第84話 故郷
そよ風がヒヤリとした色を帯び始めた秋のある日、リンデール公国行きの馬車は出発した。
リンデール魔法学院への短期留学の旅は、ミリウスを筆頭にラスティン、ファビアンを含む生徒6名、教員シホほか1名、その他護衛要員としてアーミントンやリンデールから派遣された兵諸々の、ちょっとした小隊規模の旅路となった。
アーミントンから一路東に向かい、数泊を経て、ようやく国境付近へと辿り着く。
街道の先には、その先にリンデールがあることを示す高い山々がそびえ立っていた。
「ここから先がリンデールかぁ」
「そうよ」
「な、リンデールってどんな国なんだ?」
身を乗り出したラスティンが、興味深そうに質問する。
同じ馬車には、リースターから参加したミリウス、ラスティン、ファビアンがシホと共に乗車していた。
「そうね……。せっかくだし、次の街に着く前に、もう一度リンデール公国についておさらいしておきましょうか」
シホは馬車のなかで授業を開始した。
「リンデール公国は、見たとおり平地と山岳地帯で構成された山岳国家よ。主な産業は林業と酪農、魔石の採掘と加工。あとはみんなも知ってのとおり、高い魔法適性の人材を活かした傭兵の輸出かな」
「傭兵かぁ……たしかにライオールにいたころも、何人かリンデール人傭兵を見たけど……。みな無愛想というか、あまりいい印象がないんだよなー」
他人に悪印象を持ちにくいラスティンが言うとは、相当なものである。
まぁわからなくもない。シホは苦笑いを浮かべた。
「リンデール人はねぇ……端的に言って、ちょっと寡黙というか……外国人に対して少し排他的なところがあるのよねぇ」
「先生はそんなことないじゃん」
「……ま、それは人それぞれってことで。傭兵稼業で来ている人たちは、なおさら付き合いは悪いかもね。基本、お金で雇われた関係だから、雇い主が変われば今度は、昨日の仲間が今日の敵ってこともあるだろうし……」
シホの思いつく限りのフォローである。
それを差し引いても、リンデール人の無愛想さには悪い定評があった。
「でも安心して。一応外国から食料や物資を輸入している国だけあって、旅人や商人にはそれなりに優しいから。きみたちは大公家の賓客であることを示す旗も掲げてもらっているし、滅多な扱いは受けないと思う」
いまシホたちが揺られている馬車には、リンデール大公家の威光を示す御旗が掲げられていた。
これがある限り、道中もそう悪い扱いは受けないだろう。
「ふーん。不思議な国だなぁ」
ラスティンの純粋な疑問は、道中流れる窓の景色に吸い込まれていった。
*
リンデールに入ってから半日と少し、馬車に揺られたころだった。
「ランドールさん、ちょっと……」
「?」
馬車の外から、護衛と先導人を兼ねたリンデール兵に呼ばれたシホは、外に出た。
「え!? この先の峠道で馬車が立ち往生してる!?」
「はい」
「ええと、復旧の見込みは……」
「引き返してきた商人によると、今日いっぱいはかかるだろう、と」
「あちゃー……」
ある程度予想していたとはいえ、さっそく山岳国家の洗礼を受けた。
山道の多いリンデールでは、こうして落石や馬車の故障により、道が封鎖されることがよくあるのである。
それを見越して日程に余裕を持っているとはいえ、本来なら今日中にひとつ先の町まで行く予定だっただけに、手痛かった。
「じゃあ今晩はこの村で泊まることになるのね……宿は用意できる?」
「お任せください」
先導役はすぐさま、目前に迫った村へと馬を走らせていった。
(宿だけは多い村だから、泊まれないということはないと思うけど……)
シホは『うーん……』と唸る。
「問題は、上等な宿には限りがあるのよねぇ……空いているといいんだけど」
シホがぶつぶつと独り言を呟きながら歩いていると、馬車の窓からぶっきらぼうな声が落ちてきた。
「なんかあったわけ?」
見上げれば、馬車の窓からは、頬杖をついたファビアンがこちらを見下ろしていた。
「実は――――――……」
*
「そういうわけで、今日はこの村で一泊することになります」
まだ日の残る午後3時ごろ。
シホはある村の宿屋で生徒たちを前に、そう宣言した。
(よかった……とりあえずましな宿が残ってて)
王族を泊めるにはあまりに質素だが、それでも裕福な商人が泊まる程度の部屋は確保できた。
