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【番外編】私の運命が決まった日(レナード過去編)


レナード・ライオール(ラスティン兄)の過去編です。


 それは私が16歳になったころだった。

 社交界に顔を出すようになり、貴族の青年会にも呼ばれるようになり、嫌でも将来を意識し始めたころ。

 ふと、将来仕えるべき主人の顔を見てみようと思い立った。



 まず始めに、社交界で会う貴族たちが名を推している、第2王子に会いに行った。


 王宮での催しで、部屋の隅から観察し、そして挨拶と2、3言葉を交わしただけの短いやり取り。


 しかしそれだけですぐにこう思った。



 ――――あぁ、これは駄目だな、と。



 話にならない。論外だった。



 凡庸で、高慢で。魔術の才は一人前に他人よりあるようだが、あまりに平凡で目を見張るような美点はどこにもない。

 それどころか部下や使用人に当たり散らし、人前だというのに外聞さえ取り繕えない愚鈍さが目に余った。



(……王族でもこんなものか)


 失望、というには空虚だったが、それでもやるせない気持ちにはなった。

 あと数十年、こんな奴に頭を下げ続けなければならないのか。

 頭痛がしそうだった。





 次に、母親が辺境の世間知らず貴族だという第3王子を見に行った。

 王宮の片隅の小さな庭園で、母親と共に庭園を訪れる鳥を眺めていた。

 父からの書状を届ける――その小間使いを理由に訪れた庭園。小鳥たちが一斉に飛び立ったのを覚えている。


 王子は、驚いて母親のドレスの陰に隠れた。

 母親は……綺麗な人だったと思う。

 王宮の飾り立てた孔雀のような婦人たち――特に第2王妃などに比べれば、ずっと透明感のある、自然な美しさのある人だった。

 王子もその母に似たのだろう。

 外見だけ見れば、それは天使のようで、王族に相応しい衆目を集める魅力を持っていた。


(少々臆病なところが気になるが……まぁこの年頃だ、こんなものか)


 特に欠点らしい欠点も見当たらないだけ、ましだった。


 しかしやはり、心は躍らない。

 退屈な将来の予感。私はライオール次期当主候補として、微笑を浮かべ続けた。





             *




 それから2年後、第3王妃死去の訃報を聞いて、興味本位で王宮を訪れることにした。

 その頃には学院でも、次期国王候補のどちらに付くかの話題で持ちきりで、実母である第2王妃の発言権も大きく、大貴族連からの推薦もある第2王子に付くという声が優勢だった。

 私も下手な波風を立てるのも馬鹿馬鹿しく、適当に話を合わせ、おそらく未来もそうなるのだろうな。そんなことをぼんやりと考えていた。


 しかし、その日王宮の片隅で見たものが、私の運命を変えた。

 私に、変えざるを得ないよう仕向けたのだ。



 母が亡くなってからというもの、ふた月の間塞ぎ込み部屋に閉じこもっていたという王子。

 母のドレスの陰に隠れていたいつぞやの姿を思い起こして、さもありなんと瞼を閉じた。


 あの気弱な王子が、さて、どう変わっているか……。

 使い物にならなくなっているか、それとも成長の希望を感じさせる芽くらいは見せてくれるのか。



 面会の希望を取り付けて訪れた王子の部屋で――彼は窓辺を向いて頬杖をつきながら、椅子に座っていた。


(背は伸びたな。あれから2年か……11歳、まぁそんなものか)


 記憶の中の少年よりいくらか手足が伸び、背筋にも芯が通り、頬杖をつき窓辺を眺める姿も様になってきたな、とそんなことを考えていたところ。

 王子に向かって慇懃無礼なまでの大げさな礼を取って頭を下げた私に、王子はゆっくりと言葉をかけた。


「来たか」

 椅子が押し出され、王子が立ち上がる音がする。


「頭を上げよ。許す」

 それは記憶の中の気弱な少年とはあまりに不釣り合いな、堂々たる声音だった。


「ここまで来たのはお前が一番乗りだ。――なぜ来た?」

「それは…………」

 脳裏に様々な回答が浮かぶ。


 ――この度のお悔やみを申し上げに。

 ――母君のことは、非常に残念でした。

 ――お気を病まれませぬよう。

 ――これからは私どもが微力ながらお支えに……。


 いままで、何千何万回と、歌うように吐き続けてきたうわべの言葉。

 それが喉まで出かかって――そこでつかえた。


(……見透かされている)


