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第74話 ティーハウス・リースター


 廊下に飛び出したシホが見たのは、ホールの入り口から延々と伸びる行列だった。


(まさか……これほどとは)


 生徒たちから一報を受け、大変なことになっているのは知っていた。

 が、予想以上である。


(開幕間もない時間からこの人数。しかも客層はすべて若い女性ばかり…………これは)


 脳内で、ひとつの答えが導き出される。



(――――ファビアンの仕業ね!!)



 仕業、とはなんとも酷い言い草だが、間違いなく彼の影響である。


 元々ティーハウス・リースターは女性客が多くなる想定の店だった。

 菓子類の充実した喫茶店というのは、男性より女性客に好まれるものだし、給仕をする学生も――リースターと合同で運営してくれている他クラスの生徒を入れても――女子よりも男子生徒のほうが多かった。


 よって、当初より女性客比が多くなる傾向にあるのはわかっていたのである。



(でも、この開店直後の行列は、それだけでは説明がつかない――)


 行列をなす女性客たちは、一様に『何か』を目的に朝早くからここを『目指して』来ていた。


(導き出される結論は――やはり…………)


 シホはちらりとホールの入り口から中を覗き込む。


 そこにはきらきらとした給仕服に身を包む、いつも以上に輝いたファビアンの姿があった。


(た……たしかにこれは、街の女子なら誘われたら断れない)


 自分はすっかり見慣れてしまったが、そう改めて実感し直すほどにファビアンは人を惹きつける容姿をしていた。

 甘く整った面立ちに、柔らかな物腰。それが今日はパリッと糊の効いたお仕着せのシャツを着て、いつも以上に眩しいくらいに輝いていた。


(準備期間中ビラ係を任せたのが、まさかここまで効果を発揮するとは……)


 シホは数日前の出来事を回想する。







「ファビアン、こら! 逃げないの!」

「えぇ~面倒くせぇぇ。何が楽しくて給仕の真似事なんかするんだよ」


 数日前、学園祭準備期間中。ファビアンはティーハウス・リースターの準備に消極的だった。


 無理もない。

 新鮮な体験に心躍らせる貴族生徒たちとは違い、ファビアンなど平民出身の生徒にとって、これは純粋な『労働』である。

 ファビアンは何かにつけてサボろうとしていた。


「わかった。じゃあファビアン、あなたを宣伝部長に任命します」

「は? 宣伝部長?」

「ほかに何人か連れて、街でビラを配ってきて。お客を呼ぶの。それが終わったら休んでいいから」

「なんで俺がそんなこと……」


「じゃあここで夜まで準備したい?」

「ぜってぇーやだ」

「じゃあ街に行ってきなさい。あ、ビラを適当な場所に捨ててもダメだからね。ちゃんと結果――お客の入りで判断するから」

「はぁ!?」

「当日お客がたくさん入ったら、なにかご褒美をあげるから。だからとりあえず仕事をして」

「ぐ………………」


 絶対、絶対嘘はつくなよな!

 そう捨て台詞を吐いて、ファビアンはラスティンほか数名の生徒を連れて街へと繰り出していったのだった。






(そりゃ適材適所で選んだつもりだったけど……)


 何しろビラ配りとは、案外適任者選びの難しい仕事だったのである。

 ラスティンのような階級問わずガンガン前に出ていき話しかけるタイプの生徒は別として、通常貴族の生徒は他人に何かを売り込むのが苦手である。


 無理もない。貴族とは他人の興味を引かずとも周りが振り返り、必要なものは使用人がすべて用意してくれるから貴族なのであって、ビラ配りのような地道な売り込み活動には不向きである。


 例えば貴族代表ともいえるミリウスに、ビラ配りを任せたとしよう。

 彼は特別真面目だが、おそらく結果は芳しくない。

 道行く通行人に、礼儀正しいが控えめにチラシを差し出して『もしよければ……』と声をかけ――――結果、無視されるかそっけない反応をもらうのがオチである。



(だからこそファビアンに任せたのだけど――)


 その結果が、この大量のお客である。


 前々から彼が飲食店をすれば繁盛間違いないとは思っていたが、まさかそれがここまでとは。


 我が生徒ながら、驚くべき集客力だ。




(それに――――やっぱり手際もいい)


 なんだかんだ準備中には散々文句を言いながら、それでも本番となると一番頼りになるのはファビアンだった。


 どこかで給仕の経験でもあったのだろうか?

 ファビアンは給仕としてとびきり優秀だった。


 通常一人で担当できるテーブル数には限度があるが、ファビアンはその何倍ものテーブルに目を走らせ、ほかの生徒たちの穴を的確に埋めていた。


(注文の取り方も、客の捌き方も、サービス精神も、どこを取っても非の打ち所がない……)


 それどころか店内を見回して、ほかの生徒のサポートをしながら、彼らにそれとなく次にしておくべきことの助言までしている始末である。


(やる気がなさそうにしていたわりには、やっぱり頼りになるのよねー)


 始まる前は面倒くさそうに顔をしかめていたくせに。クラスの仲間たちが困っていると放っておけないのが、なんとも仲間想いのファビアンらしかった。



(メイド喫茶……やってよかったかも)


 普段は一匹狼を決め込むファビアンが、頼りになる存在としてクラス内でも受け入れられていくのを見て、シホは密かに笑顔を浮かべたのだった。






(……っと、感心してる場合じゃない! 私も働かないと!!)


 まずは、この目の前の大量の来客を捌くことが重要だ。


 シホは身を翻すと、自身もまた一人のメイドとして、ホールでの接客に加わるのだった。






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