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第86話 リンデール人


 無垢なミリウスの心臓に悪いひと言を聞いた夜。

 シホたち一行は、宿の食堂で夕食を食べていた。


 同じく学院から同行してきたほかの生徒3名と付き添いの教師は、生徒の1名が体調不良で寝ているとかで、夕食はもう少しあとにずらすらしい。


 いま広い食堂のなかには、シホたち4人だけがいた。



「大丈夫かな、あいつら」


 他人をよく気にかけるラスティンらしい。

 彼は仲間の身を案じていた。


「たぶん心配ないと思うわ。高山に登った人間はよく一時的に頭痛やめまいを起こすのよ。一晩も休めば体のほうが慣れるはずよ」


 だからこそ、山道の村には宿や休憩所が多いのである。

 多くの旅人を見てきた経験から、シホはそれほど心配していなかった。



「それにしても……リンデール料理も意外といけるんだな」

「あーもっと酷いのを想像してたもんな」


 ラスティンとファビアンは、小綺麗な料理が並んだ皿をつつきながら『意外だ』と感想を言い合っていた。



「ここは旅人向けの高級宿だからね。外国で料理を学んできた主人がやってるのよ」


 だから『きちんと』美味しいのである。

 ……家庭料理のほうは推して知るべし。

 貧相な食材と、ケチケチした調味料使いで薄味の、裏切りのない素朴なリンデール料理が出てくるだろう。



 そんな料理談義に華を咲かせながら食事をしていると、カランコロンと来客を知らせるベルがなった。

 入り口のほうで、宿の主人が――村の人間だろうか?――旅人らしくない身形の男と会話をしている。

 どうやら男は、宿に食材を卸しに来た近くの店主のようだった。


 なんとはなしに見つめていれば、一瞬、用を済ませた店主と目が合った。

 彼はじっとこちらを見つめて――――そしてハッと何かに気づいたのだろう。



「――――っ、この色付きが……」


 そう小さな声で吐き捨てて、宿の外へと出て行った。




「………………………」


「どうした、先生?」


 ラスティンが肉を呑み込んで、首を傾げる。

 その様子を見ながら、ファビアンが横目でじとりと、男が出て行った扉を見つめた。


「アイツ、俺たちを見て吐き捨てていきやがった」


 ケッ、と。忌々しいものを見たように、侮蔑のポーズを取る。



「ファビアン……」


 それをミリウスが窘めながら、彼の機嫌を取り直す。

 卓上に、気まずい妙な空気が満ちた。






「大丈夫。……きみたちのことじゃないよ」


 シホは切り出した。


「彼が言っていたのはきみたちのことじゃないから、安心して」


「でもアイツ、俺たちのことを見て『色付き』だって――――……」



 色付き。

 この言葉を初めて聞いた外国人なら、それが自分たちのことを指すと思うのだろう。

 無理もない。

 リンデール人は――『真っ白』だから。



「あいつら自分たちが灰みたいに白いから、だから色の付いた俺たち外国人を毛嫌いしてああ呼んでるんだろうが」


 胸クソ悪ぃ、とファビアンは吐き捨てる。



「そうじゃない。そうじゃないの。…………ちゃんと説明するから聞いて」


 シホは一呼吸置いて、ゆっくりと深く息を吸ったあと、静かに語り出した。






「あの『色付き』という言葉は、外国人を指す言葉じゃない。『リンデール人なのに色の付いた』――――私みたいな半端者を指す言葉なの」



 しん、と静まりかえった食卓に。

 きゅっと、シホはテーブルの下で拳を握り締める。


 だが、ここはきちんと説明しなくてはならない。

 遅かれ早かれこの国に来た以上、いつかは直面する問題だから。

 この先も多く耳にすることになるだろう言葉に、彼らを傷つけないためにも、ここできちんと説明しておくべきだとシホは判断した。



「リンデール人は、基本的に雪のような銀髪に、白い肌。それに極めて色素の薄い瞳を持って生まれてくる」