 こちらを真っ直ぐに見つめる青の両眼には、言い表しようのない圧力がそこにはあった。

 すべてを見透かすような。見透かし、押し潰すような――――熊や獅子のような獣に相対したときに感じる、静かな殺意。


(そう、殺意だ――――これは)


 目の前の獲物を、必要あらば骨に達するまで肉を剥ぎ、その骨さえ砕き髄を踏みにじるような――……。

 明確な、憎悪を燃やし生み熾された殺意。

 それが青い瞳の底で業火となって燃えていた。


「私は――――……」


 選ぶべき言葉は明確だった。

 怒れる王の御前では、それがたとえまだ小さな獅子であろうと、御前に侍り忠誠を誓う。

 それがたとえ――――後に覆される言葉であろうと。


 迷うはずもない、明確な判断だった。




 しかし私は――――――誤ってしまった。



 誤るよう――――――仕向けられてしまった。




 つい、と。



 一拍沈黙を置いた言葉が、喉から出る。




「私は――――――あなたがまだ使い物になるか、確認しようと思いまして」


「…………!」


 王子の顔がさっと気色ばむ。


 打ち首か、絞首刑か、どちらを言い渡されてもおかしくない不遜な回答だった。



「…………お前には、どう見える」


 長い沈黙ののち、王子の口から出たのは静かな問いかけだった。



「お母君を亡くされたのは残念なことです。ですが、その程度で塞ぎ込み腐っているようでは先が知れるというもの。これからあなたは、数々の屍の山の上に王冠という名の権威を戴いていくわけですから」


「…………」


「王が何かを選択するとき、その風下では幾千、幾万の民が死ぬこともございましょう。それでもなお、王に選択を避ける余地は残されない。国の行く末を選び取るのは王自身、ほかに誰も――――いないのですから」



 ぐっと、王子の拳が握られる。


「あなたの内心、謀略を企てた者への憎悪はわかります。推し量られることさえ不快でしょうが、所詮、その程度のことなのです。これからあなたが憎い敵の憎悪と謀略に負けず、奴らを出し抜いて王座に就こうというのなら、身内の死さえ些末なこととして乗り越えてゆかねばなりません」


 俯き――――王子は歯を噛みしめる。

 それでも涙は…………流さなかった。

 きっ、と面を上げると、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。



「お前は――――母上の死さえ、些末なことだと言うのか」

「ええ。そうです」

「お前の母や家族が死んだとしてもか」

「――ええ」


 表情一つ変えることなく、そう答えた。

 そのつもりで、生きてきた。

 ライオール家の次期当主として生きるとは、そういうことだ。


「それで……お前には僕はどう見える」

「ふむ………………まぁ、有り体に言うなら『幼い』ですね」

「…………!」

「その様子から見るに、自身の味方となる人間を選別するために、部屋に籠もり雌伏の姿勢を取ったことは評価しましょう。下手に外で泣きわめいたところで品格を損なうだけで同情は得られませんからね。しかし、母君の死から2ヶ月……この貴重な期間を部屋に閉じ籠もって過ごしたことで、あなたは大切なものを失ってしまった。――――母君の死の真相を知る機会です」


「!!」

「あれは間違いなく何者かの謀略です。それはあなたも気づいていることでしょう。ですがそれを、その首謀者を、首謀者とそれに繋がる一派を知る機会を、あなたは2ヶ月間引き籠もることで永遠に失ってしまった――……」


