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第85話 シホ・ランドールの作り方


 村の外れを意味する木製のアーチをくぐり抜けると、その先には広い草原と、その合間を縫う細い田舎道が見えた。

 緩やかな丘の連なる坂道を、先生は迷いなく進んでいく。


 その背中を追いかけながら、ミリウスは風に吹かれる先生の黒髪を見上げていた。


 高山特有の、少しヒヤリとした風になびく髪。

 その大人の女性らしくきっちりとまとめられた黒髪が、まだあどけない少女の髪型だったころ。彼女はこうして、この坂道を登って、日々家に帰っていたのだろうか。


 道沿いには、ぽつり、ぽつりと思い出したように家があった。

 それも丘を二つ、三つと越えるうちに姿を消す。


 そうして辿り着いたさらにその先に――先生の家はあった。



 夏を越え、少し色枯れた緑の草原の丘の上。大きな一本杉のその先に、小さな家が建っていた。


「ここよ」


 先生はそう言うなり、ざくざくと青草を踏み分けて家に寄る。そして、


「……あれ?」

 と、首を捻った。



「もしかして……」


 と呟きながらぐるりと家を一周し、家の裏手から出てきた先生は、手に小さな鍵をぶら下げていた。



「ごめんね、祖父も祖母も留守みたい。家畜小屋も見たんだけど羊も犬もいなかったから……たぶん放牧に出てるんだと思う」

「じゃあ家には入れねーのかよ」


 ファビアンが不満の声を上げた。



「だからこれが鍵。皆よく留守にするから、こうして外に隠してあるんだよねー」


 もちろん場所は秘密よ、と口元に人差し指を立てながら、先生は慣れた手つきで扉の鍵を開ける。


「さあどうぞ」


 先生に招かれて、ミリウスたち三人は、初めて彼女が育った家に足を踏み入れた。








 そこは、こじんまりとした家だった。

 板張りの床に、同じく木でできた簡素なダイニングテーブルがあり、奥には暖炉のある部屋が見えていた。


 どれも質素で物は少なかったが、手入れがよく行き届いており、壁には刺繍を施したタペストリーと干し花が飾られていた。

 贅を凝らした豪華さはない。が、温かみや落ち着きを感じさせる――先生らしい良い家だった。


「いつもお二人は放牧に?」

「いや、祖父だけよ。羊の世話は大体祖父か私で、祖母は町に出稼ぎに行くことが多いかな。たぶん今日もそうなんだと思う」


 祖父のいないときは大体そうだと先生は言う。


「一度出かけると数日は帰ってこないから……困ったなぁ……何にも出せるものがないや」


 先生は戸棚を覗き込んで茶菓子の心配をしている。

 が、ミリウスは別のことが気になった。



「いつも……こうなんですか?」

「? 何が?」

「いつもご両親――――祖父母殿は、家を留守がちにされるんですか……?」


 あぁ、と先生は戸棚を閉めて振り返る。


「言ってなかったっけ? 私、両親が小さいころに死んだんだよね。事故で。……それでこの家――祖父母に引き取られたの」

「!」

「だからいつもお金がなくてさ。……二人とも家を空けて仕事に出ることが多かったんだよねー」




(そんな――――……)


 ミリウスは、なんでもないことのように語るシホを見つめながら、いままでの自分の勘違いを悔やんだ。



 なんとなく――――彼女が両親と同居していないだろうことは気づいていた。

 日々交わす会話の端々に、祖父母の影はあれど父母の話が上がることはなかったから。

 おそらく両親は出稼ぎにでも出て、離れて暮しているのだろう――そんなことを思っていた。



 何故なら……彼女が温かかったから。


 愛情に溢れて、誰にでも手を差し伸べて。

 優しい笑顔の塊のような人だったから、彼女自身も同じように愛され大切にされて育ったのだと信じていた。



(それが――――両親は他界。育ての祖父母も留守がちだと……?)


 それは――市井では普通のことなのだろうか?