もともと部屋の内装にはあまりこだわりのなさそうなミリウスたちである。これで我慢してくれるといいのだが……。
「それで? これからどーすんだよ。まだ昼だぞ?」
ファビアンは急になくなった予定に、暇そうに口を尖らせた。
車内ではさんざん眠りこけていたくせに、自由に動けるようになったらなったで、暇だと文句を言うのである。
「なんか面白いもんとかないわけ?」
「面白いもの…………ええと」
この村は、村にしては若干規模の大きな、町と村の中間のような村である。
理由は山道を行く旅人たちがこまめな休憩・宿泊所として利用していくからで、宿と土産物屋の数だけは多かった。
「ええと、土産物屋とか?」
「いまから土産を見てどーすんだよ。無駄な荷が増えるだろうが。んなもん帰りに都ででも買えばいいだろう」
――もっともである。
「えー……それ以外? それ以外かぁ……。ここはただの田舎だし、ほかに見るものなんて……」
シホはさんざん記憶を掘り起こすが、ウィルテシアの煌びやかな街で暮す彼らに、胸を張って紹介できるものなど何もない。
「………………」
シホがしきりに首を捻って唸っていると、ふとこちらを見つめるミリウスと目が合った。
「どうしたの、ミリウス?」
「いえ…………その」
「?」
「先生は……この村に詳しいのですか? 先ほどから地理や村の内情に詳しいように見受けられます」
「!」
「もしかして…………」
ミリウスは、宿の壁に張られた地図に目を向ける。
この宿の宿泊客向けに現在地を示した地図には、濃い太字で『ランドール村』と書かれていた。
「………………」
「ここが、先生の故郷なんですね?」
視線を逸らしたシホに、ミリウスは確信を得たようだった。
「なんだよそれ!! 面白そうじゃん!!」
「それをさっさと言えよ! 俄然村ん中を見る気が出てきたわ」
面白い情報を聞いたとばかりに、ラスティンとファビアンは急にテンションを跳ね上げる。
「うぅ…………」
シホとしては、雲隠れしたい気分だった。
「どうして隠すんです?」
ミリウスは不思議そうに首を傾げる。
シホには彼のその純粋な疑問が、眩しく見えた。
「そうだよね、そうだろうね……。王都育ちや立派な家に生まれたきみたちにはわからないだろうね……」
単純に、田舎育ちだというのを見られたくなかったのである。
言葉で言うのと、実際に見せるのでは天と地ほど違う。
本当に、何にもない村なのだ。
「せっかく都の魔法学院を出たってイメージで上書きできてたのに……こんなところで何もない辺鄙な田舎育ちだとばれるなんて……。うぅ……だから教えたくなかったのにぃぃ……」
シホは顔を覆ってミリウスの視線から隠れた。
「何もないかは、わからないじゃないですか」
「?」
ミリウスはやや眉を吊り上げて、少し怒ったような顔つきでそう言った。
「先生が育った土地です。何もないはずがない」
? それはどういう意味だろう?
「でも本当に見るものなんて……」
「少なくとも――――空気は綺麗です。先生の性格のように、清々しい」
そう言って眩しい笑顔を見せられれば、何でもない場所だと思っていたこの田舎にも、少しは見所があるような気がしてきた。
「あは、あはは……空気は……そりゃ綺麗だよね。田舎だし」
「まだ俺がそれしか知らないだけです。俺は、もっとこの村のことが知りたい」
「………………」
遠くで『さっさと部屋に荷物を運んで村に出るぞ!』と、ラスティンとファビアンがはしゃいでいる。
それが遠い喧噪に聞こえるほどに、ミリウスの言葉はしんとシホの胸に沁み込んだ。
「うん…………ありがと。ちょっと自信でた」
「それならよかった。――――先生は、ご実家には戻られないんですか?」
実家。
考えてみなかったといえば嘘になる。
もし暇ができたなら、足を運んでみてもいいとは思っていたが……。
「せっかく時間ができたんです。宿に篭もるだけというのも勿体ないですし、俺はこの国を見て回りたい」
彼の王族としての見識を広めるためならば、それは正しい選択なのだろう。
「ついてくる……ってこと?」
「先生が嫌でなければ」
それは……。シホとしては断る理由はないが、けして面白くなるようなものではないと思うのだが……。
「………………わかった」
「!」
こうして、シホ・ランドールの逆家庭訪問が決定したのである。




