第69話 魔道具パニック 3
寮に戻ったシホがまず試したことは、石鹸や油などの潤滑剤を用いて指輪を外すことだった。
しかしどうしたわけか、指輪はそれらを使用してもビクともせず、不可思議な力で指に固定されたままだった。
研究室に戻り、指輪の入っていた箱を改めて確認する。
箱の外側には簡素な植物や星を模した自然的な装飾が施されており、反対に内側には特にこれといった装飾はなかった。
代わりに指輪の効果を表しているのだろうか、雲に包まれた指輪――のような、落書きのような絵がある。
その下には、短い文章で、
『 指輪を欲さぬ者は 石に触れるな 』
『 指輪を欲する者は 円環を時の流れに委ねよ』
と書いてあった。
偶然なかの詰め物が底から押し上げられ、上げ底状態になっていたために、肝心の説明文が読めない状態になっていた。
(失敗した…………。よくよく確認すればよかったのに)
しかしいつまでも落ち込んではいられない。
いまはこれを外すことが重要だ。
(いまの状態としては、『指輪を欲さぬ者』だから『石に触れるな』……なんだよね)
『石に触れるな』。
つまりは石に触れないまま時間が経過すれば、いつかは外れるということなのだろうか?
それならば『欲する者は 円環を時の流れに委ねよ』、この意味はどうなるのか。
円環とはリングのことだろう。これを時の流れに――時が経つまま手にしていれば、自動で装着されるということではないのだろうか?
それならば指輪を外す際に、同時にそれぞれの条件が満たされる状況が発生してしまう。
(どうすれば………………)
もっと隠された意味があるのでは。
そう頭を捻り始めたところで、階下でドアベルが鳴り話し声が聞こえ始めた。
(生徒たちだ……!)
一人では困難な状況でも、皆で知恵を集めればこの指輪を外せるかもしれない。
シホが期待に椅子から立ち上がった瞬間だった。
研究室の――――ドアが開く。
「だから先生が昼食時に食堂に姿を見せないのはおかしいんだ。どこかで体調を崩して倒れているかもしれない」
「そんな馬鹿な……」
シホを案じるミリウスの声。その声に続いて開いた扉。その開いた扉ごしに彼らと目が合った瞬間――――……。
彼らの目に、険悪な光が浮かんだ。
「お前は誰だ。何故ここにいる?――――――先生は、どこに行った」
普段は温厚で紳士的なミリウスから、いまにも目の前の人間を切り捨てんばかりの怒気が噴出する。
(そうだ――――彼らから見ればいまの自分は、赤の他人だった――――!)
彼らからすれば、自分たちの家ともいえる寮に立ち入っている見知らぬ他人。
それも、寮生でも限られた生徒しか立ち入っていない研究室、そこにいる赤の他人など、まず間違いなく物取りの類いだと思うだろう。
「ちが――これは違うの! 物取りなんかじゃない!」
「先生の私室に立ち入って私物を漁っておいてその言い様か。聞いて呆れる――」
シホの背後にある机には、いままさに中身を確認していたばかりのあの指輪の小箱があった。
「先生をどうした。まさか――――……」
そんなはずはない、とミリウスは自分に言い聞かせるも、不安げにその瞳が揺れる。
「お前は――――……!!」
激高したミリウスが掴みかかろうとしたところで、シホはようやく叫んだ。
「待って! 私がシホ! シホ・ランドールなの!!!」
「…………何を…………」
――わけのわからないことを。
ミリウスたちは一様に、軽蔑するような眼差しでシホを見つめた。
(駄目だった…………)
正体を打ち明けても、指輪の効果は消えなかった。
「そんな…………あんなに一緒に過ごしたじゃない」
記憶に蘇る愛おしい日常の数々が、まるで意味のなかったもののようにガラガラと目の前で崩れ去る。
「一緒に授業をしたじゃない。剣の稽古だって、たくさんしたじゃない。ドラゴンだって倒して――みんなで生き残ったじゃない」
そのシホにとって大切な日々の数々は、彼らにとってはそれほど意味のないものだったのだろうか。
「ファビアンにはお酒の危険さだって教えてもらったし、ラスティンにはライオールで素敵な花畑を教えてもらったし、ミリウスには――――これからも一緒にいていいって、ライオールで、あの星空の下で言ってくれたじゃない」
「――――!?」
三者三様に、ぴたりと顔を見合わせた。
「お前…………本当にあいつなのか?」
ファビアンがおそるおそる疑いながらも目を凝らす。
「先生……なんだよな?」
ラスティンが信じられないといった風に覗き込む。
そして――――……。
「先……生。なんで…………」
ミリウスがその瞳を驚愕に見開いて、固まっていた。
……どうやら誤解は解けたらしい。
シホはほっと胸を撫で下ろした。