 ゆえに過去の詩人の中には、リンデールを訪れて『雪の妖精の国だった』と歌い残した者もいた。



「皆もこの国に来て気づいただろうけど、白さがリンデール人の特徴なのは本当よ。そしてこの白さが、リンデール人の魔力の源だと考える人たちもいる」

「…………」

「『リンデール人は魔力と引き換えに色を失った』。そんな言葉もあるくらい、リンデール人であることと、高い魔法適正は深く関連付いている。だから……」


「……純血主義」


 ミリウスがぽつりと呟く。

 その瞬間、自分でも知らず、ぴくりとテーブルの下で指が跳ねていた。



 ……後ろめたくはない。自分は悪いことはしていない。

 だがそう、人から指を差されたとき、どうにもならず身構えてしまうのは、この国で長く生きているうちに身についてしまった習性だった。



「…………そうよ。『純血主義』。――リンデールではほかの国より特別、血統の純粋さが求められる」

「それは――魔法適正の質を担保するためですか」

「そうね」


 リンデール人は魔法適正が高い。

 それは逆に言うと、リンデール人でなければ、魔法適正は著しく彼らより劣るのだ。


「もちろん、ウィルテシアや外国にも、きみたちのように素晴らしい能力を持った魔術師はいる。けどそれはやはり一部なの。ウィルテシアは優秀な血統を持つ者が貴族として血脈を守り、血の純度をある程度保っている。国外だとナディルやレムリア、グレンシアあたりはまだ市井からも魔術の才のある人間が出てくるけど、ロームあたりは完全に血脈も絶えて、魔法適正のある人間はほぼ皆無……出てこないわ」


 だからこそ、リンデール人は異国人と血が混じり、血統が濁るのを恐れている……。


「リンデールは――リンデール料理を見てもわかるとおり、食べるものにさえ恵まれない。あるのは木々と、岩肌と、そこから産出される魔石ぐらいで、食べるためにも国外から食料を買う必要がある。けれど……それを買うだけの十分な魔石は産出しない。だから……」


「…………傭兵の輸出、ですか」


 こくりと頷く。


「リンデールは強力な魔術を使える傭兵として、外貨を稼いでいかなくちゃならないの」


 その『出稼ぎ』は、極めて過酷なものだった――。




「リンデール傭兵といえば、どんな戦場、どんな仕事でも、金さえ払えば文句を言わず引き受ける。そして決して裏切らない。……これはリンデール傭兵の一般的な評価であり特徴よ」


 その凄まじさは、かつてリンデール傭兵が、村ごとに別の国につき、戦場で同じリンデール人同士で殺し合っていたという逸話にも残されている。


「通常傭兵というものは、生きるために金を稼ぐ以上、旗色が悪くなれば逃げ出す者も現れる……。雇い主にとって金次第で便利に雇用できるけれど、同時に非常に危うい戦力でもあるの」


 だが、リンデール傭兵は、その『常識』には当てはまらない。



「ほかの傭兵の多くがそうあるなか、リンデール傭兵は、たとえその先に死が待とうと、酷い拷問に掛けられようと、絶対に雇い主を裏切らない。それがどうしてか……わかる?」


 ちらと視線を送ると、ラスティンは戸惑うように瞳を揺らした。


「それは――雇い主への裏切りは、故郷で飢えて待つ家族への仕送りを絶つだけでなく、未来の同胞――――将来のリンデール傭兵の信用をも絶つことになるからよ」


「………………」


「信用のない傭兵に仕事は来ない。ただでさえ相場の何倍もの高額で雇われる傭兵が、仕事内容でケチがついたら――――その先に待つのは、リンデール全体の滅亡よ」


 だからリンデール傭兵は、決して裏切らない。


 自らを律することを鉄の掟とし、国に残る者もそれを是として教えられる。

 のうのうと逃げ帰り、同胞を地に叩き落とす輩を許さない――。



「だから同時に、この傭兵産業を維持するための血を濁す人間もまた、忌み嫌われる……」


 ――――それが、『色付き』。半端者だ。



 シホは、この国でそう蔑まれる者たちについて、語り始めた。






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