 時間を経れば、人の記憶も不確かなものになり、証拠も隠滅されてしまうだろう。

 王子の顔が苦々しげに歪んだ。


「――――ですが、それはあなた一人だった場合」

「……え?」

「ろくに味方も密偵もいない環境で、あなたが一人で手当たり次第に策もなく探った場合です。私がいれば――それも変わる」

「っ……!」

「幸いにも、私は、人に好かれる性質でして」


 不敵に微笑ったのは、後にも先にも、このときだけだ。


 何事も涼しい顔をして、微笑を浮かべながらこなす自分。

 その自分の、自身でも驚くような挑戦的な、射貫くような笑み。

 そんな表情をしていることを自分でも自覚しながら、王子に問いかける。


「さて、あなたの判断では、私は『合格』といえますかな」

「…………それはお前の台詞だろう。主家を値踏みするとはいい度胸だ」

「自分の主くらい、自分で選ばせてほしいものです」


 やれやれと、聞き分けのない子供をあやすように宥めれば、ふいっとそっぽを向かれてしまった。


 けれどその、まだ背足らずなら後ろ姿を見て思う。



(『まだマシ』……か。いや、これは…………)



 ――――面白い、かもしれない。



 小さいながら凜とした後ろ姿。堂々たる、人を畏怖させるまでの威風。悪くはない判断力とその覚悟。

 もちろんそれら全てはまだ発展途上で半端なものだ。誤り道を間違える部分も多い。


(だが謀殺されるような、完全な失策は打っていない)


 これらの未熟な部分を、支え、正し、導いていったなら――――……。

 それは、素晴らしい王の片鱗へと、近づくのではないのだろうか?


(――――――面白い)


 ずっと、ずっと愉快で魅力的な未来だった。


 腐ったような果実の群れの中で、悪臭を放つ無様な王を戴き続けるよりは、ずっと。


 それらが盲目的に信じ込む未来を覆して、泥の夢上に輝く王塔を建てられたなら。ずっと胸のすく思いがするだろう。



「では、これからは私のことは、レナード、とお呼びください。殿下」

「僕のことは好きに……」

「それはいけません。あなたは主人となる方なのですから。殿下と、そうお呼びします」


 友人は別にお作りください。そう言うと、王子はむっと押し黙った。


 そうだ、彼には友人が必要だろう。

 権謀術数渦巻くこの王宮において、それは非常に難しい事ではあるが。

 使用人ではいけない。立場を明確にする必要があるし、貴族には貴族の、貴族社会において支えとなれる友人が必要だ。


「…………そうだ」

「どうした?」

「ええ、一人、殿下のご友人に紹介できる人間がいないこともないのですが……」

「どちらなんだ、はっきりしろ」

「少々頭が悪……いえ、考えが足りない、思慮することが特に苦手な人間でして……」


 王子の顔が明らかに呆れている。


「どうしてそんな奴を僕に紹介しようと思った……」

「いえ、その分謀りごととは無縁で、そも利用されようにも自分の口からそれを白状してしまうような男かと」

「つまりは、馬鹿――と、そう言いたいのだな?」

「あながち間違ってはおりませんね」


 そのほうが殿下もご安心でしょう、と告げると、王子もしばし沈黙し、こくりと頷く。


「ではまた次の機会に、いつかご紹介いたしましょう」






 王宮を立ち去って、小さな主の姿を思い起こす。

 たった一人きりの王宮で、母を謀殺されてからも辛抱強く生き長らえ続けた王子。

 味方となる臣下を見つけるべく、彼なりの策を弄した。


 そして見つけ出した臣下にも、また、自身が常に値踏みされていることを知っている。

 王たる資格を失ったときに、すぐさま見限られ、切り捨てられることを自覚している。


 けして彼自身が愛されて受け入れられているのだと自惚れない。

 常に自制を保ち続ける良い王だ。


 これならば――――仕え甲斐がある。




(問題は…………城に燻る害獣のほうか)


 王子自身の周辺は、のちのちあの愚弟に任せるとして。

 目下の懸念事項は、あの第2王子周辺のほうだ。

 第3王妃の死後ますます横暴に拍車の掛かってきた第2王妃ならば、またよからぬ策を弄さぬとも限らない。


(それにはやはり……私が適任か)


