表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/112

第63話 誓い


『先生………………好きです。俺は先生が…………好きなんです。だから、そんな悲しいことは言わないでください――――』



 ミリウスの切なる胸の内からの叫び。

 その積もりに積もった、今までずっと胸の内で密かに育て続けてきた想いを吐露した瞬間。

 赤く上気した頬で瞳を潤ませる先生は、ふわりと笑った。



「ミリウス。私も好き。大好きだよ――――」



 そうして包み返された頬に、その細い指の熱さに、目眩がしそうなほど胸が高鳴った。


「先生…………!!」


 まさか先生が、自分と同じ気持ちでいてくれたとは。

 全身を駆け上がる歓喜に、涙が出そうに(まなじり)が熱くなる。


 抱き締めたい。

 抱き締めて、その頬に頬ずりをして、キスをしたい。

 この胸を駆け巡る喜びを、世界中に打ち明けたかった。


「先生…………!」

「私も好き。ミリウスが。みんなのことが大好きだよ」







「………………………………」


 血の気が、落ちるようにサッと引いていく。


「あの…………先生…………?」


 幸せそうな笑顔の先生に、彼女の真意を恐る恐る探る。


「先生、俺の発言の意味を……わかってますか…………??」


 一世一代の告白だったのだ。

 もちろん咄嗟の衝動に突き動かされた感はあったが、その言葉に込められた気持ちは本物だった。

 ずっと大切に温めてきた気持ちだったのだ。


 それを…………。


「だから私も好きよ。皆と一緒にいたい。できるなら、叶うならこれからもずっと――――……」


 彼女の心を占めていたのは、ずっとそのことだったのだ。

 ミリウスだけを想って、恋い焦がれてくれていたわけではない。


「……………………」


 急速にしぼむ心に、折れる自信に。


 脳裏にいつかのレナードの言葉が蘇った。








『本当にあの娘でいいのですか――――?』


 稀有な物好きを見るように落とされた言葉。


『彼女でいいんじゃない。彼女がいいんだ』


 他には何もいらない――――今後一生、他の望みは何一つ叶わなくてもいい。

 ただ、彼女がこれからも自分の側にいてくれるなら。

 その夢のような日々を求められるのなら、他の何を差し出したって構わない。


 そう願ったあの日、レナードは冷淡にこう告げた。


『殿下のお気持ちはわかりました。臣下としては承服しかねるところもありますが――――まぁ、それほどまでに仰るのであれば。頑ななあなたのことです。私の意見などは聞き入れてくださらないのでしょう』


 ――ですが、これだけは聞いていただきます。


 そう前置きをして、レナードはある事実をミリウスに突きつけたのだった。


『殿下が――あなたがあの娘を想っているのはわかりました。ですが果たして――――――ランドール嬢は、殿下の気持ちに応えてくださるでしょうか?』


『それは………………』


 痛いところだった。

 正直彼女には、異性として意識されているようには思えない。

 恋心を募らせるのは自分ばかりで、彼女の気持ちをつかめた試しなど一度もない。


『殿下。これは進言であり忠告です。――――若さに任せ、早まった真似はなさらないほうがいい』

『?』

『あの娘は殿下もご存じのとおり筋を通す娘です。あなたがもし早まった真似をして、在学中にその想いを伝えようものなら――――――』

『……もの、なら?』


 ごくり、と喉が鳴る。


『おそらく。二度とあなたの前に姿は見せないでしょう』


『………………』



 生徒を、たぶらかしてしまったと。

 教師にあるまじき、その未来を惑わす悪因になってしまったと。

 おそらく彼女は、生徒の気持ちを丁重に断ったのち、職を辞し、どこかへと消えてしまうだろうとレナードは言った。


 その未来が、ありありと現実のように鮮やかに浮かんで、ミリウスは青ざめたのだった――――。





 その記憶がまざまざと脳裏に蘇り、ハッとミリウスは我に返る。


 今なお幸せそうに微笑む先生に、その頬を無遠慮にも包んだままだったことを思い出す。


「すっ……すみません!!」


 慌てて先生から手を離す。


 が、今度は先生から伸ばされたままの手が、自分の頬を包んだままだったことに気づく。


(先生……!!)