 まだ幼い先生は、この家に一人残され、たった一人きりで夜を過ごしていたのだろうか。


 そんな光景を想像して、ミリウスはぐっと口元を引き結んだ。




「……ま、いまは私も自立したし、そこまで厳しくはないと思うんだけど。 出かけてるなら仕方ないね。何にもお構いはできないけど……こんな場所でよければどうぞ。自由に見ていって」


 先生は両手を広げると、ラスティンたちを奥へと案内した。






「ん……ありゃ何だ?」


 広くはない家の捜索を始めたファビアンたちは、すぐさま部屋の奥にある一つの本棚に気がついた。

 それは物の少ないこの家において、場違いなほど、ぎっしりと分厚い高価そうな本が詰められていた。


「ああそれ? 魔法書だよ」


 ファビアンが試しに手に取って中身をパラパラとめくる。

 ミリウスも脇から覗いた程度だが、中身は子供が読むような基本の入門書から、専門的なものまで、様々な本が集められていた。



「師匠がね、村に来るたびに一冊ずつ持って来てくれたの」


 そうして『次に来るまでにこれを習得しておけ』と言い残して去っていったのだという。


「だから夜とか、一人留守番をしてるときとか……。放牧に出かけるときも持って行って、これで魔術を勉強してたんだよねー」


 そこには先生の、原点の姿があった。



「この机も……先生の?」


 本棚の前には、子供用の高さの低い机があった。


「そうそう。これで勉強してたんだよねー。よくインクを零したから、染みになってる」


 先生はからからと愉快そうに笑う。

 そこには幼い先生が手探りで描いていた呪紋だろうか?

 不器用な幾何学模様の線が、机の傷となって残っていた。


「ここが先生にとっての……学校だったんですね」

「へへ」


 先生は少し照れくさそうにはにかんだ。





 まだ魔法書を読みたいというファビアンたちを残して、ミリウスとシホは家の外に出た。


 少し離れた場所では、衛兵たちが邪魔にならないように距離を取って、辺りを警戒している。


 しかしそんな心配は杞憂なほど――――この土地はのどかだった。




「ねぇミリウス! ここが一番オススメだよ!」


 高い丘の頂上で、先生が手を振りながら自分を呼ぶ。

 青草を踏みしめながら登った丘からは、視界いっぱいの、リンデールの宝石と謳われた美しい峰々が見えた。



「放牧中は、本当は狼や魔物から羊たちを見張らないといけないんだけど。ついここは気持ちよくて、魔法書を読んだり、昼寝とかしちゃったりしたんだよね~」


 いつもより近く感じる空を仰ぎながら、先生はぐっと伸びをする。


「ここが先生のお気に入りの場所なんですね」

「そう! 素敵でしょ?」


 ミリウスは深く、頷いた。




「俺は……ここが好きです。ぜんぜん何もなくなんかない。こんなに素晴らしいものばかりです」


 ミリウスの目には、すべてがきらきらと光の粒子を纏って輝いていた。

 古びた家屋も、そこにある本棚も。小さな机も。青臭さが鼻を抜ける緑の草原も。

 その、すべてが愛おしい。



「この場所は――――先生みたいです」

「?」

「先生みたいに――――ずっと傍にいたくなる」


 自然に、口を突いて出た言葉だったが。それを聞いた先生は瞬時に間を置かず真っ赤になった。



「あ……あはは……。きみは本当、ときどき心臓に悪いことを言うね」


 わざと首を傾げてみせれば、


「……本当に、そのうち女の子に誤解されて酷い目に遭うかもよ」



 先生は純真無垢な生徒の身を案じるような素振りをみせるが、ミリウスとしては、むしろそちらのほうが歓迎だった。



(誤解される相手が先生なら……俺はいくらでも誤解されたい)


 むしろ気づいてほしい。

 気づかれてはならないのはわかっているが、それでも、この日々胸に積もる気持ちが、先生に少しでも届いてくれたらとそう思う。



「そろそろ降りましょうか。……ファビアンたちを待たせるのも悪いし」

「はい」


 照れくさそうにそっぽを向きながら降りる先生が――可愛らしい。

 できることならいま目の前にいる先生と――はるか昔のまだ少女だったころの先生も含めて、まるごと抱き締めたいような気がした。


「………………もう」


 紅く染まる耳が、愛おしい。


 きっとこの日々も、自分は永遠に忘れることがないのだ。




 そう、ミリウスは思った。









予告していた短編も更新しました〜。

本編の登場人物とも関係の深い2人の話なので、よければどうぞ。


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