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第7話 新人教師シホ・ランドール 3



 初手は、ファビアンの火炎魔法だった。

 人の頭大の火球が轟音を立ててシホ目がけて突撃する。


 その火球を、先ほど披露した機動力で回避すると、シホもまた、何らかの術を唱え始める。



 一方のファビアンは、距離を詰めさせることなく、一定の間隔を保ちながら、立て続けに今度は水魔法を展開する。


 瀑布が薄い水膜へと変じ、たちまち二人の間の視界を遮った。



「凍てつけ!」


 ファビアンの指令に応え、水膜が氷壁へと転じる。

 簡易の防御壁だ。



「――砕けろ」


 シホの短い呪文に殴打されたように、ぐるりと張り巡らされた氷壁が破砕する。



「礫塊よ!」


 ファビアンの声に応じるように、今度は大地が盛り上がり、多数の石つぶてが飛弾となってシホを襲う。



「――沈め」


 やけに短い呪文で――短縮呪文か――礫塊もまた、彼女の周りにゴトゴトと音を立てて沈んだ。




 周囲に転がった氷壁の破片や瓦礫を見回して、シホは呟く。



「……飛び道具じゃないと、戦えないの?」


「ハッ、あんたみたいな熊女と正面から遣り合うのはゴメンだからな」


「熊…女……」


 密かにショックを受けているのか、シホの動きが一瞬停止する。



「水瀑よ――」


 再び、流水のうねりがシホを襲う。そして、




『凍りつけ――!!』



 二人の呪文が重なった。




 ――シホは、その水の奔流を止めるために。


 ――ファビアンは、()()()()()()()()()()()させ、その流れを変えるために。





「――――かかったな」


 ファビアンの低い唸りが合図だった。


「――っ!」


 強大な冷気を感じ、シホは直感的にその場を離れようと飛びすさる。が、脚が動かない。


 見ればそこには、地上に溜まったわずかな水が池となり、先ほどの冷気で凍りついていた。


(池――――!?)


 こんな平地で水が溜まるはずが……。


 シホは見渡して、ハッと気づく。


 この瓦礫の山は、そのためだったのか――。



 シホの周囲に積み上げられた、小さな瓦礫と氷壁の残骸。

 それらが堰となり、一瞬だけでもファビアンが生み出した水流を堰き止めていた。




「氷槍よ――!」


 ファビアンが渾身の力を込めて叫ぶ。



 先ほどまで氷壁の残骸として転がっていた欠片たちが、ふわりと宙に浮いて一斉に向きを変えた。




「ファビアン――――!!!」


 ミリウスの制止の声が遠くに響く。




 しかしそれらは、シホに照準を合わせ、容赦なく飛来した。









 ガラスが割れるような、破砕音。


 それはキラキラとした破片を伴って、シホの周囲に降り注ぐ。


 まるで、無数のクリスタルを身にまとったドレスのように。


 ――――シホを狙った氷槍は、一瞬にして砕け散った。




「………………」



 観戦していた一同が、一瞬にして息を呑む。



 やがて誰かが口を開いた。




「呪文……聞こえたか、今の」


 ふるふると周囲の人間が首を振る。


 それはまるで、シホの身振りひとつで、氷槍が打ち砕かれたようだった。



「まさかここまでとは……ファビアン、本当にきみは素晴らしい。将来有望だ」


 しっかりと魔法戦をしている。

 嬉しそうにシホは語る。



「そんなきみに応えて、私もひとつ種明かしをしよう」


 そう言うと、シホはゆっくりと外套に指を滑らせる。


 するとそこには、今までなぜか気にも留めなかった、分厚い魔法書が現れた。



(どうして気づかなかった……?)


 まるで、その存在感を消されていたように。

 誰もが初めて見た代物のように、戦場に不釣り合いな魔法書に釘付けになる。



「私が、リンデールの魔法学院を次席で卒業できた理由はね……」


 魔法書が、ばたばたと音を立ててページを繰る。

 ひとりでに。

 まるで、意思を持つかのように。



「私が、『呪紋使い』だからだよ――」





 ――『呪紋使い』。


 聞いたことがある。

 この世には、正統派の口述呪文による魔力行使の他に、呪力紋章――呪紋による魔法があるのだと。


 呪紋の利点は主に2つ。

 一つは、詠唱の必要がないこと。

 二つ目は、効果や魔力を保存できること。


 ゆえに――対人戦において、数十の呪紋を用意することができるなら、それは瞬間的に、同数近い兵力を用意できることに等しい――と。



(しかし呪紋は、単純な作用のものしか開発されていないはず――)