 この手を離さなくてはならない。

 けれど離したくない。

 内心の凄まじい葛藤に、それでも泣く泣くミリウスは先生の指先をひとつずつ引き剥がす。


(うぅ………………)


 そうして嘆いたところで、ふと気づいた。



 先生はこんなにも大胆なことをする人だっただろうか――――と。


「先生……?」


 改めて正気になり先生を観察すると、いつもよりその頬は赤く上気しているように思えた。

 てっきり泣いた影響かと思っていたが、よく観察すればその色づきは頬だけでなく、耳や手足にも及んでいた。


「………………」


 目元も潤んでいる――――のは確かだが、その瞳はどこかとろんとしており、焦点が定まっていない。


「………………」


 先程触れたときの、想像以上に高い体温。

 これらを総合すると――――…………。


「失礼します」


 そう断って、もう一度先生の耳元に鼻を寄せる。

 すん、と香りを嗅ぐと、舞踏会用だろう――――ふわりと香る薔薇の香水に混じって、どこか甘ったるい酒の匂いがした。


「…………先生!?」


 次の瞬間、ぐらりと先生の体が傾ぐ。

 あわててその体を抱き留めて――――ミリウスは固まった。


(まさか…………いままでずっと…………)


 考えれば、このテラスに来た瞬間から先生の様子はおかしかった。

 いままで彼女が泣いているところなど――ダンス講師に詰られたときを除いて――見たことがなかったし、やけに自分の気持ちを話してくれた。

 あれほど弱音を饒舌に話してくれる先生など――――学院にいたときは見たことがなかったのに。


 見下ろした腕の中の先生は、朧気な意識の中で、なんとか意識を保ち続けようと、その細い指先でぎゅっとミリウスの胸元を掴んだ。


「ぐっ…………」


 赤く上気した頬。とろんとした見上げる瞳。

 ふっくらとした赤い唇と、その下に見える深い谷間。


 これは、マズいかもしれない。



「せ、先生……気を確かに」

「う……ん…………」

「そうだ。部屋に戻りましょう。誰か人を呼んで――――」


 誰か、メイドを呼んで早く彼女を託さなくては。


 こんな姿を見せられ続けたなら、ホールにいる来客はもちろん、彼女を見慣れているはずの自分でさえも、理性がどれほど保ち続けられるかわからない。


 窓の内側に控えていた給仕係に、いますぐホールの外にメイドたちを呼ぶよう指示を出して、ミリウスは今一度シホに気を確かにするよう呼びかける。

 そして、給仕係から受け取った水を彼女に流し込んだ。


「先生、あと少しです。ホールの外まででいいですから歩いてください……!!」




 こうしてシホとミリウスの長い夜は、慌ただしく密やかにに終わったのだった。









 優秀なメイドたちの手に掛かり、着替えも済ませ、ぐっすりと眠りについたシホとは対照的に、

 ホールに残され、事後処理と賓客の応対に付き合わされたミリウスは、どっと溢れ出た疲労感に壁に手を突いた。


(途中までは夢のような一夜だったのに…………)


 先生とのダンスで舞い上がっていた自分が、遙か遠い場所にいるような気がした。



(……でもこれでよくわかった。先生には正面からぶつかるだけでは受け入れてもらえない)


 自分の気持ちを伝えたところで、生徒であることを理由に断られるのなら、急いて告白するのは悪手でしかない。

 それならば、その理由がなくなるときを待つしかない。


 卒業し、教師と生徒の関係がなくなったそのとき――――そのときに、この手を取ってもらえるようになっていればいい。


 そのためには、先生の気持ちをつかむことはもちろん、それ以外の外堀も埋めておく必要があるだろう。

 もしも先生が自分を受け入れてくれたそのときに、彼女の身分や出自を理由に彼女を責め立てる声がないように――――うるさい外野の声を、黙らせておかなくては。


 そのために自分ができることなら、なんでもしよう――――。


 彼らに有無を言わせぬだけの相応しい王に自分がなればいい。


 それが、彼女とともに在る未来のためになるのなら。


 いくらでも力を尽くそう――――……。





 この日、ミリウスはひとつの決意をする。


 愛しいただひとりの人を手に入れるため、彼女と結ばれる未来のため。

 自分にできうる限りの努力を重ねることを、この夜に誓ったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