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第72話 学長室の密命


「それで先生は落ち込んでいるんですか」


 教室での新・学園祭騒動から1時間。

 たまたま監督生の用で教室を空けていたミリウスは、帰って来るなり事情を聞いてシホを慰めてくれた。


「だからそんなつもりで言ったわけじゃなかったのに……」

「ですが実際、良い案だと思いますよ。不要品を集めて売るだけより、もっと学びの機会は多いはずです」

「それは……そうかもしれないけど」


 あんなこと言わなければよかった。

 そんな後悔の念に満ちていた思考は、ミリウスと会話をすることでいくらか紛れたようだ。


「ありがとねミリウス。きみがいてくれて本当によかった」

「え…………」


 何故か固まったミリウスが立ち尽くしているが、それは事実だった。

 正直これほど大事になっては、シホの手ひとつには余るだろう。

 学内挙げての行事となってしまっては、監督生であるミリウスたちの手も借りなければならない。


「大丈夫ですよ、先生。ここはアーミントンです。催し物の開催は得意な生徒たちばかりです。安心してください」


 それはどういう意味だろう。




 ほどなくして、シホはその意味を知る。





          *




 催し物の開催と、現場の指揮は、貴族の義務なのだという。


 実際その言葉を体現するかのように、リースターの生徒たちは素晴らしく働いていた。


「メイド喫茶――ティーハウスで出す紅茶の手配は?」

「すでに我が家お抱えの貿易商から、各国様々な品種をアーミントン宛てに送るよう手配を済ませてあります」

「では、ケーキ類の手配は?」

「食堂の菓子職人の方と交渉し、こちらの指定した種類、個数を当日ご用意いただけるよう依頼済みです」

「よろしい」

「では、問題の使用人服の手配と会場となるホールの座席配置だけど……」


 てきぱきと、驚くべき早さで物事が決まっていく。


(さすが貴族子弟……やることが的確で早い)


 呑気にいちからメニューを考案し、素人感たっぷりのケーキを自作してみる――などではなく、即この季節に提供できる素材からつくれるメニューをピックアップ。

 紅茶の種類に合わせた菓子を、アーミントンいちの菓子職人ともいえる食堂の菓子係に発注をかけたのである。


(自らで行うのではなく、人を動かす能力。それが人の上に立つ者かぁ……)


 なんだかこちらが教えられた感さえある。



「先生! どうですか! こんな感じでいいですか?」


 笑顔で駆け寄ってくるエメリーはキラキラと輝いていた。


「うん。とても素敵だと思うよ。想像していた何倍も……」

「きゃーっ、嬉しい……!!」


 エメリーは歓喜に飛び跳ねているが、それも当然である。

 何しろ予算も違うし、こちらのほうが圧倒的に本格派なのである。

 飲み物に菓子類から、メイド喫茶もとい『ティーハウス・リースター』で着用する使用人服に至っても、すべてが本物で本格的なものばかりだ。


 夢の中のぺらっぺらの生地作られたメイド服などではない。




「あっ、いた! ランドール先生だ!」


 見れば教室の入り口に他クラスの生徒の姿が見える。


「うちのモンスター・ハウスも、これでいいか見てくださいよ!」

「ぜひ魔物の専門家としてのご意見を!」

「うちの屋台も!」

「演劇だって!!」


 何故か『監修:シホ・ランドール』とつけていいレベルで各クラスから引っ張りだこなのだ。


「はいはい、わかった。わかったから順番に……」


 学園祭当日まで身が持つだろうか。

 シホは天を見上げて、目を閉じた。





          *




「ほっほっほ。学園祭の準備はどうですかな、ランドール先生」


 学園祭を控えたある日、シホは突然学長室に招かれた。


「順調……だと思います。想像より大事になっている気はしますが……」


 いまやリンデール風学園祭の影響は、学内中に広がってしまっている。

 各クラスがそれぞれ従来と異なる形の催しを、創意工夫を凝らして準備している最中だ。


「それはよかった。例年にはないこの活気、どのクラスを見て回っても、生徒たちの表情が実にいきいきとしている。先生には本当に感謝していますよ」

「はぁ……」


 感謝はありがたい。が、学長がただそれだけのことで自分を学長室まで呼び寄せるとは思えなかった。

 これは何かある……そうシホは踏んでいた。



「それで学長、ご用件は……」

「ああ、これは。そうですね、先生も忙しい。手短にお伝えしましょう」


 そう言うと学長はにこやかに、とんでもないことを言った。


「先生への用というのはですね。学園祭当日のことです。私は先生に『学生として一日を過ごしてもらいたい』のです」

「……? ………は!!?」


 学長は用意周到に、アーミントンの学生服まで持ち出してきて机に置いた。


「ま……待ってください。私は教員です。それがどうして生徒として……」

「先生が混乱されるのも理解できます。突拍子もない話でしょう。ですが私は、ランドール先生……いや、シホ・ランドール君。あなたにもきちんとした学生時代を体験してもらいたいのです」