 ゆえに、主たる用途は、魔石や魔道具に刻み、照明や結界、動力機関のような固定設備として利用するに止まるはずだった。

 魔術師が呪符として持参しても、あまりに応用が利かず、決まった型どおりにしか作用しないと、倦厭されていたはずだった。



「私は、数百の呪紋を取捨選択・組み合わせて行使できるんだ」


 それが即ち、何を意味するのか――。


 シホ・ランドールは右手を軽く振り払う。

 きらきらと周囲を待っていた氷片が、ふわりと舞い上がって地に落ちた。


「特別に見せてあげよう――」


 ばたばたと音を立ててページを繰っていた魔法書が、ぴたりと止まる。


 ぴん、と立った1ページ。

 そこにシホは指を滑らせる。



いかずちよ」


 本来は必要のない呪文。けれど彼らには、これくらいのほうがわかりやすくていいだろう。


 シホは戦闘開始時から掛け続けていた防御魔法を、再度生徒たちに掛け直すと、念押しの確認をしてからその一撃を放った。



 雷撃が、演習場に巨大な跡を穿つまで、あと数秒。








        *





「この度は、本当に本当に申し訳ありませんでした……!」


 再度深くお詫びをして、おずおずと学長室から退室する。


 傍目にもわかりやすく落胆しているのは……そう、他でもない。

 シホ・ランドール。本日本校に赴任したばかりの新人教師だ。


 赴任初日に演習場にどでかい焼け跡を残し、抉った土の修復作業に追われ、そして生徒を必要のない危険に晒したと学長室に呼ばれ、今し方までこっぴどくお説教を受けてきた、その人である。



「うぅ……よかれと思ったのに」


 シホ本人の自覚がないのが問題だが、彼女の常識は少しばかりおかしかった。


 普通は生徒相手に大火力の攻撃魔法なんて撃たないし(それがたとえ防御魔法をかけていたとしても)、

 何よりその生徒が王侯貴族だったというのだからはっきりいって正気の沙汰ではない。


 よくて打ち首、悪ければ一族郎党反逆罪で処刑されてもおかしくない。



「本当の魔法を見せてあげたかっただけなのに……だってあんなに見所があるんだし、絶対将来役立つと思ったのに……」


 自身がスパルタな指導を受けてきたせいで、やっていいことと悪いことの基準が世間一般とかなりずれている彼女は、大きく落胆していた。



「私が次席だったってことも学院にバレちゃったし、まさかこれで解雇ってことも……」


 あわあわと狼狽え始める。

 そんな背中に、背後の廊下から声がかかった。


「先生。どうでしたか?」


 どう、とは学長室でのお説教のことだろうか。


 シホが振り返ると、そこには苦笑を浮かべた生徒たち――ミリウスやラスティン、ファビアンたちがいた。


「先生、やめさせられちゃうんですか……?」


 自己紹介もろくにさせてあげられなかった女子生徒が、心配そうな目でこちらを見る。


「今日は、やめろとは言われなかったけど……」


 今後はどうなるかわからない。本気で、わからない。


「先生! やめないでくれよ!!」


 切実な声を上げるのはラスティンだ。

 隣ではファビアンが面倒くさそうに『俺は別に何も言ってないからな』と、暗に学院にチクったわけではないと口を尖らせている。


(ファビアンの性格上、そうじゃないとは思ったけど……)


 あれだけ派手に轟音を立てれば、それは何事かと教師も飛び出してくるだろう。


 焼け野原に立ち尽くす生徒たちを見て、他の教師は何を思っただろうか。



「ああぁぁぁ……穴があったら入りたい……!」


 頭を抱える。やはり自分には教師は向いていないのかもしれない。


「……先生、まだ始まったばかりですよ」


 ミリウスが、その長身を折って、まるで子供にするように微笑みかける。


「まだ、俺たちの一年は始まったばかりです」


 柔らかな金の髪が、春の風に吹かれて揺れていた。



「……こんな先生でいいの?」

「いいんです」


 周囲を見渡せば、コクコクと頷く生徒たち。


 威厳も、貫禄も、何もない教師だけど……。



「もう少しだけ……やってみようかな……」



 彼らに、見放されないうちは。


 もう少しだけ。






 その日、シホ・ランドールは、王立アーミントン魔法学院 リースター・カレッジの担任になった。



 その後、数々の伝説を作り上げるのは――まだ、誰も知らない話。




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