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第80話 老婆心


 占術師の館で、シホは水晶を挟んで一人の老婆と対峙する。


「お嬢ちゃん、あんたの名前は?」

「…………シルヴィ」

「シルヴィ、ね。うーん……あんたの運命はねぇ……」


 老婆は水晶を掲げ、しきりに何度も首を捻った。


「おかしい。あんたの星は随分見えにくいね。何をやったんだい」

「何もやってないんですけど……」


 強いていえば名前の偽装か。

 それが占術にどれほど影響があるかは知らないが、元々積極的に占いをするつもりもなかったシホである。

 当然のようにシラを切った。


「まぁいい。やっと見えてきた。そうさね……あんたは、何が聞きたい? 学業運かい? 金運かい? それとも恋の――……」

「じゃあ金運で」

「顔に似合わずがめついねぇ」


 知ったことか。余計なお世話である。

 とりあえず今更学業運を聞いたところで仕方がないので、万人が気になるだろう金運について尋ねてみる。


「お嬢ちゃんの金運はねぇ……厳しいね」

 ぎくっ。

「金は入るには入るんだが……とにかく出費が多い。懐には貯まらんね」

「うっ……」


 ミリウスが信じられないものを見るような目でシホのことを見る。

 違う。間違っても自分は浪費家じゃない。

 ちょっと魔道具に目がなくて、ちょっと軽はずみに魔術書や魔道具を買ってしまうだけのお茶目な魔術師なのである。


(それに魔術師にとって魔石や魔法書の補修品は必要経費だし……)


 アーミントンの教師というのはかなり給料もいい部類だが、それに伴って必要経費も多い仕事なのである。


(だからそんな目で見ないで……!!)


 シホは彼の視線から逃げるように、老婆に慌てて質問を浴びせかけた。


「じゃ、じゃあ将来運は!? 将来運はどうなんですか!?」

「将来運ねぇ………………………」

「………………」

「………………」


 どれほど待っても老婆は微妙な顔をしている。


「え!? そんなに悪いの!!?」

「悪いとは言わんが……そうさねぇ。まぁ、手放しにいいとは言えないね」

「え」

「あんたの場合は恋愛運とも絡んでくるが……とにかく男運が悪すぎる。一生男に振り回される運命になるよ」

「!!」


 これには何故か隣にいたミリウスのほうが大きく反応した。


「なんでミリウス、あなたが――――」

「いえ、いいんです。続けてください」


「なんじゃい。……まぁ、そういうことだよ。あんたの場合、選ぶ道は無駄にたくさんあるが……良い結果と悪い結果の差が激しすぎる。悪い結果では……まぁ、碌な目に遭わんだろうて」

 不憫な者を見るような目で老婆は語る。

「じゃがまぁ、そう悲観することもない。良い道を選べば、一生幸せに暮すこともできるじゃろうて」


 ちらと老婆は、何故かミリウスのほうに目線を送った。


「……!! そ、そうですよね! 悲観することはないです! 相手選びが大事なだけで!」

「お前さんを大事にしてくれる奴を選ぶことじゃぞ。間違っても変な奴を選ぶようなことだけはせんことじゃ」


「変な奴…………」


 何故か言っていることはごく当たり前のことなのに、すごく勇気づけられる助言をもらったような気がした。

 こうして助言を肝に銘じて生きていけば、この先来る人生の節目でも、誤った道を選ばずに済むような気さえした。


(これが占いの効果……!)


 占いとは、未来を知る手段ではない。

 未来を生きるための人生相談だったのである。


 目から鱗の体験に、シホはまんまと老婆の手の平の上だった。




「それで次は……坊ちゃんかい。坊ちゃんの場合は……ま、聞かずともわかるわな。恋愛運じゃろう?」

「!!」


 なんと、お年頃のミリウス君は、恋愛に興味があった模様である。


(そっか……無理もないよね)


 王族の恋愛問題といえば、すなわち王妃選定問題でもある。よい伴侶に巡り会えるかどうかは、王家の存続――ひいては国の命運もかかった一大事であるのだろう。


(苦労するね……青少年)


 シホはなんだかすごく応援したいような気持ちになって、ぐっと拳を握り締めた。


「お前さんは……そうさね。まず最初の忠告として―――― 一人の女に入れ込みすぎる点を直したほうがいい」

「!!」

「別に複数の女に手を出せと言ってるわけじゃないよ? ただその執着心というか、独占欲というか……そういうものを露骨に出したままでいれば、どんないい女も逃げていくというもんさ」

「……!!」


 一日にこうも驚くことが続くとは。

 どうやらミリウス君は、涼やかな容姿に反して、意外と恋愛面では情熱的なところがあるらしい。


 真っ赤に茹で上がるミリウスに、気を利かせて出て行くべきかどうか迷っていると、はしっと制服の袖をつかまれた。


(ここにいろっていうこと……?)


