第75話 予想外の来客
ティーハウス・リースターは好評だった。
朝の慌ただしいひとときを終え、落ち着いた店内を見回して、シホはうんとひとつ頷いた。
(間違いない。お客もかなり満足してくれてる)
それは目にも明らかだった。
キラキラとした容姿でスマートに配膳や歓談までするファビアンを始めとして、経験のないほかの生徒たちも一生懸命頑張ってくれていた。
途中から参加したミリウスもよくやったほうだ。
始めは慣れないからだろう。見様見真似のたどたどしい手つきでおそるおそる給仕をしていたが、いまでは大分経験を積んでスマートになった。
まだ初々しい感じは残るものの、そこが来店する女性客には却って心つかまれるのだろう。キラキラとした目で彼女たちはミリウスを見つめていた。
(まぁ……無理もないか)
遠目に見てもハッとするほど、ミリウスの容姿は整っていた。
ファビアンとはまた違う。甘い顔立ち、というよりは精悍な。いや、彫刻のように整ったというべきだろうか?
上手い表現は見つからないが、とても品のいい――――そう、正統派の王子らしい整った顔立ちなのである。
それが慎ましく奉仕的な使用人服に身を包んでいるのが、彼女たちにはたまらないのだろう。
ミリウスもまた、ファビアンに並んで店内の熱い視線を集めていた。
「――――先生!」
なんとはなしに見つめていれば、こちらの視線にミリウスが気づいたのだろう。
彼は嬉しそうに駆け寄ってきた。
「先生! 見てくれましたか……!? 俺は市井に降りても給仕でやっていけるかもしれない……!」
新たな技術を身につけたのが嬉しいのだろう。
彼は自信に満ちた表情で、頬を紅潮させながら語りかけてきた。
「そうだね~、きみならたぶんやっていけるだろうね」
これだけ女性受けが良ければ、そう悪い結果にはならないだろう。
多少世間知らずなところが玉に瑕だが、もともと能力の高い彼のことである。
どこでもやっていけそうな気がした。
「そう、でしょうか…? それなら先生も、その衣装……とてもよく似合っています……。その、もし俺が店を開いたなら、先生も一緒に…………」
ミリウスが言い終わる前に、新たな来客を告げる鐘が鳴る。
「ごめんね、ミリウス! またあとで」
落ち着いたとはいえ、交替の時間が来るまでは。
彼とはゆっくりと話せそうにはなかった。
何度目かの新たな来客を告げるベルの音が響いたあと。
新しく埋まった席の注文を取りに向かったシホは、
「あ」
と品のない声を出した。
「まったくもって、間抜けな声を出すメイドもいたものですね」
耳に馴染み、懐かしいという感想も出ないほど脳裏に染み付いた『嫌味な声』。
その声を出す甘いマスクの御仁が、そのテーブルに掛けていた。
「レナード・ライオール…………どうしてここに」
「おや? 今日は生徒の保護者も招待されていると書面にありましたが?」
レナードは懐から、保護者宛に学院が送ったものだろう。アーミントンの紋章入りの封筒を取り出して掲げて見せた。
「それはそれは……。まさかあなたのような方が、このような学生の催しに興味を持たれるとは思わず」
ライオール邸でのラスティンへの対応を目にしたあとでは、彼がここに訪れることなど全く予想できなかった。
(ということは目的は……ミリウス関連ね)
彼が生活する学院の状況を確認に来たのだろう。
それでわざわざこうして遠方から馬車を走らせ訪ねてきたのである。
「遠いところはるばるお越しいただいて光栄ですわ」
「ええ、その甲斐はありましたよ。こうして『面白いもの』を見られましたし」
にこにこにこ。
感情の読み取れない笑顔が怖い。
「次期国王候補の殿下に給仕をさせるとは…………随分大胆なことを思いつく教師もいたものですね?」
「!」
(私のせいじゃない! ……私のせいだけど)
内心言いたいことは山ほどあるが、結果、ミリウスに給仕役をさせているのはシホである。
何も言い返すことはできない。
「どうしたんです? 間抜けな声といい、本当に躾のなっていないメイドになってしまいましたか? それならば一度ライオールで雇って教育し直したほうがよいかもしれませんね?」
スッと、レナードの長い指先が頬へと伸びる。
瞬間、ぐいっと横から腕が伸びてきてシホを押しのけた。
「――お客様、ご注文がおありなようでしたら『私が』お伺いいたします」
ぐっとシホを押しのけて前に出てきたのは、ミリウスだった。
なにやら見上げたこめかみがひくひくしている気がするが、気のせいだろうか。
「先生は裏へ。もう交替の時間です」
潜めた声で耳打ちされ、裏へと押しやられる。
ミリウスは完全に作り物の笑顔で、にこやかにレナードと対峙していた。
(これは…………あれかな。参観日に来るなと言ってた保護者が来たやつ……)
それはなんとも、気恥ずかしい。
ミリウスのひくつくこめかみの理由もわかるような気がした。
(ごめんねミリウス。それじゃ、先に上がらせてもらうから)
シホは沈黙して笑顔でにらみ合う二人を置き去りに、その場を退散するのだった。
*
「――どういうつもりだ?」
ホールに残されたミリウスは、のうのうとテーブルにつくレナードを見下ろして凍りつくような声を出した。
「これは殿下。いや、給仕殿? 怖い声を出してどうしたのです?」
「誤魔化すな」
周囲には不穏な気配を気取られぬよう、努めて通常の注文を受けに来た給仕役のふりをする。
が、内心は穏やかではなかった。
(どうしてレナードがここに――――)
この男の考えていることは大抵理解できる。
おそらく自分が生活する学院の環境を見に来たのだ。
が、そこまでなら理解できるが、どうしてこの店までに。
(しかも――――また先生に手を)
シホに触れようとしたその指先を睨みつけて、ミリウスは怒気を込めた。
「おや、使用人とはそのように主人を睨めつけるものでしたか? あなたにはやはり『その役』は似合わないようだ」
「使用人にも使用人の言い分がありますので。いくら主人といえど、メイドに手を出す者は見過ごせません」
「さて? それではまるで、あなたがあのメイドの『所有者』のような物言いですが。――ただの同僚には出過ぎた真似でしょう」
バチバチバチ、と火花が飛ぶ。
「…………まあよいでしょう。ここであなたと争っても価値はない。私はあの娘に、この学院を案内させようとしただけです」
「案内?」
「一人で歩くには、何かと邪魔が入るもので」
一人で校内を闊歩するレナード。
それはおそろしく人目を惹くだろう。そして、無謀ながら『あわよくば』のチャンスを狙う令嬢やその保護者たちが、我先にと声をかけそうな状況だった。
「それならばラスティンに声をかければいいだろう」
「…………こんなときに限っていないのが、あの役立たずなのです」
「………………あ」
そういえばラスティンは、今頃演劇に出演していた。
舞台はほかのクラスの出し物だが、特殊な役どころで是非にと請われたのである。
それを考えると見つからないのも当然のような気がした。
「ラスティンは………もうしばらくすればここに来る。ほかの生徒に事情を話しておくから、弟に案内してもらえ」
それが彼ら兄弟のためにもいいだろう。
友人への情けのために、彼が演劇に出演することは伏せて、ミリウスはさっさと注文を取って退散することにした。
(早く、先生を見つけないと……)
レナードに見つかれば、先生がつかまってしまう。
ミリウスは早足でバックヤードへと駆け込んだ。




