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第8話 学寮リースター・カレッジ


 王立アーミントン魔法学院には『学寮カレッジ制度』というものがある。

 生徒は入学とともに、必ずどこかの学寮に属し、その学寮を基本の所属として学生生活を過ごすのだ。


 いまでは全学寮の生徒が、同じ総合学生寮に住むように変わったが、かつては学寮ごとに小さな屋敷を借りて、生徒と教員が共に暮らしながら勉学に励んでいたらしい。


 遠い昔、アーミントンの地に幾人の魔術師とその弟子が移り住んでできた魔術村。

 その流れを汲むこの制度は、いまでは各クラス名にその名残を残していた。



『リースター・カレッジ』


 その名が掲げられた看板を目に、シホは不思議な心地で扉を開ける。

 講義棟の教室ではない。

 正真正銘の『リースターカレッジ』だ。


 学院の講義棟から庭園をひとつ挟んだ先に、小ぶりな屋敷が建てられていた。

 周囲には美しい薔薇が咲き誇り、外からも映える半球状のサンルームは、ちょっとした温室を思わせる。


 緑に囲まれた邸内に入ると、外見どおり、鳥籠状のサンルームには様々な観葉植物が吊り下げられていて、ちょっとした植物園――もしくは絵本の中の、可愛らしい魔女の屋敷のようだった。

 このサンルームが、リースター・カレッジの皆にとっての、談話室サロンらしい。


 古くはここで魔術師たちが師弟で膝をつき合わせて魔術論に花を咲かせていたようだが、いまではその用途は異なるようだ。

 親元を離れて寮暮らしを強いられる生徒たちに、憩いの場と相談相手や友人を提供する場となるのが、このサロンの役目らしい。


 さすが貴族御用達のサロンというだけあって、調度品は一級品がしつらえられている。


(今日からここが私の家…………慣れるかな……)


 正直小ぶりとはいえ、一軒の屋敷に一人で住まうとは何だか落ち着かない。

 リンデールでは穴ぐらのような部屋続きだっただけに、急に与えられた開放感に戸惑っていた。



 サロンの奥にある階段を上ると、短い廊下の先に、いくつかの部屋が繋がっていた。

 かつてはここに生徒十数人が相部屋に分かれ住んでいたのだろうが、あいにくいまの主はシホ一人だ。


 前任者が整理していったという部屋の鍵を開け、室内に入る。

 そこは想像以上に落ち着いた雰囲気の、よい部屋だった。


 ほどよく陽の入る格子窓に、年季は入っているが使い勝手のよさそうな調度品。

 部屋の中央にでんと構えられたのは、庶民では一生手が出せないだろう巨大なベッドだ。


「さすが大魔術師御用達……」


 リースター・カレッジは歴史的にも王族が所属する伝統があるらしく、指導者となる魔術師も高名な大魔術師が多かったという。

 正直、着任にあたり若干肩身が狭くなる理由だったが、このときばかりは、シホはこころゆくまでこの部屋に感謝し、ベッドの柔らかな手触りを堪能した。



 寝室の他にも、キッチンに風呂、トイレ、研究に使えそうな執務室まで……部屋が余っているだけに、あらゆるものが事足りた。これならば急な来客が来たときでも、十分泊めることができそうだ。

 そんな予定があるとも思えないが、シホは整えられた部屋をひと通り見て、満足いく生活環境に安堵の息をついた。



「ん……来客?」


 二階を歩き回っていたところ、どこからかドアノッカーの音が聞こえる。生徒たちだろうか。

 サンルームに張り出す二階廊下の手すりから顔を出すと、シホは「どうぞー」と適当に返事をした。




「おぉ~ひっさしぶりだなぁ~。全っ然変わってないな!」

「……こら、あまり騒ぐなラスティン」

「変わんねーのは当たり前だろ。前のじーさんが出て行って、まだひと月も経ってないんだし」



 遠慮もなくぞろぞろと、ラスティンにミリウス、ファビアン……そしてクラス面々が続々と笑顔で入ってくる。

 女子生徒たちなどは密やかな声できゃあきゃあと囁き合って、実に楽しそうだ。


「先生、すみません。お邪魔します」


 礼儀正しく申し訳なさそうに会釈をしたのは、ミリウスだ。


「先生も赴任されたばかりですし、もう少し待つように言ったのですが……」


 ミリウスはクラスメイトたちを横目に、眉尻を下げた。


「いや、いいよ。ここは『そういう場』でしょ? いま、降りていく」


 タンタンと階段をリズミカルに降りて向かうと、そこにはすでに自宅のリビングよろしくサロンでくつろぐ生徒たちがいた。



「すみません、急に。先生は引っ越しの荷解きがまだ残っていたのでは?」


 そんなときに押し寄せてすまない、とミリウスの顔には書いてある。


「いや、私は荷物が少ないからね。とくに手間をかけるほどのものもないし、来てくれて嬉しいよ」


 ホッとしたのだろう。ミリウスがその相好を崩す。


「ここは私たちにとっても大事な場所なんです。……向こうの学生寮でも生活する分には十分事足ります。交流も、教室や庭園……学内にはいくらでも時間を過ごせる場所がある。でもここは――ほかの場所と違って――ここの学寮カレッジ生しか入れない。ほかの教員も生徒も入れない……なんというか……俺たちだけの場所。理想の家のような、安心できる場所なんです」


