第68話 魔道具パニック 2
倉庫整理の報酬としてもらった指輪を嵌めて、シホは一路食堂へと向かう。
そろそろ昼食の頃合いだ。
今日は倉庫の整理でよく動いたせいか、いい感じに腹も空いており、たくさん食べられそうな気がした。
そんなときに、目の前の回廊に一人の人物の後ろ姿が見えた。
(あれは…………ミリウス!)
これから昼食に向かうのだろうか。
彼は休日だというのに、いつもと変わらぬ規則正しさで、背筋をピンと伸ばして姿勢良く歩いていた。
(そうだ! 驚かせてみよっ!)
ちょっとしたいたずら心で、シホはミリウスに向かって駆け出した。
足音を消して、距離を詰め、背後からポンとその肩を叩く。
そして同時に、
「ミーリウスっ!!」
と、満面の笑みで声を掛けた。
びくり、と驚いたのだろう、ミリウスはゆっくりとこちらを振り返る。
そして――――……目を見開いて、一瞬、少しだけ眉根を寄せると、すぐさま爽やかなお手本のような笑顔を浮かべた。
「これは……驚いたな。いきなりだったからびっくりしたよ」
「あ…………え、と……ごめん」
「何か用かな?」
「あ……いや。一緒に、お昼はどうかなと思って…………」
何故か徐々に口ごもるように小さくなっていくシホの声に、ミリウスは相変わらずの爽やかな笑顔を浮かべながらこう答えた。
「すまない。昼は他の約束があるんだ。申し訳ないけれど、他の人を誘ってあげると喜ばれると思うよ」
そう言い残して、ミリウスは爽やかに去って行った。
「………………???」
あれ?
予想と異なる展開に混乱する。
想像では、もっと好意的な反応が返ってくると思っていた。
肩を叩いて、名を呼んで。そうすればミリウスは、驚いて顔を赤くしながらも、笑顔で『…先生!』と、受け入れてくれるような気がしていた。
そうではなかった事実に、ぽかりと胸に穴が空いたような空虚感が訪れる。
「………………あれ?」
何故だかわからなかったけれど、それはとてもひどく……寂しかった。
*
次にシホが出会ったのは、ラスティンだった。
ミリウスを追いかけていたのだろうか、中庭を走っていたラスティンを呼び止めると、彼は「ん?」と首を傾げ、いつものようにこちらに寄ってきた。
「どうしたんだ?」
「いや、ラスティンの姿が見えたから」
「あーそっか。そりゃ仕方がないな! いつでも見かけたら呼んでくれよ!」
ミリウスとは違い、いつもと変わらない反応にホッとする。
「……大丈夫か? なんか元気がなさそうに見えるけど」
「や、そんなことないよ。大丈夫」
「ならいいけど……いつでも言えよ。相談なら乗るから」
「ありがとう……」
なんだかんだ言って、ラスティンはとても頼りになるのだ。
「ラスティンは……優しいね」
「!?」
「そうだ、これからお昼なんだけど一緒に――――」
「っっ!! あぁ~ッ、えぇ…と!! お、俺はこれから用があるんで、また今度! また今度な~~~~ッ!!」
突風に煽られる葉のように、手をひらひらと振りながら一瞬にしてどこかへと消えていった。
(………………???)
シホの心に、不可解な疑問だけが積み上がった。
*
次にシホが出会ったのは、ファビアンだった。
食堂の入り口で、どこかのクラスの女子生徒に声をかけられていた。
(さすがファビアン…………モテる)
その色男ぶりに一部始終をじっと見つめていると、こちらの視線に気づいたのだろう。ファビアンは女子生徒たちに手を振ると、こちらに駆け寄ってきた。
「そういうわけで、俺にはもう彼女がいるんで、きみたちとは遊べないんだよ。ごめんね?」
――ぞわっ。
背筋を駆け抜けたのは鳥肌か。
なんだ、このファビアンは。日頃の悪態をついている生徒とは同じだとは思えない声音に、シホは思わず後ずさりをした。
「………………」
不信を顔に貼り付けたような視線で思わず見てしまうと、ファビアンは、
「あれ…………?」
興味深いものを見るようにこちらを覗き込んできた。
「何」
「面白い目で俺を見るね。……久々だ」
何が彼の気を引いたのか、ファビアンは口の端を吊り上げる。
「そんなに俺のことが気になる?」
「べつに……」
「ならどうしてそんな目で見るのかな?」
ファビアンの目には、こちらを探るような光が見えた。
「さっきからじっと俺のことを見てただろ?」
「………………」
ファビアンに詰め寄られ後退するうちに、知らぬ間に廊下の柱の陰に押し込まれていた。
「俺に、どうしてほしい?」
ファビアンの甘い顔と、綺麗な指がそっと近づく。
それはシホの頬を包んで、まるでこれからキスでもするかのように甘くさすった。
「キスしてほしい? それともそれ以上? ……ああ、それか『正式にお付き合い』を始めるのなら、まずは健全に『二人でお食事』から始めようか」
語りかける言葉はひたすら甘いのに、剣呑な空気が指先からピリピリと流れ込む。
「――どういうつもりだ?」
ナイフのように、冷たく硬質な言葉の刃。
ファビアンはその綺麗な声から一切の色を消した。
「さっき他のリースターの男共にも声を掛けてただろ。相手は誰でもいい……? ――どういうつもりだ」
低くドスの利いた声が、いまにもシホの首でも絞めんばかりに纏わりつく。
「……………………」
シホが何も答えずにいると、一瞬後、ファビアンは嘘のように獰猛で険悪な雰囲気を解いた。
にこやかな人好きのする善人の笑顔を浮かべて、忠告する。
「遊びたいのなら、俺にご指名を。ただ地位や金が欲しいのなら…………他を当たれ。あいつらには関わるな」
そうしないと次は許さない。
そんな最後通牒が含まれているような気がした。
そのまま食堂の中へと去って行くファビアンに、さすがにシホもこれはおかしいと勘付いた。
リースターの皆が皆、シホのことを『まるで知らない他人』のように扱うのである。
(まさか…………この指輪の影響?)
シホは指に嵌めた指輪をじっと覗き込んだ。
「…………っ、取れない」
試しに指輪を外そうと試みるが、外れない。
相当力を入れてみたのだが、全くといってもビクともしなかった。
(え…………これはまずいんじゃ……)
どうしたものか。
そうこうしている間にも、食堂の入り口から出てきたエメリーやマリーベルたちが、シホの横を素通りしていく。
誰もがシホのことを忘れていた。
(よく調査もせずに指に嵌めるんじゃなかった……!!)
魔道具研究者にはあるまじき失態に、シホはしばらく前の迂闊すぎる自分に後悔した。
(とりあえず……寮に戻ろう! そうだ箱、あの箱をもう一度調べれば何か解決策が書いてあるかも……!!)
一縷の望みに賭けて、シホはリースター寮を目指すのだった。