 まぁミリウスが騙されることがあっては、それこそ大問題である。

 シホは大人しくその場に留まる。


「しかしあんたはちゃんといい男だよ。惚れた女をちゃんと幸せにできるいい男だ」


 そうだろう、そうだろう。

 ミリウスは自慢の真面目な生徒である。


「ただちょっと思い入れが強すぎるせいで、道を間違うと手が付けられなくなるが……。まぁそれも相手の女次第じゃろう」


(……ん?)


「間違っても、相手の気持ちを無視して手に入れようとせんことじゃな。お前さんにはそれができるのかもしれんが……良い結果になるのはなかなかに険しい道じゃぞ?」


(何やら不穏な単語を聞いたような気がするが……)


 情熱的すぎるというのも考えものである。





「ま、お前さんの場合は、恋愛面以外は、自分でどうにかするじゃろう。金運でも将来運でも特に問題は――――……いや?」


 老婆は、水晶の奥に何か不穏な影を見つけたのか声を潜める。


「お前さん、一体――――――これほどまでに纏わりつく死の影をわしは見たことがない……」


(――――――!?)


 ミリウスは沈黙していた。


「いや……すまなんだ。お前さんの未来も、そこのお嬢ちゃんと同じであまりよく見えんのだ。ただの見間違い、杞憂かもしれん。案ずるな。……大丈夫。きっと真っ当に生きておれば、天運は必ずお前さんに味方する」

「………………」

「そうじゃな。そのためにも、お前さんを力づける味方が必要じゃな。……お嬢ちゃん、あんたどうだい?」


 突然祖母のように優しくなった老婆に、シホは話を振られて動揺する。


「この坊ちゃんを、あんたの力で幸せにはできんかね。わしにはお前さんたちが、似合いの夫婦のように見えるがの」


「あは……あははは…………」


 生徒同士のカップル予備軍だと思ったのか、老婆は適当なことを言ってのける。


 もちろんミリウスのことは幸せにしたい。

 自分にできることなら何でもする。

 が、それとこれは大きく話が違うのだ。


「彼のことはとても素敵だと思いますけど。ただ、結婚だかなんだかは、まだちょっと話が早いかなー……と」


 老婆が目をキラリと輝かせる。


「では脈ありというわけじゃな?」

「脈ありとかなしとかそいう話ではなくて……」

「どっちなんじゃい。はっきりせい!」

「わー、彼ってばとっても素敵ー。将来が楽しみだわー」


 棒読みで返したものの、そうすれば却ってミリウス本人に申し訳ないような気がしてくる。


「わかった……わかりました」


 シホは気を取り直して、なるべく誠実に回答するように心がける。


「彼は私にはもったいないほど素晴らしい人です。ただいまは結婚だとかそういうのは私自身とても考えられない状況なので、また将来落ち着いたときに再度『申し出があれば』、誠心誠意検討したいと思います」

「…………!」


 ミリウスが暗く沈んでいた瞳を大きく輝かせた。


「聞いたか、坊ちゃん。あれは押せば落ちるタイプとみた。アピールを欠かさんことじゃな」


 また老婆は適当なことを言っている。




「それじゃ、私たちはこれで……」


 シホはそそくさと席を立つ。

 怪しい看板の占い処は、その実、ただのお節介老婆の恋愛相談所だった。


(まぁ、本当にくっつきたいカップル未満同士なら喜ばれるお店なんだろうけど……)


 とりあえずあくどい商売はしていないようで安心する。


「じゃ、行こうか、ミリウス」


 促され、ミリウスが後ろ髪を引かれながら立とうとした瞬間――――。

 老婆がミリウスを引き留めた。


「……坊ちゃん。わしからの最後の助言じゃ」


 老婆は神妙な語り口で口を開く。


「お前さんの愛した女はいい女じゃ。ただとても――――難しい。一度つかんだ手は、決して離さぬことじゃ。でないとお前さんの想い人は――――――二度と手の届かぬ遠い場所に行ってしまう」

「………………」


 驚愕に見開いた目を、力強く何かを決意するように。

 ミリウスは深く頷くと老婆に背を向けて店を出た。



「…………大丈夫?」


 何やら予想外に不吉な予告までされてしまって、ただでさえ真面目で思い詰めやすいミリウスが心配だった。


「いえ……大丈夫です。でも…………」

 ミリウスは揺れる瞳でこちらを見下ろした。


「手を…………握ってもいいですか」

 震える唇から出たのは、そんな懇願のような問いかけだった。


(そりゃ死の影だのなんだの言われれば、不安にもなるよね……)


 老婆の営業トークの一部だったのかもしれないが、それでここまで思い詰めることになるミリウスが不憫だった。


(それくらいでいいならお安いご用だけど……)


 そっとミリウスの長い指を取り、柔らかく包み込む。


「大丈夫だよ、ミリウス! 私があげたお守りがあるでしょう? きみは絶対、大丈夫」


 ――それに側にいる限りは、自分が彼を守るのだ。



 満面の笑みを見せて笑えば、ミリウスもまたそっと微笑って繋いだ手を握り返してくれた。



 そうして二人は、しばらくそのままに、寄り添ったままで辺りを散策する。


 まるで本当の恋人のように。




 しかしそれが、不思議と嫌ではなかった――と。

 あとになってシホ・ランドールは回想する。







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