「………………」


 学寮カレッジは生徒にとってのもうひとつの家であり、家族である。

 その繋がりが、長らく家を離れて過ごす彼らにとっての絆であり、安らぎに繋がるのだと、学長が言っていた言葉を思い出す。


「ならよかった。きみの目から見て、ここはきみたちの理想の家になれるかな?」


 家主が変わったいまでも、そうであれるなら嬉しい。



「ええ。先生の目に映るとおり」


 ミリウスに促され目を向けた先では、各々お気に入りのソファでくつろぐ生徒たちの姿が目に入る。

 ずうずうしいファビアンなどは、ソファの背に顎を乗せながら『なぁ、ここってお茶出てこね~の~?』などとのたまっている。



「……お茶、出したほうがいい?」


 振り返るとミリウスがゆっくりと首を振る。


「皆、ここの勝手は知っていますから」


 そのうちぺしりとラスティンがファビアンの背を叩き、彼は渋々自分で茶器を取りに行く。

 サロンの奥はそのままキッチンになっていて、ファビアンは勝手に湯を沸かし始める。

 後から加わった女子生徒たちも相まって、キッチンは実に賑やかな光景となる。



「人がいると、こうも違うものなんだね」


 一人で入居した際には実に広々とした家だと思ったが、こうして皆が集うと、却って手狭だとさえ感じてしまう。


「前の先生のときも、こうして皆でくつろいでいたのかな」

「いえ皆では……。どちらかというと、個人でそれぞれ授業の相談に来る……といった感じでしょうか。先生もご高齢だったので」


 ファビアンなども、勝手知ったるところを見ると、度々訪れていたりするのだろうか。

 どちらかというと一人を好みそうな――けれど同時に誰かに構ってほしがる猫のような彼には、案外ここは都合のいい休憩所だったのかもしれない。


「いまは先生の年も近いことから、皆、通いやすいのかもしれません」


 そう笑ったミリウスは、年相応の少年のような顔をしていた。



「なるほど……」


 彼らの親近感を得ることができたのなら、初日の盛大な失敗も意味があったのかもしれない。





「……ただ、正直本音を言うと、心配だったんです。次の先生にどんな人が来られるのか……」


 ミリウスの表情が硬く曇る。

 当時を思い出して、知らずと感情が表に出てしまっているのだろう。


(よほど慕われていたんだな。前任の先生は)


