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第78話 ライオンとパンケーキ


 『それ』は、シホが意図して釣り上げた『獲物』でもあった。


 買い物に出たミリウスと離れたわずかな間。

 広場のベンチに一人静かに腰かけて。

 なるべく大人しそうな女子生徒を装って、孤独で退屈そうな雰囲気を醸し出せば、『彼ら』なら釣れるだろうと踏んでいた。



(まさか本当にいるとは思わなかったけど――)


 近寄る影に、ゆっくりと視線を挙げたシホの目の前には、三人の来場客らしき若い男たちがいた。


「きみ、大丈夫? 体調悪いんじゃない?」


 男の一人が丁寧そうに腰を折る。


「いえ、休んでいただけです」

「そうなんだ! なら元気なんだね。よかったー」


 男は安堵したように人懐こい笑みを浮かべる。

 その瞬間、わずかにしたりと上がった口角をシホは見逃さなかった。


「ならさー、ちょうどよかった! 俺たちさー初めての場所だからさー、どこに何があるのか全然わかんなくて。よかったらちょっと道案内してくんない?」


「それは……」

「お礼に何かおごるからさァー」

「人を……待っているので」

「待ってるって、全然来ないじゃん! そんな奴放っといてさァ――」




 ――『黒』である。


 シホが懸念したとおり、やはり学内にはこうした遊び目的の輩が潜り込んでいた。

 普段なら街で一定の抑止効果を持つ学院生の制服が、学園祭の雰囲気で見慣れてしまう今だけは、その効力を失っていた。


(学長が懸念していたとおりね……)


 だからこそ学長はシホに『この役目』を与えたのだろう。

 じとりとした瞳で彼らを見上げ、さてどう料理したものか……そうシホが考えあぐねていると……。





「――――何をしている?」


 シホを囲む男たちの背後から、凍てつくような声音が滑り込んできた。


 男たちが振り返る。

 その際、隙間から見えた声の主はやはり、ミリウスだった。

 両手いっぱいにシホが頼んだ食べ物を抱え、見たことのない怖い表情でこちらを睨んでいる。


「なんだお前――――」


 男たちは身構える。が、ミリウスは動じない。

 躊躇なく堂々と男たちの間に割って入る。

 その貴族然とした優雅な物腰に、思わず身を引いた男たちを背に、ミリウスはゆっくりとシホの隣に荷物を置いた。


 そしてこれ以上なく鷹揚に振り返ると、男たちをめつけてこう言った。


「なんだお前――か。こちらの台詞だ。……誰の許可を得て彼女に声をかけている?」


 睥睨するような、強い怒りを孕んだ声音だった。


「お前たちの流儀に従うなら……そうだな。『他人ひとものに手を出す輩は、何をされても文句は言えない』――――だったか?」


 ミリウスの手元に――呪紋指導の成果だろうか――小さな炎がボッと灯る。


「……!!!」


 その輝きを目にしたのだろう。

 男たちは勝ち目がないと踏んで、一目散に散っていった。



「あ……ありがとう」


 男たちが去って行った方向を、険しい目つきで追っていたミリウスに、シホは呑まれていた雰囲気を振り払って、とりあえず礼を言う。

 自分で収めるつもりだったとはいえ、結果としてミリウスに助けられる形になってしまった。


「いえ……」


 ミリウスの表情は未だ険しいままだ。

 その視線は男たちから興味を失うと、今度はベンチに腰かけたままのシホに降り注いだ。


「……? ???」


 じっと険しいままの視線で、むしろどこか抑えた怒りさえ孕んだような眼差しで見下ろされると、シホは何を責められているのかわからず混乱してしまう。


「先せ――いえ、シルヴィ。あなたは無防備すぎです」

「?」

「その隙はわざとやっているんですか? そうでないなら――……」


 わざとやっているのだが、そう答えるとそれはそれできつく怒られそうな気がしてシホは身を竦めた。


「隙を見せるのは何のためですか? 男を誘うためですか?? それなら――――……」


 ミリウスは据わった目つきのままシホの正面に立つと、その長身を折った。

 長い両腕がすっと伸びてきて、シホの両肩を通り越し、ベンチの背もたれを鷲づかむ。


(逃げられない……!)


 完全にミリウスの両腕に挟まれ動きを封じられる形になって、シホは無言の怒りを湛えた双眸と対峙することになってしまった。


「あの、これにはわけがあって……」

「へぇ、それはそれは。どんな理由が……?」


 ひっ。

 冷たい笑顔が怖い。


 前々から思っていたことだが、時折ミリウスはライオンのような恐ろしい目をすることがある。

 先ほどの、男たちの間を割ってベンチに荷を置いたときなども、一瞬――シホの無事を確認するためだったのだろうが――獅子のような目をしていた。


 一瞬、ほんの一瞬、こちらをちらりと見ただけだったのだが。その瞬間、シホはまるで獅子となったミリウスに、首筋にその牙を突き立てられたような錯覚を覚えたのだった。


(ミリウスは……きっと怒らせると怖い!!)



 彼の善意からの心配に、手間をかけたうえ彼を怒らせるわけにはいかなくて。


「ごめんなさい……!!」

 シホは平身低頭、平謝りをした。








「そういうわけだったんですか……学長からの依頼で」

「そうなの……」


 聞くなりミリウスはすっと立ち上がって、近くに巡回に来ていた衛兵のもとに歩み寄ると、何事か2、3、話をして帰ってきた。


「彼らの身形の特徴を報告してきました。じきに衛兵たちによって学外に追い出されるでしょう」


 それでもまだ怒り覚めやらぬといった面持ちのミリウスは不満顔だ。


「学長も学長ですが、シルヴィもシルヴィです。人を頼ればいいものを……もし一人で罠を張って、何かあったらどうするんです」


 まさか魔物ですらなく人間の、それも素人相手に何かあるとは思えなかったが……きっとミリウスが言いたいのはそういうことではないのだろう。


「ごめん。今度からは人を頼るようにする」

「そのときは絶対に俺を呼んでください。絶対に」


 もちろん魔術にも剣技にも優れたミリウスなら心強いが、そう頼ってばかりでいいのだろうか?


 そう告げるとミリウスは、


「俺以外の半端な人間を頼って何かあった場合――シルヴィは俺に一生後悔をさせ続けたいんですか?」


 笑顔でチクチクと棘を刺すさまは、どこか彼の後見人貴族に似てきた気がする。

 そんなことを思いながら、真面目な彼ならさもありなん、と、何でも背負い込みそうな彼に、シホは二度と同じことをしないことを誓った。







 昼食代わりのパンケーキを食べ、ミリウスの機嫌も直ったころ、シホはベンチから立ち上がる。

 囮作戦は禁止されてしまったが、見回りは仕事である。続けなくてはならない。


 さて、次はどこを調べようか――。


 校内を巡っていたシホは、ある教室の前でふと立ち止まる。




『注目!レムリアの母、絶対当たる占い処!? あなたも恋の占いしてみませんか?』



 なにやら怪しい看板が、きらきらとした飾りつけで立っていた。






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