじっていい権利など、あの男には欠片もない」


 そんなことは許さない――と。彼の瞳にはそう書いていた。


「自分の実力のなさを他人の所為にして。魔術師の――――男の風上にも置けない」


 ガタリ、と。今にも立ち上がって文句を言いに行きそうな教え子に、シホは慌ててその肩に手を伸ばして彼を留めた。


「あ……ありがと。怒ってくれて……。でももう、大丈夫だから」


 なんとか彼を留めれば、その肩に乗せた手をぎゅっと握り返される。


「ですが…………」

「いろいろ言われるけど、いまは『コレ』があるから大丈夫」


 そう言ってシホは、自らが着ていた白の外套コートを示した。


「魔法研究院に所属したときに支給される外套コートなの。もう退職しちゃったけど……身分を証明する腕章をつけていなければ外套コートを身につけてもいいって言われたから、まだ着てる」


 これは、証だった。


「この外套コートがあれば、私は一流だって思える。周りにも示せる。実際、これを着られるようになってからは『色付き』だってなじられることも減ったしね」


 もちろんやっかみで蔑まれることは残ったが。

 それでも、ずっと周囲に認めてもらえるようになったのだ。


「だからこれが、私の、私なりの『証明書』」



 だから大丈夫。と微笑めば、ミリウスは渋々困ったように手を離してくれた。



「さぁ、料理が冷めちゃう! 早く食べましょう」



 まだまだリンデールの旅路は始まったばかりなのだ。

 体力をつけて、明日からに備えなくては。





 そうして、食卓は再び活気を取り戻す。



 けれどその後も、ミリウスは――――。



 何か言いたげに、じっとシホのことを見つめ続けていた……。







次回、ミリウス君のライバル(?)登場です。

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