 その存在を失って、彼に杞憂が降りかかるくらいに。



「先生もご存じかもしれませんが、このリースター・カレッジは、王族が所属することの多いカレッジです。だからこそ、教師の選定には厳選に厳選が重ねられる……」


 実力、評判、人望、魔術師界ひいては王国内においての権威・発言力まで総合的に勘案され、学長自らの人選で選ばれる。



「王族の師となる人間を選ぶわけです。邪な考えや、偏った集団への利益を吹き込むような者を選ぶと、それがそのまま国益を損なうことになる……」


「――同時に、そういった手合いの圧力に屈さないためにも、外圧にびくともしない権威ある大魔術師が選ばれる」


 彼の言わんとすることを継ぐと、ミリウスは微笑した。



「この学院の学長の権限は絶対です。魔術師の育成は国家事業ですから。ほかの貴族もおいそれと口を出せない。だから先生のときも、厳格な審査があったはずです」


 審査、という意識はまったくなかったのだが、後から聞いた話では、学院の依頼を受ける前に請け負った2、3の仕事が、実は学院側が用意した試験だったらしい。


 魔法研究院を辞めてから、傭兵よろしく荷馬車の護衛や依頼人の警護等の仕事をいくつかしていたが、そのとき引き受けた仕事が実は採用試験だった。


「きっとそのときの実力や人となりを見て、教師を任せるに足ると学院側は判断したはずです。だから、学長の人選ならば間違いはない――そう、頭ではわかっているのですが」


 彼には、それだけでは呑みきれないところがあったのだろう。

 当然だ。誰でも見ず知らずの人間を、他人の推薦だけで信頼しろというのは無理だろう。



「それで……納得はしてもらえた?」


 こうして、顔を見て言葉を交わした今では。


「…………えぇ。悪い人ではなさそうです」



 たっぷりと間を開けていたずらっぽく微笑ったのは、彼なりの冗談だったのかもしれない。

 本当の信頼を勝ち取るまではまだ時間がかかりそうだが、それでも最初はまずまずといったところだろうか。



「ここは常にきみたちに向けて開かれている。いつでも来るといいよ」



 アーミントンの伝統に則り、自分がいる限り彼らのことを受け入れよう。この小さな世界での『家族』として。


 シホは密かにそう誓ったのだった。





        *




 やがて『ここって茶菓子もないの? 腹減ったんだけど』とファビアンが騒ぎ始めたので、みなで学食に向かうことになった。


「学食か~どんな料理があるんだろう?」


 そういえばウィルテシアに来て以来、簡単なものしか食べていなかった。

 とりあえず急いで学院に来てほしいとのことだったので、悠長に食事をする暇もなく、旅馬車を飛ばしてアーミントンまでやってきた。


(ウィルテシアは食事の美味しい国だと聞いてるけど……)


 所詮学食だし、リンデールの魔法学院のように、質より量の質素な食事なのだろう………………そう思っていた。


 今し方までは。





「ここが……食堂!?」


 見上げる天井には美しいアーチの梁が渡され、ただ食事をするだけの空間のはずなのに、壁には立派な彫刻や絵画まで飾られている。

 巨大な空間を埋め尽くすテーブルも、貴族の邸宅から持ち込まれたのかという長大さで、故郷の学院の粗末な木のテーブルとは天地ほどの差があった。


 これほど立派な施設なら、当然提供されるメニューも推して知るべしなわけで……。



「これが…………学食!!!」


 貴族御用達の学食。その時点で気づくべきだったのだろう。見るも鮮やかな色とりどりの食材が使われたメニューが、次々に厨房から顔を覗かせる。


「これ全部……食べていいの?」

「学食ですからね。そのために出されてるんだと思いますよ」



 とりあえず、厨房のシェフおすすめだという『アーミントン地鶏のプラムベリーソースに旬の野菜添え』を手に、シホはおそるおそる席に着く。


 気づけば生徒たちもシホの奇行を見守るように、近くの席に着いていた。



 ごくり、と喉を鳴らしてフォークを構える。


 艶々とした宝石のようなソースからは甘酸っぱい果実の香りが立ち上り、その下に覗く照らりとした皮目の鶏肉からは、ナイフを通した瞬間、じゅわりとアーミントン鶏の肉汁が広がった。



「…………!! おいひぃ……!!!」


 いままでに感じたことのない衝撃の旨さに、シホの目は点となる。

 付け合わせの野菜にも手が伸びた日には、それは確信へと切り変わった。


(リンデールって、料理が美味しくない国だったんだ……!)


 そも料理の味付け以前に食材の味からして全く違う。

 こちらの鶏の脂は甘く、そして野菜の種類は豊富で瑞々しい。



 故郷のリンデールは風光明媚な場所として知られるが、その情景を形づくるのは他でもない、急峻な山々と高標高ゆえの寒冷な気候である。


 農作には向かず、食材の種類も少なく、なんとか寒冷地でも育つ限られた野菜と、酪農から得た糧で厳しい冬を食いつないできた。


 思えば料理に出てきたのは、芋、肉、チーズに、限られた根菜類と、延々とそれらばかりを食していたように思う。


 豊かな土壌を持つウィルテシアの大地の恵みと、貴族御用達のシェフの腕が合わさったこの料理の前には、故郷の味が霞んで見えた。



 黙々と手を動かしては、次々に食材を口に放り込む。


 これは何の野菜? 味付けは? ソースの隠し味は? 今後自分でも作れるようになるだろうか?

 考え事をしながら食べていたからだろう。気づかなかった。

 ふとテーブルから視線を上げてみると、そこには優しい眼差しで何かを見守る生徒たちの姿があった。



「え、な、何……?」

「いや……っ、失礼。先生は、幸せそうに食事をされるのだなと思って」


 笑いを噛み殺して、それでも堪えきれないのか、口元を覆う手のひらから笑みを漏らしながらミリウスが顔を背ける。


「先生、おいしー?」

「あとでこちらのコンポートも召し上がってくださいませ。きっとお口に合いますわ」


 次々に生徒たちが、自身のまだ手をつけていない皿を差し出してくる。


「猫かよ。餌付けじゃん」

「言ってやるな、ファビアン」


 少し離れた席で、自身の皿の具材を選り分けながらファビアンが毒づく。


「ほらよ、お裾分け」

「ってお前! 茄子ばっかりこっちに寄越すなよ!」


 ラスティンが抗議のために立ち上がり、そしてそれをミリウスやほか生徒たちが宥める……。

 これが、このリースターの日常。




 学食の一角に花が咲き、他クラスの生徒も『何だ何だ?』と集い始める。



 これが、新たなるアーミントン魔法学院の日常。





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