 他人に任せるより、自身が一派に取り入り、内側から操作したほうが安心だろう。


 気乗りは欠片もしないが、必要であるならばこなすだけ。

 それが、私の生き方だ。




              *




 薄暗いバーの一角で、身形の良い貴族の若者たちがテーブルを囲んでいた。

 定期的な社交の場として、パーティーのあとに設けられる青年会。

 名のある貴族の跡取り息子だけが集う、いわゆる紳士の社交場という奴だった。



「それで、レナード。チェルシー嬢とはどうなんだ? そろそろ結婚も近いんだろう?」

「ああ、そのことか。残念ながら……振られてしまったよ」


 まさか、そんな、と、バーの至るところで口々に跡取り息子たちが囁き会う。


「だってお前……社交界の貴公子とも呼ばれたお前がだぞ?」

「はは……そんな恥ずかしい名前、初めて聞いたよ」


 嘘つけ、と指を差されるが、知ったことではない。


 チェルシー嬢は、まぁ……愛らしい外見の令嬢だった。

 社交界の若手男性貴族の間でも人気が高く、甘い砂糖菓子のような外見で、少々高慢なところは鼻についたが、この貴族社会でそれなりの家柄の令嬢であれば、よく見る程度の欠点だった。


「私の煮え切らない態度が悪かったみたいでね。……惜しいことをしたよ」


 男たちは『そんなこと思ってもないくせに』と、口々にやじを飛ばした。


「遊ぶのもいいが、大概にしておけよ?」

「はは…………肝に銘じておくよ」


 社交界で数々の浮名を流す男。まぁ、そう噂されることは否定しない。事実だからだ。



(それにしても……チェルシー嬢の件は、早く片が付いてよかった)


 手を切るのがもう少し遅ければ、厄介なことになっていただろう。


(あの家も、もう長くはないな…………)


 あとひと月、もしくはふた月もすれば、数々の不正が明るみに出て、家ごと取り潰しになるだろう。


 静かに琥珀色の液体を喉に通す。

 良い酒の証、豊かな風味が鼻腔をふわりと駆け抜けた。




 よく囀る小鳥は、便利だった。

 家の内情や、取引のある密貿易商会、おまけに手を組み共に甘い汁を吸おうとしていた仲間の貴族連中の名前まで、探るまでもなく吐いてくれた。


 秘密の共有でもすれば、男の心が手に入るとでも思ったのか。浅はかにも、睦言のように秘密を吐いた。


(これで一つ……手足がもげた。第2王妃もしばらくは大人しくするだろう)


 こうして一つ、また一つ。腐った枝を打ち落としていく。

 その腐敗した果実の甘い香りが、汚らしく大地を塗り潰す前に。


「…………はぁ」

「どうした、レナード。チェルシー嬢の件は、そう気を落とすなって」

「いや…………」


 苦笑いを浮かべて、手元の札を見る。ちょうど酒を酌み交わしながらゲームをしていた。


「つくづく私は、手札に恵まれないな、と思って」


 自由に使える駒も、自由に動ける足も。自身がこうして敵方に潜り込んでしまったせいで、思うように動かせない。


 外に出れば有能な駒もいるにはいるが、差配するにも手筈がいる。


(せめてどこかに……あと一人でも協力者がいれば)


 それも強力な、あらゆる外圧と難局を跳ね返すような。そんな便利な駒がいれば、どれほど頼もしいことだろう。


(ないものねだりをしても仕方ない、か)


 ここにいる連中に高望みをしても、仕方がない。

 奴らの口からは、己の所領の経営課題ひとつでさえ、未だに聞いたことがないのだから。

 どこの酒が美味いだの、誰の娘が色っぽいだの、頭が痛くなるような話題だけだ。


「はぁ……」

「まぁ、ない運はしょうがない。諦めることだな」



 まったく、そのとおりだ。

 運になど縋るから、何も手に入らないし、足をすくわれる。



 だから自分で決めなければならない。

 己が進むべき運命を。

 自らの目で見定め、自らの判断で選ぶ。

 それでしか、得たい未来は得られない。


 望む景色をこの手にできるその日まで――……。

 自分は、自分の手で運命を決めて進んでいく。



 たとえこの場の全てを、業火の海に落とし尽くしてでも――――。





次章、秋のイベント〇〇編です。

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