 そうシホのことを名前で呼ぶ学長は、まるで生徒を見守るときのように優しい目をしていた。


「あなたには黙っていましたが……実は私はリンデールの魔法学院のことを少々知っているのです」

「!」

「あちらには『学園祭』などという行事は存在しない。ましてや先生の口から聞いたような革新的な催しなど……あれはどこの学園での出来事でしょうか?」


 だらだらだら。

 脳内にすさまじい量の冷や汗が流れ落ちる。

 まさか『夢に出てくる異世界での出来事です♪』などと言えるはずもなく、シホはぐっと口をつぐんだ。


「私は考えました。先生がどうしてそのようなことを口にしたのかと……そうして思い至ったのです」


 ごくり、と唾が喉を滑り落ちる。


「斬新な見たことも聞いたこともない学園祭――――あれは、ランドール先生。あなたが学生時代に思い描いた、強い願望だったのではないか――と」

「…………。はっ?」

「考えてみればあなたは若い。そして史上最年少ともいえる年齢であのリンデールの魔法学院を卒業したのです。それは困難に困難を極めた、学問漬けの毎日だったのでしょう。だからこそ先生はいま、生徒たちに学問以外の大切さを、その身で愛情を持って彼らに教えている」


 学長はひとつの確信を得たように力強く頷いた。


「ですがその愛情は、ランドール先生。あなたにも向けられるべきものなのです。人生に遅いということはない。いまからでも生徒たちと共に、学生時代という人生の青春を謳歌すべきなのです」


 学長は教育者の眼差しで、きらきらとシホに慈愛の眼差しを注いでいた。


「………………」


(いや、これは……どうしたものか)


 『学長の勘違いです』。

 そう言った瞬間、『ではあの学園祭のアイデアはどこから?』と追及が始まってしまうだろう。

 そうなるとマズい。すぐに用意できるそれらしい答えなど持ち合わせていない。

 しかし正直に答えれば、頭のおかしい人間の烙印を押され、学院を解雇されかねないとも限らない。


(ま……マズい! すごくマズい!!)


 じっと学長を見れば、学長は好々爺のような笑みでシホの返答を待っている。


「わ、わかりました。学長のご厚意には感謝します。……ですがさすがにいい年した大人が学生服は…………」

「? 先生なら全く問題はないでしょう??」


 何を不思議なことを、と学長は首を傾げる。


「我が校の生徒には身分や家庭の事情で、先生以上の年齢で在籍している生徒もいます。彼らが着ているのに、先生が着て奇妙に見えるはずがありません」

「うっ…………」


 それを言われてしまえばぐうの音も出ない。


(学長から見れば二十歳なんて子供も同然なんだろうけど……)


 それでも羞恥心というものがあるのである。

 年頃の乙女には!


「学長の言い分はわかりましたが、学園祭中も業務時間です。ほかの先生の手前私だけ遊ぶわけには……」


 どうだ。最後の抵抗を試みる……が。


「それなら心配には及びません。実は先生にはもう一つ、お願いしたいことがあるのです」

「?」


 学長は好々爺のような表情から、真面目な顔に切り替える。そして、そのお願いとやらを真剣な表情で切り出した。


「先生には――――学園祭当日の、生徒視点からの学内の見回りをお願いしたいのです」


「生徒視点……」


 ――だからこの制服。

 シホは目の前に広げられた学生服の『本当の意味』をここに来て察する。



「今年の学園祭当日は、例年以上に学内には大勢の部外者が訪れることになるでしょう。校庭で慈善市を開いていただけ例年とは異なり、催しは学内の広い範囲に及ぶ……そうした教師の目の届きにくくなる環境で、生徒に害をなす不届き者が現れないとは限りません」

「………………」

「もちろん当日は学内の衛兵や巡回員を増やすつもりです。ですが得てして悪事は大人の目の届かないところで行われるもの……念には念を、入れておきたいのです」


(こちらが――本題か)


 それゆえに、生徒に『なりきれる』自分に、白羽の矢が立ったのだろう。


(生徒のため……か)


 それならば仕方がないような気がした。

 なにしろ自分の発言をきっかけに起こった事態である。

 生徒の安全に引き換えれば、自分の羞恥心など比べるまでもない。



「………………わかりました」



 はぁ、と重い溜め息をつく。



 こうしてここに、生徒シホ・ランドールが誕生したのである。







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